第七話 逃れられぬ対決(佐々木ヨシノ)
「私は、一人目は山里ユウコだと思うわ」
それは、この10人の中に明確に敵・味方が生まれた瞬間だった。
「ちょ、ちょっとなんでアタシが犯人になるのよ!」
状況についていけないわたし達の中で、ユウコがすぐに反論した。
それは、反論というよりも反射だったのかもしれない。自分が犯人にされてしまう恐怖から、とっさに口を出た言葉。
二人の言葉が中々頭に入らない。
サトネは、ユウコが犯人だと言って・・・それで、
ユウコは、自分が犯人では無い。何で疑うんだと言っている・・・・・・。
うん。その認識であっているんだけど。
頭が回らない、まるでテレビの中の映像でも見ているみたいに自分で考えることができない。
考えても、動けない。二人の世界に外側から干渉できない。
何で、ユウコを疑うのか?
その疑問はわたし佐々木ヨシノにとっても疑問だった。
疑問だと言えばサトネが何で暴走したのかも疑問だったけど、
如月さんとの間に、わたしが考えるより深い感情があったとすれば、完全におかしいわけじゃない。
もともと、大人しい子の方がキレると何するか分からないって言うし。
今は何よりナゼ?サトネがユウコを犯人だと思っているかの方が重要よね。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
記憶を探る。ユウコとヤヨイは元々そんなに接点が多く無い。
いじめにつながるようなエピソードであれば、わたしも知っている可能性がある。
・・・・・・・。
・・・・・・・!
もしかして、サトネが疑っているのはアノ事なんじゃ?
「なんで疑われてるかそんなのも分からないの?ねえみんな分かるよね?」
見回すサトネの顔に目を合わせるのが怖くてつい俯いてしまう。
もしかして、という思いがあるものの、今のサトネにはとてもじゃないけど言えない。
本能的に分かる。あれは、逆らったり怒らせてはいけない人の眼だ。
あの目は何も見ていない、何かを話かけたら取って食われる。
「みんなも覚えてるはずよね。そこの山里ユウコが何をしたのかをね。貴方があの本の事で、ヤヨイちゃんを笑ったりしなかったら。ヤヨイちゃんはいじめられる事なんて無かったのよ。」
やっぱり!サトネが言っているのは、ちょうど梅雨の時期にこのクラスで起きた事だ。
私はその時は、たしか別のクラスの友達としゃべりに行ってて。教室に居なかったから後から聞いた話なのだけれど。
梅雨の時期、昼休みの教室はいつもより人が多くなる。
特に外で運動する部活は、雨のせいで昼練ができないからで、その日も多くの人が教室に居たそうだ。
ユウコは普段はウチの教室じゃなく他のクラスの友達の所にいるんだけど。その日は、たまたま教室に居て、友達とおしゃべりしているうちに、たまたま、近くに座っていた如月さんが気になったらしい。私の知っている限り、二人は親しい方じゃなかったから、本当にたまたま話かけたのだろう。
「如月さんって、いつも本読んでるよね?どんな本読んでるの?面白い?」
という感じだったのだろうか。
問題だったのは、如月さんがそのとき読んでいたのがたまたま、官能系の小説だった事だ。
まぁ、大人しい感じのする。如月さんが、そういう本を読む事も、なおかつそんな人の多い教室で読んでる事も大分驚きなんだけど。本人の趣味と言えば趣味だ。
エロ本をこっそり持ち込む男子とそうは変わらないし、健全では無いけども。いやいや、ある意味じゃそいう性に関する興味で溢れているのが高校生としては健全だとすらいえるかも?
私だって家で読んだ事はあるもんね。
言い訳が立たないほどの事じゃあないんだけど。可憐という感じの容姿で、詩集とか読んでいるのが似合うイメージの如月ヤヨイなだけにそれは本当に驚きだ。
とにかく、そこだけで話が終われば、如月さんも少し恥ずかしい思いをして、
その後は、そういう本は家で読む事になるだけだったんだろうけど、
良くも悪くも・・・・この場合は悪くなんだけど。山里ユウコはリアクションの大きい娘だったんだ。
「ちょっと貸してよ」
「えっ!?あっ!山里さん、まって!」
素早く手を出したユウコに、ヤヨイは反応しきれなかったんだろう。
ユウコの方だってからかうというよりは、純粋に暇で何となく気になったのだろう。
「小説?字多いねー。アタシこういうの苦手!なになに、えっ!やだ、うっそ~!なにこれ~。官能小説ってやつ?しかも、このタイトル女子高生と教師の淫行ってこんなの良く学校で読めるよね。如月さんって意外な事にムッツリスケベだったんだ~」
と、クラス中に聞こえる声で言ってしまったそうだ。
クラス全体がぽかんとして、そのあと騒然として、その日の昼休みはなんだか微妙に気を使った雰囲気で終わったそうだ。
ひそひそ、ひそひそとクラス中が噂しているってイメージね。
まぁ、私はその日は全然そんな雰囲気に気付かなくて、その話も大分後になってから聞いたんだけど。
クラスの女子の間では、しばらくは如月ヤヨイじゃなくて、如月エロイだね。とか、
官能小説家とか、呼ばれていじられていた。本人は、あんまりそういうマイナスをネタに出来るタイプじゃないし、からかっても反応が薄いという事で、すぐに話題にならなくなった。
男子の方が食いついて、
「実は、如月さんって痴女?」
とか失礼な事を言うヤツがいたけど、そういうヤツは逆に女子から精神的な嫌がらせ、というか言葉の暴力を食らってたから殆ど一週間しないうちに、誰も触れないネタになったと思う。
正直なところ人によるんだろうけど、私とかユウコ辺りなら、この程度のネタはそれほど痛く無いし。笑いに変えられる自信がある。
もちろん内心ものすごく恥ずかしくはあるんだけど、クラスで上手くやるにはその感情を押し殺して、ネタに走るくらいの度胸は備えているものだ。
だから、このぐらいのいじりでいじめっていうのはちょっとなという思いがある。
でも、シズクや、サトネ、ヤヨイだとやっぱりちょっとキツイのかもしれない。
いじったり、いじられたりに疎くて、重く受け止めすぎる気がする。
ツバサあたりなら、何となく自分の中で折り合い付けられそうな気がする。
「あの時の事、ヤヨイちゃんはずっと、ショックだったんだよ。みんなが私を見る目が変わったって言って。
だから、そのきっかけを作った貴方が犯人。ここのみんなも証明してくれるわ。」
「な、なに勝手なこと言ってんのよ!それ、あんたが考えただけでしょ!それに、そんな6月の頃の事が原因で今更自殺しただなんて信じらんないわよ」
「最近でも、ヤヨイちゃんの事をエロ女と呼ぶ事があったでしょ?」
「そ、そりゃ~たまには、いじめとかじゃなくて。ネタでそういう言い方する事はあったけど、そういうのって笑って済ませるレベルの内容でしょ。いじめとか陰湿なものじゃ無かったのは、アンタだってわかってるじゃない!!」
ユウコの言葉は既に絶叫に近い。自分を追い詰めようとする、サトネを殺さんばかりに睨んでいる。
「そんなの分からないわよ。貴方が遊びや、おふざけと思っていてもそれで傷つく人はいるのよね。とくに、純粋だったヤヨイちゃんは、みんなから淫らな人間だと思われる事がショックになっていたのよ」
「・・・・っつ!そんな事言ったら本当にショックだったかどうかなんて本人にしか分からないでしょ!なんでアンタが宣言できんのよ!」
「できるわよ。だって私はヤヨイちゃんの親友だもの」
怒鳴りすぎて、肩で息をしているユウコに対して、平然とした顔でむしろ追い詰める事喜びを感じているかのようなサトネ。二人の間には、殺気のようなものが迸っている。
もし拘束がなければつかみかからんばかりだ。
「ねえ。もう時間過ぎてるんだよね。もう決定でいいのかな?」
いい加減手持ち無沙汰になったのか黒い影が告げる。
「待て、如月考え直」
「いいわ、犯人は山里ユウコよ」
南谷君の言葉を宮原サトネが遮った。
「ちょっと、待ちなさいよ!それならアタシはこう主張する!犯人は宮原サトネ。自殺の動機は宮原サトネからの一方的な如月に対する思いが強すぎて、精神的に追い詰められたため。これでどうよ!」
サトネの宣言に間髪入れずにユウコが噛み付いた。
「ちょっと待て、山里その展開はマズイ。落ち着け!」
「大神は黙って!こっちは、良くわからない喧嘩吹っかけられてるんだ。正直もう、この先の展開とか宮原の事とか考えてる余裕なんてないわよ!」
「私と、ヤヨイの仲を疑うなんて最早愚かね。反論するまでも無いわ」
「ふん!どうだかね。とにかくこれで1:1よ。私は犯人じゃない!」
「私も犯人では有りません。それじゃ、後はみんなに決めて貰いましょう。私とヤヨイの友情が正しいのか、それとも、それすら疑われてしまうのか」
ここまで責められるまで、ユウコはまだ今後の展開とか、説得を続けようとか、サトネへの気遣いとかを持っていた。
でももう無理だ。全面対決は避けられない。
如月さんを説得なんて状態じゃない。とにかくココで、どちらかに犯人が決まってしまうんだ。
私は、うまく動かない手を背中に押し付けた。
本当は自分を抱きしめたい位だったけど、せめてと
ギリギリ自分の触れる範囲で小さく体を包んだ。
けれど、結局包めずに余計に不安が心にのしかかった。