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疑う円環  作者: 夏樹 真
4時間目
23/32

第二十二話 統一されない意見

 宮原の笑い声のあとには、嫌な余韻だけが残った。


 生暖かい教室の空気が、今はねっとりと気管にへばりつき、呼吸を阻害しているようだった。

息をするのも苦しく、息をしてもちょっとずつ毒ガスを吸いこむように体が苦しい。

全員が疲労のピークなのだろう。

何時間もの間、頭と口を使い続けて来たのだから、それにもう普段なら眠る時間だ。

体が重く、瞼も重い。

犯人を決める事ができれば、一時であれ恐怖からも逃れられる。

しかし、今回はもはや糸口が何も無くなってしまった。


犯人の情に訴えかける理論、疑わしい本の貸し手の理論。

どちらも苦しい理論だったが、犯人に結びつく可能性をもっていた。しかし、それも否定される結論が出た以上、もはや拠り所となる物も無かった。


「時間だよ」


不貞腐れたように、ツトムが告げた。

ツトムは言葉に合わせて全員を見まわしたが、反応は希薄だった。大神タダシは顔を床に向けて目を瞑り、佐々木ヨシノは天井を無表情に見つめる。窓の方を向いて座る三条は、愛おしげに窓に映る夜の街を見つめていた。

 そんなクラスメイトの様子にツトムも一瞬怒鳴りかけようとし、ため息をついて視線を足下に落とした。

全員その言葉に反応できないほど疲れているのだ。それに、時間を確認した所でどうにか現状が変わる話でも無かった。


 如月ヤヨイは、それまでと全く同じに現れた。

この動作だけは全く変わらない。足音の調子も、一定のままだった。

そういえば、如月が偽物かもしれないなんて議論もあったな。誰かの頭にそんな物が一瞬だけ浮かんで消えた。


「うん?どうしたのかな、流石にもうそろそろ疲れて来たみたいだね。でも、まあ夜は長いし、まだ許さないよ」


彼女の登場すらも、意に介さないのか殆どみんな反応しなかった。


「反応ないのは寂しいねぇ。私だって本当は早く終わらせたい位なんだから。寝ないと健康に悪いでしょ?じゃあ、また一人ずつ聞いてみようかな誰が」


「お願い!犯人の人!今、名乗り出て!!私たちを救って!」


 如月の開始の合図を待っていたかのように、佐々木ヨシノの言葉が弾けた。

それは絶妙なタイミングだった。先ほどまでの議論ですっかり忘れられてしまった、犯人自首理論を再び持ち出したのだ。

全員の虚を付いて、そのまま犯人に認めさせてしまおうという算段だ。


「佐々木の主張はあくまで其れなんだな。ここまで行くと本物かとも思うけどさ」


最初に反応した大神の声は、突然のタイミングで掛けられた言葉にも相変わらず冷静だった。


「うるさい!大神じゃましないでよ。お願い!今名乗り出て!」


「佐々木さん。そうは言っても無理よ。さっきそう結論が出てしまったじゃない」


震えた声で三条が否定する。

それでも、佐々木は聞く耳を持たなかった。


「なんで!?なんででてくれないのよ。貴方が生きたいのも分かるよ。でも、ちょっとでも罪のある貴方と、

巻き込まれただけの私達と。なんで、私たちが苦しまないといけないのよ!貴方に良心があるなら名乗り出て、お願い!」


 佐々木の悲鳴は、教室を超えて廊下の先まで揺さぶるほどに大きいものだった。


「ふふ、佐々木さん。残念だけど、自己申告は無いみたいね。それじゃあ、聞いてみようかしら。アナタは誰を選ぶの?」


真っ黒いローブの下で、笑った眼をした如月は残酷に佐々木に尋ねた。


「……なんで、よ。こんなのって、おかしいよ。私たちは悪いわけじゃないのに……」


「ええ、それで。誰を選ぶのよ」


あくまで、淡々と言葉をぶつける如月をキッとにらむと。


「犯人を指定しろなんてバカじゃないの!殺したいなら早くそいつを殺っちゃえばいいじゃない!帰らせてよ。うちに帰らせて!」


「終わったら帰らせてあげるわよ。貴方が犯人じゃ無かった場合はだけどね」


「バカ!アンタが死んじゃえばいい。私の指定は如月ヤヨイよ」


 佐々木がヒートアップすればする程に、如月が笑っていくのが分かる。それは、絶対的支配者の笑み。

足掻く罪人をあざ笑う審判の笑み。


「無回答は罰だよ。私は選択肢に入ってないしね。最初にちゃんと言ったんだけどな~。まあいいか、次は誰?」


無常な審判は、被告を見渡す。


「俺はやっぱり、三条があやしいと思っている」


先ほどまでずっと、本の貸し手の話を引っ張ってきた宮内は、疑念を捨てきれないといったように口にした。


「なら、俺は佐々木を指定する。演技の線は薄いかもしれんが、一人脱落なら一緒にみんなのためになってくれ」


冷たく言い捨てる大神。


「大神お前!最低だな。合理的なのかもしれないけど、今の佐々木にそんな言葉をかけるなんて!じゃあ俺は大神に入れる」


かっとなったように雨宮が叫ぶ。


「これが性格なんだ。悪く思うなよ。疲れてるんだ、口論する元気は無い」


噛みつく雨宮にもあくまでも冷静さを崩さない大神。


「ケイちゃんがそう言うなら私も」


まるで自分の意志の無い決定だが近藤シズクも雨宮に追従する。残るは二人、宮原と三条。


「私は、佐々木さんが気にいりませんね。最初にヤヨイちゃんが言ったでしょ?いじめに気付かなかった時点で罪だって。それなのに自分は悪くないとばかりに、非難するなんて許せないわ」


残るは三条一人。

自身も疑われているけれど、佐々木と大神に2票入っているから、罰自体は免れる事ができる。その彼女が選んだのは、


「ごめんなさい。佐々木さん。大神君の意見に乗るわけでは無いけれど、一回で二人も罰にされる必要は無いと思うの。無回答なら、あなたに入れてしまう。ごめんなさい」


「決定ね!今回は長かったからちゃっちゃと行きましょう」


笑いながら、佐々木の後ろ手に回る如月。


「私が死んだら絶対化けて出てやるから。アンタが幽霊だっていうなら、私も幽霊としてアンタを殺してやる」


目にめいっぱい憎しみを浮かべながら、佐々木ヨシノは最後の言葉を告げた。


「南谷君、ごめんね。私もそっち行っちゃうみたい」


腕に残る痛みとともに、彼女は意識を手放した。

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