第二十一話 疑惑の彼女
「それで、みんな私を疑ってるってわけ?」
全員からの視線を受けても三条ツバサは平気な顔を作っていた。少くとも狼狽した様子は見せなかった。
みんなの視線から外れている指先だけは、神経質に動いていたけれども。
「私は、そんな本を貸した事無いわよ。といっても、そんな事証明しようが無いけどね」
「だけど、シズクの言葉通りなら、貸したのは三条さんって事になるよ」
雨宮ケイが食い下がる。
「今、この状況で私が貸しましたって認めるはず無いだろうしな」
宮内ツトムも追撃する。
「それじゃあ、宮内くんは私が貸したって事をどうやって証明するつもりなの?」
「証明もなにも、状況証拠はもう上ってるだろ。誰かが、如月に本を貸していた。そして、その証言は近藤さんという信頼度の高いソースから来ている。俺は、決定だと思うけど」
口調は、穏やかだが既に決めつけた事を宣言するようにツトムが言う。
「ちょっと、宮内くん私は三条さんが貸し手なのか、までは知らないよ」
「でも、状況証拠は充分だろ。如月ヤヨイが恨んでいそうな人が誰なのか分からないけど、その貸した人間をうらんでいる可能性は高い。というか、考えられる材料が少ないんだから、これぐらいの疑惑でも突き詰めるべきだぜ」
張り詰めた空気が流れる。
対峙しているのは、ツトムとツバサだが、実質上は殆ど全員がツトムの側を支持している。
なにせ決め手が何も無いんだから、その中に現れた唯一の焦点に食いつくのも当然だった。
「でも、その決め方も消去法だよね。さっきの鈴木君の時に、その決め方はやめようってならなかったっけ?」
「あの時は、完全に判断材料なしの状態だったけど、今はあるだろ。本当にわずかにだけど」
「全員の中から、親しく無かった中で怪しい人を決めるのと、親しかった人の中で本を貸してそうな人を見つけるのに差は無いと思うけど?」
「鈴木の時と同じでは無いだろ。少くとも今回は、論理的に三条に絞ったわけだしな」
「論理的?感情的、感覚的の間違えじゃないの?私以外の人が私より怪しく無いだけじゃない」
「それでも、俺たちには根拠になるし、どうせあと少しの時間で決めなきゃならないんだ」
三条の言葉に対して、次々に切り返しが行われる。
その言葉はもはや結論ありきだ。冷静に分析しているのでは無く。次の犠牲者を決めきった上でいかに落とすのかを、考える攻め方。
でも、だれもそれを止めない。止めれば自分が標的になるかもしれないから。
三条が全員に目を走らせる。誰か、庇ってくれる人を探すように。
「ちょっといいか」
二人の口論に口を挟んだのは、大神タダシだった。
「さっきから、誰が本を貸したって話になってたが……もっと疑わしい人がいるように思う」
全員に再び緊張が走る。大概の場において、議論を引っ張ってきた大神の言葉だけに、全員の視線が集中する。
「誰だよそれ?」
みんなを代表する形で、宮内ツトムが問いかける。
「山里ユウコ」
「あっ」
「えっ」
「うん?」
という声が同時に響いた。すでに、最初の処刑の対象になった山里ユウコが、本を貸した犯人だというのだろうか?
大神は静かに説明する。
「俺の想像も入っているが、少なくとも三条よりも山里の方があの手の本を持っている事に違和感が無い。さらに言えば、山里が初めて、如月に絡んだ時に見た本がたまたまあの内容だったというのも、何となくワザとらしく無いか?もともと、山里の方が如月を嵌めるつもりで仕組んでいたとすれば、その疑問も解ける」
「おい、大神。俺は、お前よりもユウコと仲が良かったから言うが、あいつはそんな陰湿なやつじゃねぇぞ」
ツトムが反論する。
「陰湿かどうかは、男のお前じゃ分からないものじゃないのか?俺は良く知らないが、男の喧嘩より、女の喧嘩の方が陰湿なもんだろ」
「私が知ってる限り、山里さんは結構さばさばしてたからなぁ。女子の間では、怖いけど義理を通すってイメージだったけど。まあ、そもそも殆ど絡んだ事が無いから、あくまでもイメージだけだから本当は陰湿かもしれないけど。特にほら、男が絡んだりすると豹変しちゃう娘っているから」
この中では中立の佐々木ヨシノが大神に答えたが、肯定とも否定とも取れるような解答だった。
「ツトムが言う事もそうだけど、そもそも如月さんと、山里さんは親しく無いんじゃないの?」
今度はケイの反論。
「一緒に官能小説を貸し借りする仲だとしても、それ意外の接点は隠していた可能性もあるんじゃないか?普段が仲の良い友達にこそ、話せなくて、ちょっと距離がある方がうちあけ話を話しやすいみたいにな、どうだ?宮原何か記憶に無いか?」
「山里ユウコならやりかねないわね。ヤヨイちゃんがあんな本を持っている事自体が不思議だし、そのタイミングで晒し者にするなんて、何て、何て卑劣な女なのかしら。山里ユウコって、ああ、やっぱりあの女が最初
に処刑されてよかったわ。ふふ」
宮原の笑い声は、陰湿な喜びに満ちていた。