第二十六話 最後の罰
「大神と三条が犯人って事は分かったけど、どうしていじめてたんだ?あいつってそんなに人に嫌われるほど目立ってなかったと思うけどな。まぁ、答えたく無いって事なら聞かないけど」
ツトムが疑問の声を上げた。
「確かにそうだな。僕達にはいじめがあったかどうかさえ怪しい位、わからなかったし、そういうのもいじめって言うのかな」
それに、雨宮も同調する。
もう完全に負けを認めたからか、大神はあっさりと告げた。
「別にたいした事をしてたつもりは無いぞ。いじめって言うと印象が違うけどさ。例の本の事をからかいながら、ちょっと頼みごとを聞いてもらっただけだ」
「頼みごとって言うか、それって脅してるだけじゃないか」
雨宮が反論し、宮原サトネと近藤シズクが露骨に顔をしかめる。
「まあ、そうとも言えるけど。そもそも、脅してる理由が弱いから拒否しようと思えばいくらでも拒否できたと思うぞ。やらせた事ってのも、まぁ、ちょっとテストのデータを盗み出してもらっただけだし」
しれっと悪びれる事も無く、付け足す。
「ちょっと待てよ。お前の成績が良いのってもしかして、テスト問題盗んでるせいなのか?」
予想外の告白に、ツトムが食いつく。
「全教科じゃ無い、音楽だけな。5科目以外は苦手なんだよ。如月は、吹奏楽部か何かで演奏者として優秀だから、次の部長に押されてたらしい。3年生は、夏休み位で受験のために引退するからな。で、その吹奏楽部の顧問が俺たちの音楽の教師だから、都合が良かった。……、正直言って半分以上は冗談で言ったんだけどな。まさか、頼んで一週間くらいしてから、泣きながらUSBを押し付けて来るとは思わなかったよ」
まるで予想して居なかったという風に、大神は告げる。
「不正にテストの点数上げてどうするんだよ」
雨宮が微妙に突っかかった。
「お前、教師みたいな言い方するな。この先約にも立たない音楽の知識のために、わざわざ勉強時間を取る方が無駄だろう。実力で大学に受かる自信はあるけど、内心で稼いでおいて推薦で行った方が楽には違いない。そういう事だよ」
「ヤヨイちゃんに犯罪を犯させるなんて、最低だわ」
宮原が糾弾するが、それにも意に介さない。
「だから、冗談のつもりだと言っただろ。それに、それ以来それを餌にして無理やり頼みごとなんてして無いぜ。たったの1回だけだ。それに、経緯はどうあれ、ある意味共犯者であって一方的な被害者って事じゃ無いさ」
それまで、黙って聞いていた近藤シズクが一言だけ挟んだ。
「でもさ、それって大神君の立場から見た意見だけだよね。もし、如月さんが大神君みたいな性格だったら本当にそう考えるだろうけどさ。それに、脅す方にしてたらたった1回でも、脅される方にしたら保証は無いわけだし、不安になったり、心の負担になっていてもおかしく無いよ」
「なるほどね。そういう考えもあるか」
大神タダシは、顔色一つ変えずにそれだけ告げた。きっと、心には届いて居ないのだろう。
「それより、三条の方には聞かなくていいのか?」
自分の話はこれまで、とばかりに突然話を三条に振った。
「私は、と言うか、私もいじめってわけじゃ無いのよ。半分冗談の形でね。如月さんって、大人しく見えて結構頑固だから、協調性無くてね。私達のクラスの文化祭の出し物でさ、みんな頑張って劇をやろうって話になったじゃない。如月さんは、自分で出たく無いから小道具係になってたんだけど、怪我するから木工はできないとか、ちっとも仕事してくれなくてさ。みんなでやる事でなおかつ自分で選んだにもかかわらずだよ。
色々溜まってたものもあって、そんなに協力しないなら、”またあの本の事でからかうからね”って言っちゃったんだよね。それからは、だいぶ言うことも聞いてくれたんだけどね。私としては変な事は要求したつもりはなかったけど。向こうはそうは、感じなかったのかな?」
大神の告白と違い、三条の告白には誰も突っ込まなかった。
自身を擁護する三条の意見は、醜くはあったものの、反論する方法もまた無いのだった。
「う~ん、それじゃ二人はどうして共闘できたの?お互いが犯人だって事はわかってたんだよね?」
シズクの疑問には、大神が代表して答えた。
「何となくな。ちゃんと知ってたわけじゃ無いが、以前如月と話をしていてそういう話題になった気がする。
あんたも、ツバサも信じられないとか言われたか。それで、この場に居るメンツを見て多分三条は犯人の一人だと当たりをつけただけだよ。三条だって多分そうだろ。如月の性格から言って、三条に相談してたわけでもなさそうだしな」
もうこれで、質問は締切とばかりに、大神は視線を沈めて口を閉ざした。
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「もう分かったよ如月さん。犯人は、大神タダシと三条ツバサの二人だった」
教室へと現れた黒衣の女に、雨宮は声をかけた。
「へぇ~、二人いっぺんに分かるなんて流石だね。その感じだと自首させたのかな?」
如月は、その喋るペースを崩す事無く応じる。
如月の問に雨宮は首肯する。
当事者の二人は、顔を下に向けてうなだれたままだ。
「これで決定だろ?さあ、俺達を開放してくれ!」
待ちきれなくなったようにツトムが話しかける。
この二人で合っているはずだが、それでも確証が欲しいのだろう。
「待っててね、それじゃあ罰を与えてからにするから」
如月は、もはやおなじみになった注射器を取り出し、大神の腕に突き立てた。
犯人確定とはいえ、今までの他のクラスメイトと同じ方法だ。
その方針に変更が無い事に、刺された大神も、見ていた雨宮も少しだけ安心した。これなら、生き残る可能性はあるんだから。
「俺でも生き残る可能性はくれるんだな?公平で素晴らしい事だ。如月の自殺の責任の一部は俺にあるかもしれないけど、自殺してしまう弱さも、その原因だと俺は思っているしな」
大神の投げやりで挑発的な言葉も意に介さないのか、如月は淡々と作業を全うした。
議論を誤った方向へと導こうとしていた大神は、静かに沈黙した。
続けて如月は、三条の後ろに回り込むと、大神に刺した注射器は放棄して別の注射器を取り出した。
色も形も同じだし、同時に二人に対し罰を与える時のために、用意してあったのだろう。
「結構理不尽だよね。如月さんって、でも、もういいか。私だってみんなを犠牲にしようとしたんだし。だめな、人間だもんね」
三条のつぶやきにも、ぶれる事なく動作を行い、注射器の中身を血管に注ぎ込んだ。
特に抵抗も無く、ツバサの全身から力が抜ける。
「これで終わったわ」
「じゃあ、俺たちは開放されるんだな?」
ツトムが再度訴える。
「ええ、協力してもらって感謝するわ。貴方たちの反省はきちんと私に届いたわ」
「ねえ、じゃあ私達の拘束を外してくれないかな。もうずっと動かしてないし、強く縛られてるから感覚なくなってきてるよ」
近藤シズクも合わせてお願いする。
「ちょっと待ってね。準備があるから」
鼻歌でも混じりそうな調子で、如月が返す。
「ヤヨイちゃん?もう、復讐はいいの?全員終わるまでやるわけじゃなくて」
宮原サトネは違った問いを投げかけるが、
「ふふ、もういいわよ。キチンと犯人が出て来て貴方達が反省したんですもの。これ以上無駄に殺生を重ねる事も無いでしょう」
そう言うと、如月はローブの中から、大量の注射器を取り出した。
「おい、ちょっと待て、それは何なんだ!」
「安心して、これは唯の睡眠薬だから死なないよ。このまま、開放するわけにはちょっといかないからね。
いくら、長い時間拘束されていたからって、私一人に貴方達全員だったら取り押さえられかねないし。
安全策って事で眠ってもらうわ。大丈夫よ。ちゃんと生きて家に返すから安心して」
「な、ちょっと」
言うが早いが、近くに居た雨宮から順に注射を始める。
ゆっくりだが慣れた動作で順番に突き立てられていく注射器。
慌てる円環の生徒達の言葉をよそに、淡々と進む作業。
しばらくの間に全員が刺され、教室の中で意識を保っているのは如月だけになった。
「これで、やっと終わったわ」