第二話 犯人考察(三条ツバサ)
「時間になる前に犯人が来たらどうしよう?」
その言葉を聞いた私達は、みんな停止してしまいました。
私の名前は三条ツバサ、この学校・・・私立菖蒲ヶ淵高等学校の2年A組の生徒です。
一応クラスの委員長をやっていて、みんなからはツバサと呼ばれています。
そして、いまトンデモナイ状態に陥っている最中です。
私と私のクラスメイト9名が、夜の学校の私たちの教室で拘束されているのです。
正直わけが分かりませんね。
私だっていきなりこんな話を友達からされたら、うん?もうちょっと無理のない作り話にしなよと言ってしまいそうです。
例えば、これが女子だけ拘束されていて場所が町はずれの倉庫なんかであれば、
……大いにパニックになるでしょうけれど……それでも筋は通ります。
営利目的の誘拐、乱暴しようとしての監禁、もしかしたら人身売買。
世の中に変態の男の人は沢山いるのです。この町に居てもおかしくありません。
だからこそ、この状況は不自然です。私たちを拘束し、しかし何もしない事に何の意味があるのでしょうか?
考えが脇道に逸れてしまいましたね。鈴木君の発言に戻りましょう。
鈴木君の発言はもっともな事です。
私も、その可能性について考えたし、頭の良い大神君なんかも当然その事は考えていると思います。
それでも、あえて言わなかったのは、さっちゃんがパニックになるかも知れないという配慮があっての事ですが。
もっと場が落ち着いてから議題にしようと思っていたのですが・・・・・・
ついジトっとした目で鈴木君を見てしまいます。
まぁ、彼も大分追いつめられているみたいだし、こういう発言は仕方ないかもしれません。
今もみんなが黙ってしまった空気に耐えられずに、目線を下に向けていますし。
「は、犯人がまだ近くに居るって事なの?」
震えながら、佐々木さんが言います。その問いには、鈴木君では無く。大神君が返しました。
「近くに居る可能性はあるな」
だれかが、ヒッっという掠れた悲鳴を上げます。
「この状態、俺たちが拘束された状態で放置されているのが腑に落ちない。普通に考えたら、拘束だけが目的とは考えられない。この後何かをするつもりで、犯人がその準備をしているという事は十分考えられる」
確かに、私と同じようにみんなも違和感を感じていたのか何人かの人が頷いています。
「おい!なんでお前はそんなに冷静なんだよ!犯人が近くにいるかもしれねーんだぞ」
横から南谷君が噛みつきます。強気な口調とは裏腹に大分焦っているみたいですね。でも、こんな時は慌てるのが一番良く無いのに。
「いるかも、というか俺は最初から居る前提で考えていたけどな。まあまだ、可能性の話だ。この状態で放置されているのがそもそも、おかしいと言えばおかしい。俺たちが自力では抜け出せない事に自信があったのかもしれないが、普通は見張り位は残すだろう。そう考えると、犯人は少しだけ外すつもりでどこかに行って、トラブルで・・・・・・まぁ、これは警備員とか近くの住民に発見されたとかで、帰れなくなっているかもしれないし。単純に俺たちを朝まで縛るだけのイタズラの可能性もまだ消えたわけじゃない」
なんとなくぼやかしたような、大神君の発言。なんだか切れが無いようにも思えます。
論理的なようで、論理的で無いようで。
「そういう事を言い出したら、何でもありだな。ここから脱出するためには、どう考えてもドアの前を通る必要があるんだし、例えば廊下で見張りをしている可能性もあるんじゃないか?」
「雨宮の言う通りだ。どれにしても憶測にすぎない。
ただ、廊下で見張っていたのなら、俺たちの起きる時の騒ぎに気付かないはずがない。
いくら縛っているとは言え、ガムテープだし万が一もあるだろう。
不安になって見にくる訳でもないってのは、遠くにいる証拠だと思う。憶測だが」
さっきから顔面蒼白のさっちゃんに気を使ってか、大神君はそう言って締めくくりました。
意外と気づかいのできる人なのかもしれませんね。
これだけ、非現実的な状況にありながら坦々としていられるのも或る種の才能なのかもしれません。
しかも、犯人側に立っての思考ができているっていうのは、驚きを通り越して怖いくらいです。
「大神、アンタちょっと冷静すぎるよ。こういう状況だと頼もしいけど、逆に怖いくらい」
そういう山里さんの顔にははっきりと焦りが見えました。唇が見えないくらいに小刻みに震えています。
落ち着こうとして、強がろうとして落ち着けなくて余計に焦る。そんな顔のようでした。
「そう言われても、これでも焦っているよ。ただ焦っても出来る事が無いから
極力落ち着こうと思っているだけだ。それに、もし犯人と格闘なんて事になったら俺は役に立たないさ。
そうなったら、宮内君と南谷君に活躍して貰わなきゃならないだろうし、適材適所だ」
この状況だったら誰も格闘なんて出来ないだろ、という突っ込みは入りませんでした。
冷静になろうとしてか、普段以上に表情を無くした、大神君の顔は。
暗闇と相まって、こう言っては失礼なんだけど・・・実験動物を見つめるマッドサイエンティストのようなとても不気味な表情に見えました。
その雰囲気に巻き込まれないようにと、私は口を開きます。
「ともかく、現状脱出の方法がないという事に変わりは無いわね。
犯人が戻って来る可能性についての議論はどうやら結論は出せそうにないみたいだし。
ともかく、落ち着いて待ちましょう。今はそれしかないわ」
それで。一通りの議論は終わったようです。
普段から、委員としてまとめる立場であった事がプラスに作用したのか、みんな私の発言に従ってくれるようです。
とりあえず落ち着いてよかった。混乱がなにより一番怖いです。
近くの通りを車が通過していく音がします。
普段だったら気にも留めない雑音がいやに気になります。
まるで、この教室内と外の世界が別物であるかのように遠く感じるから、耳につくのでしょうか?
この教室の外の世界は、きっと昨日と変わらずに、普段通りに動いているのでしょうね。
願わくば、このまま犯人が帰って来ずに、誰かが助けに来てくれると嬉しいのですが。
そんな私の願いは、残念ながら叶う事は、ありませんでした。
あれから、散発的にみんな会話をしようとはするものの、いつ犯人が帰ってくるかも知れないという
状況では、気楽な会話を続ける事もできずに結局は黙ってしまうという事を繰り返していました。
沈黙に居た堪れなくなって誰かが口をひらいても、広がる会話はありません。
雑談するような度胸なんて当然誰にもありません。
そして、誰かがもう、9時になったねと言った時でした。
廊下に足音が響きました。
私達はみんなその瞬間に黙っていたので、足音はかなりはっきりと聞き取る事ができました。
それほど響く事のなく聞こえるその音は、しかし確実に私達の居る教室に向かって来ます。
「みんな!まだ寝てるフリをしよう。もしかしたら、起きてるのばれない方が良いかもしれない」
突然、雨宮君がそう言って、目を閉じました。
みんなも慌ててそれに続きます。私も目を閉じました。
確かに、足音の主が犯人だった場合、まだ寝ていると思わせた方が得策かもしれません。
この状況を作った理由とかについて、何か漏らすかもしれませんし。
廊下の足音は、この教室の前で止まると躊躇無く、この部屋の扉を開きました。
私はまだ目を閉じたままです。
足音はそのまま、黒板の前の教卓に進んでいきます。
淀みなく、真っ直ぐに。
この時点で助けの可能性は無くなりましたね。
普通に助けに来た人ならこの時点で無言なのはあり得ませんから。
「みなさんが起きているのは分かっていますよ。先ほどの声も聞いていましたから。さあ、寝たふりをやめて起きて下さい」
声の主は予想に反して若い女性です。
拘束なんて真似をするからてっきり男性だと思っていたのですが、外れたようです。
まぁ、犯人の一味で見張り役という可能性もありますし、主犯と実行犯は別という事もあります。
声の主が女性という事に少し安心し、目を開くとそこに居たのは、全身黒い布を纏って姿を隠した謎の人物でした。
正直、あっけにとられてしまいました。雰囲気としては、物語に出てくる中世の黒魔術師とでも言いますか、全身にすっぽり被ったローブのような物で全く顔が分かりません。
体格はどうやら女性の声に違わず身長が低いようですが、全体的に痩せているのか太っているのかさえ分かりません。
「おい、お前いったいなんなんだ!!」
全員が驚きで言葉を失っていた状態で、一番先に意識を取り戻し、謎の人物に問いかけたのは南谷君です。
その声を聞いて、謎の人物は確かに笑ったような気がしました。
「こんな格好でゴメンね。でも、みんなもう忘れちゃったのかな、ひどいな。同じクラスなのに」
「ふざけるな、俺はこんな事をするクラスメイトなんて知らねーぞ!!」
激昂した南谷君は、ツバを飛ばしながら叫びます。
「ひどいな南谷君は。私だって、みんな気づかない?」
みんな何も反応しません。
確かにその声は同年代の声の気がします。でもクラスメイトの顔を思い浮かべるますが、この声は知らないと思います。
その少しの間に、その人物は教壇から降りて、私達の座っている円の真ん中にやってきます。
少し手を伸ばせば届いてしまいそうな場所でその少女は宣言しました。
「誰も、覚えていないなんてショックだわ。私の名前は如月 ヤヨイよ」
私の肩がビクッと震えました。忘れたくても忘れられないその名前は、先月このクラスから姿を消して、そして、そして理由不明の自殺をした少女の名前でした。