第二十七話 一つの夜が明けて
「ほら、さすがに起きなさい!もう午後よ」
階下か響く母の声を聞いて、
大神タダシは、自室の布団の上で目を覚ました。
寝起きにはキツい日差しがカーテン越しにも分かる昼下がり、6畳ほどの自分の部屋を通り抜ける風はたっぷりの湿度と不快指数を運んでくる。
目に見える部屋の景色は、あまりにも日常的すぎて。
「夢とか、嘘だろ・・・・・・」
一言つぶやきつつ、寝汗に包まれたTシャツが、暑さより不快な汗でじんわりと濡れたような気がした。
「やっと起きて来たわね。気持ち悪くない?食欲はあるわね」
母の問いに首を振る事で答える。
こんな時に、どんな風に切り出したものだか分からなかったが、とりあえずストレートに母にぶつけて見た。
つまりはバカ正直に、「俺ってどうして部屋で寝てるんだ?」と聞いたのである。
対する大神の母の対応はあっさりしていた。
つまりは、額に手をあて、「記憶なくなるまで、お酒を飲むなんてバカじゃないの?いい、あなたはまだ未成年でしかも高校生なんだから、今後一切飲酒は禁止よ。いいわね!」と言ったのだ。
すると、俺は酒を飲んであんな幻覚を見たのか?と大神が考えていると、母は続けた。
「全く、驚いたわよ。昨日の夜学校で星を見る会があるから、学校に泊まるって連絡がいきなりきて、珍しい事もあるのねと思っていたら、
朝になっていきなり、酒を持ち込んで騒いでいたら急に倒れたからって家に送り届けられたんだもの」
あーあ、本当にどこでそんな悪癖覚えたんだか。などと言いながら、タダシのために食卓に昼食を並べて行く。
心臓がどくんと跳ねた。
やっぱり、昨日の事は夢じゃ無い。
星を見る会なんてイベントの記憶は全く無い。
誰かが、学校から生徒達を搬送する時にそんな言い訳を使ったのだろう。
意識の無い人間を搬送していても、おかしく無いいいわけを作ってから、全員を家に返したのだろう。
全く手の込んだことだ。
「ねぇ、運んでくれたのって誰だった?……お礼言わないといけないし」
ここで、酒など飲んでないなんて言っても仕方ないし、あくまでお礼をしたいという形を取って、
誰が事後処理を担当していたのか確認する。
「うーん。確か、クラス委員の三条さんのお兄さんと言ってたわね。先生にも秘密の企画で、
もともと学校じゃなくて、近くの公園に集まっての宴会だったらしいじゃない。三条さんのお兄さんが、
車を持っているって事で、倒れたあんたを運ぶのを手伝ってくれたらしいわ。
未成年だし、見たところ寝てるだけだから救急車を呼ぶわけにもいかなかったらしいわね」
「その人本当に三条さんのお兄さんだった?」
「なあに、それ。知らないわよ、相手がそう名乗ったんだし、大体三条さんのお兄さんの顔なんて知るわけないでしょ。
さあ、元気になったんならさっさと食べなさい。全く、あんたは真面目にしっかりしてるように見えて抜けているんだから」
これ以上の情報は、親からは入らないな。
そう判断して、大神はひとまず昼食を片付ける事に集中した。
昼食を取った後でいきなり思いたった。大神は携帯を取り出した。
あの時には奪われていた携帯も、いまで普通に机の上に置いてある。
普段は使わない番号の中から、一つを選んでかける。
「大神くん?電話して来たって事は生きてるって事だよね?」
「もちろん生きてる。三条さんが生きてるって事は、もしかして全員生きてるのか?」
「私が知ってる限りでは、全員生きてるね。この感じだともともと、全員殺す気なかったんだろうな。
そうすると、全然意味分かんなくなっちゃうんだけどね~!まるで、昨日の事が悪い夢だったみたいでさ~」
そう言って、随分と弾んだ声でツバサは告げた。
全員が生きているという現状なら昨日の事なんて夢と思って忘れてしまえばいい。
そんな風に考えている気がする。
それに、なんだかんだクラスメイトが死んだかもしれないという事が心の重しになっていたのだろう。
「三条の所は、どうやって家まで届けられたんだ?俺は、三条の兄に車で送り届けられたらしい。こっそり、飲酒しててブッ倒れたって設定で」
大神の方もちょっとだけ、明るい声を作って聞く。
「私の家、兄は居ないんだけどね。……多分、適当な人を使ってるんだろうな~。私の時は、雨宮君のお姉さんって言う人が車で送ってくれたのよ。
もしかしたら、そっちも偽物かもしれないけど。朝の6時位だったかな?軽く意識は戻ってたから、家の前に放り出されて。惚けてたんだけど、
なんとか家に入ってって感じね。他の人にも、話聞いたけど。それぞれ、色々な人に送られたみたいではあるの」
「犯人の協力者は思ったよりも多いって事か」
大神はそこで、考え込むように黙った。
「ねぇ、大神くん」
そこで一度言葉を切って、三条はきっぱりと告げた。
「もう、この件は忘れようよ。あの如月さんの目的とかは、良く分からないわ。でも、私達を本気で殺そうと思っていたら、
間違いなく出来たのに殺さなかったのよ。彼女の目的はもう、果たされていると思う。
その上で、全員がほとんど問題なく帰って来ているんだもの。疑問が多くて払拭したいのは分かるけど。
私としては、もうこれ以上この事は蒸し返さない方がいいと思う。他の人にも言ったけど、今回の事はなかった事にして、明日の学校で会いましょう」
とりあえず、了解とだけ答えて不満いっぱいの顔で大神は電話を切った。
確かに、これ以上実害が出る事は無いと思う。
でも、自分が巻き込まれた事が、分からないままに終わって行く事は許されない気がした。
「そういう訳に、いくかよ。必ず調べてやるさ。一人でも」