第一話 状況把握(雨宮ケイ)
目覚めは最悪だった。と言って良いと思う。
目覚めは最悪とは言ったけど、実際のところは悪夢を見ていたわけでもなく、誰かにいきなり叩き起こされた訳でもない。
普段のけたたましい目覚ましの音で無理やり目覚める方が、よっぽど心臓に悪い。
ほら、早く起きろ!学校遅れるぞ!と聞こえる目覚まし時計の音は、それだけで憂鬱な目覚めになるんだから。
体にどこかダルさは残っていたものの。ゆったりと自然に目が覚めた今回の目覚めは、目覚めた場所が僕のベッドだったなら、むしろ心地いい目覚めだったかもしれない。
でも、目覚めた後が最悪だった。
現実にはこの先の僕(雨宮 ケイ)の人生で、今日以上に悪い目覚めは無いと思う。
「なんだよ。これ?」
目に映るのは、うすぼんやりとした暗闇の中、目の前に据えられた椅子と、そこに座る制服姿の人間。それに、自分の体に巻かれたテープだった。
僕自身も制服を着ていたが、制服の上からテープでがんじがらめにされている。
いきなり過ぎて、状況が理解出来なかった。真っ暗な教室。壁の掲示物なんかで、何となく自分の教室である事が分かる。
なぜ、僕はこんな暗い教室に居るのか?
周りに居るのは誰なんだ?
今はいつなんだ?
でも、そんな事より大きな問題があった。
「何で。っ手が。いや、手だけじゃない足もか、このっ、このおっ!」
僕が目覚めた時、僕の手足と胴体は完全に固定されていた。
とにかく、精一杯もがいてみる。手足と胴体と、いっそ首まで動かして、抜けようとしてみる。
ギシッ、ギシッ
わずかに軋むような音がする物の、僕の体を縛る拘束は全くゆるむ気配を見せない。
「イタッ」
結局先に根をあげたのは、無理な体勢で力を入れた僕の体の方だった。
力ずくでは、どうにもならないみたいだ。
そもそも、抜け出すためにどう体を動かすといいのか何て分からなかった。
普通の人はそうだと思うが、17年生きて来た人生の中で、手足を拘束された事など初めてだ。
どうやら、僕は椅子に縛り付けられているようだった。教室に普通にあるあの椅子だ、鉄パイプと木の板を組み合わせたような、いたってシンプルで頑丈な椅子。
腕は後ろに回され、交差した状態で固定されている。足は椅子の足にぐるぐる巻きに固定されている。さらには、胴体も椅子の背に固定されている。
固定に使われているのは、見た目は百均にも売っているような普通のガムテープだ。
中身も普通のガムテープだろう。
今度は慎重に動かしてみるが、小さくギシギシと音が鳴るだけで、手足は全く動く気配がない。
知らなかった。ガムテープってこんなにも丈夫だったんだ。
これだけ強力なガムテープを100円作る日本の製造技術は凄いと思うが、今だけは恨みたい。
僕は、凄く身近なありふれた道具で、
ありふれていない状態に拘束されていた。
ひとしきり、脱出のために出来そうなことをやって見た。といっても、手足を拘束された状態では、出来ることなど限られている。
まず、手を引き抜け無いかやって見て、1分であきらめた。
それこそ、血が止まりそうな位きつく、何重にも締め付けられているため、
ちょっとやそっとでは、引き抜けそうになかった。
次に椅子ごと移動して何か、テープを切断する道具を探そうとしたが、そもそも椅子を動かす事が出来い。
全身固定された状態では、反動もつけられない以上しょうがなかった。
動く事ができなくなって、逆に冷静になってきた。動いて出来ることがない以上、それ以外を考えるしかない。
僕は、僕と同じ格好で拘束されているみんなを見た。
そう、僕の教室には僕を含めて10人の人間が、椅子に固定され、内側を向いて向き合うようにちょうど均等に正10角形とでもいうべき形にならんでいた。
いや、どちらかと言うとこれを作った人間は、円をイメージして均等に配置したのかも知れない。
人が椅子に拘束されている姿というのは、なんと言うか。かなり異常に見えた、そういう性癖でもあれば別なのかもしれないけど、普通は眼にできないものだ。
きもち悪いが、目隠しされて無いだけましなのかもしれない。
僕の目の前に坐らされた人影は、うちの女子の制服を着ている。
下を向いた顔は確認できないけど、多分クラスメイトだ。
僕は、その姿を見て羽を捥がれた蝶を思い浮かべて……自分もそうだと思い出して苦笑した。
円は教室の中心に配置され、中央部に並べられていたであろう机は、壁際に整然と並べられていた。
そして、僕以外の9人はみんな僕のクラスメイトだった。
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明かりの無い教室に拘束された僕たちは、彫刻のように動かなかった。
外に立っている街灯や、学校に隣接しているマンションの明かりで微かに教室が照らされている。
10人もの人間が手足を拘束され、円形にならべられた姿はどこか儀式めいていて、まるで聖書や神話に出てくる罪人のようだ。
いや、その表現だとちょっとかっこ付け過ぎで実際には僕らの格好が制服のままなので、素人劇団のようにどこかアンバランスで、安っぽい演出の感じがした。
僕以外は未だ目を覚ましていないようだ、僕も最初は大声をあげて、ほかのやつらを起こそうとしたが、睡眠薬でも盛られているのか全く目を覚まさない。
しばらく声を出していたが、結局諦めてしまった。
せめて、誰かを起こして相談したかったのだけど、手足が動かないと揺すって起こす事さえ出来ない。
全く、手足が動かないってのは、こんな事でも不便だ。
今すぐにでもここから逃げ出したいけど、なにもできない。
もどかしいだけで、本当に何もすることが無い。できない。
状況が煮詰まりすぎて、僕の頭は回らなくなり、考えているのかボーっとしているのか分からなくなっていた。
時間は・・・・・何時だろう。
しばらく経って、ふと時計を見上げる。
もうすぐ8時半だろうか、目を覚ましてからまだ20分ほどしか経っていない。それでもひどく長く感じた。
クソ!いつもなら家でゆっくりドラマでも見ている時間なのに。
ここから抜け出せるんだったら、ドラマじゃなくて勉強をしてやってもいいのに。
心の中だけで悪態をつく。
その時、
「うっ、うん」
声が聞こえた。良かった生きてる。
生きているか不安になるほど静かに眠っていたのだ。脈を取って確認したかったのだが、それも当然叶わなかった。
「う、は、あれ?ここは、って。なんだこれ」
寝起きは良いのか、直ぐに意識が覚醒したようで、
ようやく目を覚ました宮内ツトムがさっきの僕のように騒ぎだした。ツトムは、僕の中学からの友人で、キャラは分かりやすく言えばクラスのお調子者だ。
良く言うならムードメーカーか、こいつがいるだけで場が明るくなるとかそんなやつだ。ちなみに頭は悪かったりする。
僕だって頭の出来はそれほど良くないが、テスト前に僕に毎度頭を下げて3つ隣の駅にあるチェーン店のハンバーガーセット一食分と引き換えにノートを借りていく。
「なんだよこれ?わけわかんねーよ。なんでみんな縛られてんだよ?そんで寝てるんだよ。ガムテープかよ?これ、取れろっ、取れろって!」
「無理だよそれ、全然はずれないんだ」
ツトムは驚いた表情で、顔をこちらに向ける。
この状況だからだろう、普段は常に笑いを取ろうとする顔が真剣に、深刻な顔をしていた。
「お、おいケイか。おいちょっとコレはずしてくれよ。いたずらか?どうなってんだよっ」
ツトムは、まるで僕が縛り付けたかのように睨みながら叫んだ。
「無理だって、僕だって両手両足縛られてんだから。さっきさんざん外そうとしてみたけど無理だった。ツトムのやつの方が緩いかもしれないし頑張ってとしか言えない」
ツトムはサッカー部で鍛えているし、身長も180以上でガタイも良い。明らかに僕より筋力がある分、無理やりにでも脱出できる可能性は高いだろう。
僕はなるべく冷静に言ったのだが、それがよけいにイラっとしたようだ。
「なんだよそれ、ケイ、お前薄情だな、誰だこんないたずらしたやつ!ぜってーゆるさねぇ!出て来いよ!」
ひたすらに喚き散らすが、一向に反応は無い。
廊下から誰かの声がする事も無い。
生暖かい空気の中で、ツトムの声だけが静けさを割って空廻る。
しばらくするとツトムも叫んでももがいてもどうしようも無いと悟ったのかだんだんと落ち着いてきたようだ。
「おい、ケイ、これどうなってるんだ?」
「僕に聞かれても全く分からないよ。目覚めたらこんな状態だったのは、ツトムと一緒っ。ホント何がなんだか。誰がやったか知らないけど、これだけ騒いでも反応無いし。全員が起きるまで待ってるのかも?」
「全員って、ここにいるのうちのクラスの奴らだけか。この教室も良く見りゃうちの教室だな」
「僕らをこんなにした犯人は分からないけど、ただのいたずらじゃない気がする。こんなに騒いでもみんな全然起きないのは多分睡眠薬でも飲まされてるからだと思うし、とにかくしばらくは落ち着いてじっとしてるしか無いと思う。」
本当は、両手でお手上げのポーズでもしたいところだが、
手が動かないので、表情だけで諦めのニュアンスをつくる。でも、良かった。僕は、さっきより自分が落ち着いている事に気付く。話す相手がいるとそれだけで少し安心するものだ。
「何かしらの犯罪に巻き込まれたって事か、もしくわ悪戯なのか。しょうがねぇな。ケイ、みんな起きるか、何かあったら起こしてくれ」
「っておい!寝るのか?」
「しょうがねぇだろ。手足動かねぇんだし。頭使うのは苦手だし、全員起きるまで頭も使いようがねぇだろうしな」
そう言うとあっけにとられる僕の前で窮屈そうに目を閉じた。
「このバカ本当に眠ってるし」
僕のバカにした言葉にも、ツトムはもう返事をしなかった。
こう言うのは、豪気というのだろうか、それともバカと言うのだろうか?
どっちにしても、僕には絶対にマネできそうになかった。
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それから、10分程の間にみんなが次々に起き出した。
結局、ツトムも殆ど眠れなかったようだ。素で眠りたかったわけじゃなく、案外強がっていただけかもしれなかった。
起きた時のみんなの反応は多かれ少なかれ僕やツトムの時と変わらなかった。
みんなぼーっとした様子で目を覚まし、まず手足が縛られている事に焦って暴れようとする。しばらくすると、周りに僕らがいる事に気づいて少し落ち着く。
そしてみんな、首をかしげるといった感じだ。割と落ち着いて話していられるようになったのは、あれからしばらく経つけど、
教室になんの変化も無いからだ。僕らはこんな事をした犯人から、完全に放置されているようだった。
とりあえず、全員が目を覚ましたようなので、落ち着いて話し合おうという流れになった。
結局拘束から抜け出せた人はおらず、全員拘束され首から上だけ動かしての話し合いだ。
落ち着くと言ってもみんな拘束されてどうしようも無い状態なので、宮原さんは泣きだしてしまったし、気の弱いヨシヒコも今にも泣きそうな顔をしている。
「あー、落ち着けって宮原。泣きたいって気持ちも分かるけど、とりあえず俺らには話す事しかできねぇんだから。脱出する方法とか話あおうぜ」
とりあえず、といった感じでツトムが口火を切った。
ムードメーカーのこいつもさすがにこの状況でみんなを笑わせる事もできず、まじめな調子だ。
「そうよ、さっちゃん。今は泣いてないで落ち着いて。考えれば何か抜け出す方法あるかもしれないわ」
ツバサがそう声をかける。因みに、さっちゃんとは宮原さんの事だ。宮原サトネ。それが彼女のフルネーム。
宮原はまぁ今時数少ない大人しくて、おしとやかな娘だ。伏し目がちで男子全員に対して距離を置いている所があるし、女子でも連んでいる仲間は少ない。
色白で、細くて、いかにも”かよわい”ですよといった雰囲気だ。実際にどうなのかってのは良く分からないけど。クラスで見る限りでは、外見と中身にいつわりなしという感じだ。
ツバサは、そんな宮原さんの数少ない仲間だ。もっとも、宮原さんから話す姿は、あまり見たことがない。もっぱら、ツバサの方が気を使いながら自然に話題を振っているイメージだ。
三条ツバサ。さばさばした性格で、割と誰とでも仲良くしている。まじめな話も、バカな話も乗れるオールラウンダーでクラス委員もやっている。
クラスの中で成績も良く、先生の受けも良い。かなり隙のない超人だ。陰では、三条ツバサの弱点を誰が発見するかというレースが行われているとかいないとか。低身長で童顔で中学生に間違えられるというのが、コンプレックスらしいが、それはそれで可愛い、そこが良いという評価もある。
幼く見られないようにと、女性らしさを意識して髪をかなり伸ばしているので、腰に届くかというほどの長さの黒髪だ。
「そうは言っても何を相談する?今の状態じゃ身動きとれないし、できる事も限られているが」
まだ泣きやまない宮原さんをよそに、大神君が話を進める。
大神タダシ。クラストップの成績で、5教科全て得意という化け物。ただ、変わった性格で、あまり多くの人とというか、人とあまりつるまない。
いつも本か携帯を開いていて、ほとんど人としゃべってない日もあるんじゃないかな?細身でインテリ眼鏡。あまり立っている印象は無いけど、背を伸ばせばひょっとするとツトムと同じ位あるかもしれない。ちょっと近寄りがたく、おたくっぽいという評価を受けている。
「何を相談ってそりゃ~おめ~、脱出方法だろ!ここで、文化祭の相談してもしょうがないって」
ツトムがテンポにのって盛大に突っ込む。が、いやいや大神君はボケるタイプでもないし、今のはボケじゃないだろう。
「今のはボケじゃねぇってバカかおまえは、それにそのボケつまんねーぞ」
ボケじゃないのにむりやり突っ込んだツトムに南谷が突っ込みをいれる。
南谷ユウキ。ツトムと同じくサッカー部所属で、エースだ。クラスでは、僕と同じくツトムのボケに突っ込む役割をしている。今の感じでサッカー部でもそうなんだろう。
短髪で長身。金髪でがたいが良いので、見た目はいかついが、話しやすくていいやつだ。
まあ、南谷がクラスメイトじゃなくて、ゲーセンで出会ったら間違い無く逃げ出すけどね。
雰囲気はまるまる土方のにいちゃんだし。
「いや、わ、わかってて和ませようとしてだな。俺様のつっこみに見せかけたボケが逆にレベルが高すぎたか」
「いいって、いいって、無理してごまかさない。全くアホなんだからなぁ」
こんな時なのにこの二人が喋っていると漫才でも見ている気がする。
場の空気が一瞬だけフッと和んだ気がした。
「アンタ達それくらいにしなよ。脱出て言うけどさ、自力で脱出ってのは難しいかもね。アタシは無駄に体力使いたくないし。男子よかちからないし。ねぇ、ツバサ。学校って警備員とか巡回して無いんだっけ?」
大神君の疑問を補足する形で山里さんが続けた。
山里ユウコ。クラスの女子の中心人物で、何かと目立つ。モデル体型で制服のスカートもかなり短くしているし、メイクやアクセサリーに関してもうるさい。
休み時間はいつもなにやら、ファッションや小物関係の雑誌を机に広げ、他クラスの子も合せておしゃべりしている。
うちの高校が真面目なだけに、そこまで派手に髪を染める人はいない(せいぜい茶髪まで)その中で、かなり明るい金髪に染めている彼女は、かなり目立つ。
背は、ツバサより少し大きい程度だが、声もよく通り目立つので実際より大きく感じる。
全ての学年に知られているが、逆に先生にも目をつけられている。悪目立ちとでも言うか、ツトムとあわせてうちのクラスの2バカで通っている。
ツトムとは付き合っているわけでもないけれど、お似合いな馬鹿夫婦だ。もっともそう言うと二人とも怒るのだけど。
見た目軽そうだが、彼氏はいない。告白されても全部振っているらしい。本人曰く、私に釣り合う男はまだいないとのことだ。
「どうだろう?さすがに、学校のそういう部分についてまで私は詳しくないからなぁ。もちろん警備とかは入ってると思うんだけど……シズちゃんは?何か知ってる?」
「私も、あんまり詳しくは。ツバサちゃんが知らない位だし。基本的に守衛というか警備会社の人が居るんだけど、校舎内の巡回はして無いと思う。普段はセンサーと監視カメラで監視だけしてて、異常があった時だけ駆け付けるんだったかな?」
近藤シズク。生徒会の書記を担当している。いたって普通な性格にいたって普通の容姿。で、いたって普通に可愛い。いや、僕の主観ではものすごく可愛い。
一応クラス公認の僕の彼女だ。ただ、シズクの方が恥ずかしがってクラスではあまり、一緒に行動しない。
僕としては、気にしないのだが女子の間もいろいろあるのだろう。
どうして、彼女がこの場に居るのかと最初は驚き焦ったが、シズクだけが拘束されたんじゃなく。僕が一緒に居られて良かったと考えるようにしている。なんとか一緒に脱出しないと。そう思い、シズクの方を見る。
シズクも僕の方を向いてうなずいたように見えた。
さらに相談を進める。
「そうすると、誰かに見つけてもらうってのも望み薄かな。みんなが、起きる前に僕は結構声出したけど見に来る人は居なかったし」
「うーん。まぁそりゃそうよね。学校って広いからここで大声出しても、近くの家でも聞こえないだろうし。そうすると、手詰まりかな」
この教室からの距離で考えると校庭や校舎の大きさもあるから、一番近い民家まででも、100m近くあるだろう。それだと、かなり大きな声を出したとしても聞き取られない可能性が高い。
ツバサの発言を最後に、みんな黙ってしまった。思い思いに考えているようだ。
体を動かせないって事は出来る事のほとんどを奪われているって事だ。
声以外の手段を持たない僕らに出来る事は少ない。
「ねぇ、私達がこういう状態になっているって、きっとみんな気づいてるよね」
不安そうに沈黙を破ったのは、佐々木ヨシノだ。陸上部で特に活発なタイプで、健康的な日焼けが目立つ。
思い込みかもしれないけど、こんな暗がりでも、色白な宮原さんとは色が違って見える
今は制服だが、運動着が抜群に似合う。授業もジャージで受けていたりするし、昼休みも学校周りをランニングしていたり、ともかく活発で運動するときに、髪を纏めるのがチャームポイントだ。
ちなみに僕の幼馴染なんだが、小さい頃は僕の方がいじめられてた気がする。家は近所だが、いまではそれほど深いつながりが無くなっている。
「うん?みんなって家の人とかって意味か?」
「そうだよ。こんな時間まで家に帰らなかったらきっと、さわぎになるよね。こんなに沢山いるんだし、一人や二人だったら分からないけど、みんなが帰って来ないってってなったら。そしたらココにも探しに来てくれるかも」
ユウコが少し申し訳なさそうに答える。
「アタシのとこは無理だなぁ。この時間まで帰らないとか良くあるし、8時台とか余裕で遊んでるっしょ?でも、他の人は違うかな。宮原とかどう?アンタ大事にされてそうだけど」
まだ、涙が消えていないがさっきよりも落ち着いた調子で、宮原さんが答える。
「……、ぅう……ぐすっ、私の家でもこの時間……じゃ……まだ、さわぎになって無いと思う。でも、このまま、10時過ぎまで家に帰らなければ……さわぎになると思う。……うちの親の事だし警察にも連絡するかも」
「とりあえずは、このまま待つしかないって所か。宮原の所に限らず、誰かの親が警察に連絡するかも知れないし、10人も帰って無いとなりゃ、まず学校に確認に来るだろうしな」
南谷がまとめる形になった。とりあえず、何にも出来ないけれど方針は決まった。
それだけで、少し安心できるものだ。ホッとした空気が流れる。
「あの、ちょっといいかな」
今まで、黙っていた。ヨシヒコが発言した。
鈴木ヨシヒコ。気が弱くてクラスでも目立たない存在。
うちの学校だと、さすがにいじめなんかは無いのだが、レスポンスが悪くはっきりしない事からみんなから、何となく敬遠されている。宮原さんの次に泣きそうだったが、さすがに女子の手前泣くまではいかなかったみたいだ。
そして、みんなが目をそむけようと、無意識で避けていた事を口にした。
「時間になる前に犯人が来たらどうしよう?」