第二十話 本の持ち主
犯人が自ら名乗り出る事は無いし、そうする必要も無い。
はっきりとそう言ったわけではもちろんないが、大神の発言は場の空気を変えてしまった。
佐々木ヨシノとしては、犯人の情に訴えようというつもりだったのだろうが、からぶりに終わった形だ。
「佐々木さん。やっぱり、犯人が自分から名乗り出る事は無いと思うぜ。別の方法を考えようぜ」
宮内ツトムがそう励ましたが、佐々木の表情は硬かった。大神を睨むように見ている。一方の大神は澄ました顔だ。
理屈としては、大神の意見は正しい。だが、果たして今それを言う必要があったのかとその目は聞いていた。
「でも、私は犯人の自首を信じてみたい。最後の最後まで待つわ。クラスメイトを犠牲にしてまで助かりたいのかって、最後まで問いかけるわ」
それでも、その言葉に応える声は無かった。
時間はもう30分も無い、気づくとすぐに時間は経ってしまう。話が一歩も進んでいないのに、時間だけは次々に過ぎる。
「ねえ、ちょっと別の話をしても良い?」
おずおずと、近藤シズクが発言した。
みんなおどろいて視線を向ける。ここまで、ほとんど自分から発言していないシズクだ。いつも三条や雨宮の影に隠れてなかなか自分からは話をしない。
「ちょっと、前の話にね。もどっちゃうんだけどね。シズク、聞いた事あるの、如月さんに。如月さんが、自殺した原因になった本あったでしょ?あれね。如月さん本人の本じゃ無かったらしいの」
如月ヤヨイの自殺の原因と考えられた一冊の女子高生が読むには卑猥な本は、本人の物では無かったという。
「あ、って言っても無理やり持たされたとかじゃ無くってね。借りた本なんだって、でね。もしかしたら、如月さんは、その本を貸してくれた人を恨んでるのかもって思ったのね。その人が本を貸さなければそんな事は起こらなかっただろうって、逆恨みみたいな物かもしれないし、山里さんに言いふらされた時に庇って貰えなかったのを恨んでるのかもしれないけど」
シズクはそこで言葉を切った。全員が初めて聞く話だった。でも、ふだんからずっと大人しいシズクの言った意見だけに、嘘を言っているとも思えなかった。
「宮原さん今の話知ってたか?」
雨宮が自他共に認める、如月の親友に尋ねた。病的なまでに心酔している親友に。
「知らなかったわ。そう、誰かに勧められてって事なの。ヤヨイちゃんが自分からそんな低俗な本を読むはずないものね。きっと誰かに無理やり読まされたんだわ。ひどい」
「いや、さすがに読んでたのは自分の意思なんだと思うよ」
「いいえ。ヤヨイちゃんはそんな人じゃない。あの本の事があった時点でもう苛められていたのよ。無理やり読んでいるところを晒し者にされたんだわ。きっとそうよ」
ぶつぶつと独り言を言いながら、宮原サトネは自分の世界に埋没してしまう。
「宮原が知らなかったのは、親し過ぎて言えなかったか、宮原本人が貸し手だったから隠しているかだな。でも、そうじゃ無いなら、他の親しかった女子が怪しいって事に成るな」
大神が断言する。
「親しかった女子か。まぁ、男から借りてるって事は考えにくいか。そうすると、宮原さん、シズク、三条さんの誰かって事になるかな」
雨宮が補足をいれる。
「私は違うわよ。私がヤヨイちゃんを、ヤヨイちゃんに嫌な事するわけ無いじゃない。親友を嵌めて苛めるなんて、そんな事あるわけないわ。二人のどっちかよ」
「シズクも違うよ。そういう種類の本持ってないし、如月さんと物の貸し借りした事ないもの」
「わ、私だって違うわよ。兄貴の部屋を探せばそういう本はあるかも知れないけど、わざわざ学校に持ってきて友達に披露するものじゃないし、第一嵌める意味もないじゃない」
三人ともが口々に否定する。
犯人だと断言するにも、否定するにも根拠が足りない。相変わらずこの状態だ。三人以外は顔を見合わせた。
「個人的な感情の問題もあるんだけど、シズクは違うと思う。もし、この新しい情報が嘘だったとしたら、例えば三条さんから借りたって言ってたよとか、確か宮原さんだったと思うとか、そういう自分意外を疑わせる情報をいれてると思う。それが無い分、シズクは犯人じゃないと思う」
雨宮の言葉にツトムもうなずく。
「確かにな。今、ここで嘘を付くメリットが無いもんな。嘘なら誰かを陥れるはずだもんな」
「疑わしきは、罰せずか。さっきの佐々木の場合と同じだな、筋さえ通る話になってしまえば、疑わしくとも踏み込めないか」
「なんかトゲあるよね、大神の言葉ってさ疑いすぎなんだよ」
「そうか?俺は全員を平等に疑っているだけなんだがな」
佐々木と、大神はまだ火花を散らしている。
「それで、次は宮原さんだけど感情的な意味で僕は無いと思えてしまうんだけど」
雨宮が今度は自信無さげに告げた。ツトムは今度も頷く。
「まあな、如月と宮原の関係ではどう見ても如月が引張ってく側だったし、ふつうに考えると宮原は疑いにくいよな」
「感情での否定も肯定もできないがな。宮原が如月に心酔しているのが、演技だったら大した役者だが、あんな演技をすれば選ばれる確率が上がるだろうし、実際俺はさっき宮原を選ぶ事を提案した。そこから考えると、宮原が演技をしている確率は低く、本を知らなかったのも本当かもしれないな」
「私もなんて言うか女子目線から見ても、宮原さんは潔癖だったからああいう本は持って無かったと思うよ」
大神と佐々木もなんだかんだで肯定する。
全員の視線が三条に集まった。それはこのひとならばあるかもしれないという、曖昧な疑惑の募った息苦しい視線だった。