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疑う円環  作者: 夏樹 真
3時間目
17/32

第十六話 混迷3

 曖昧な根拠で、クラスメイトのうち一人を指名する。


その事実自体は苦しいものでも、消極的に決めるのは案外楽にできてしまうものだ。ほとんどの人にとっては疑わしさのレベルは変わらない。

疑わしさが変わらないのならば、それを決めるのは感情だ。

冷静な判断をしているつもりでも、人はある程度感情に流されてしまうものである。

顔が気に食わないとか、声が気に食わないとか、おとなし過ぎてムカつくとか、逆にうるさ過ぎてムカつくとか。

誰を選んでもいいなら、自分にとって快く無い人をえらんでしまいがちなのは当然の事だった。



大神がその言葉を告げた瞬間、鈴木ヨシヒコは、その瞬間にみんなの意識が自分に向いたのを感じた。

ぞくりと、背中に電気の走るような感覚がする。自分の体温ですっかりなま暖かくなっている椅子の背もたれの温度が一瞬で冷えてしまったかのようだ。

うまく口が動かせない。

目線をさまよわせると、みんなが揃って目をそらす。その仕草に、一気に頭に血が昇った。



「なんだよ、みんなして!僕が苛めていたって、本気でそう思っているのか?そんな訳無いだろう。みんなにとって、みんなにとって、クラスの中で目立たないキャラの僕がそんな事するわけ無いだろ!」


「おい、落ち着けって」


ヨシヒコの激高に大神が驚きながらも冷静に言葉をかけたが、それに聞き耳も持たなかった。


「落ち着けだって?さっきからみんな、そればっかりだな。でも、僕は落ち着いているさ。みんなが何で僕を選ぼうとしているかだって、分るよ。そうだよな、クラスで自分とかかわりの薄いやつを指定した方が楽だもんな。裏切りとか、恩とか、思い出とかいろいろな感情に縛られないで済むもんな。でも、僕がいつみんなに迷惑かけるような事をしたよ?

僕はいつだって邪魔にならないようにやってきたつもりだよ。そりゃ、みんなで楽しむ空気を作ったりはしなかったし壁も作ってたさ。でもね、楽しませない代わりに邪魔だってしなかったのに、いつだってそうなのに、何だって……僕を……」



ヨシヒコの声は全員の心に重くのしかかったようだった。

全員が苦しそうな顔をしながらも、目線を外すことが出来ないでいた。

誰から見ても、その叫びは冤罪の判決を受けて、無実を訴える被告のようだった。

しかし、彼の発言が真に迫るものであっても、それだけで無罪と認めるわけにもいかないのが事実だった。


「積極的な理由なしで、僕を選ぶなよ!僕と他のやつらと何が違うって言うんだ。クラスに仲間が少ないからって、それだけの理由で……そんな理由で、選ぶなよ。僕を。

普段だってそれなりに苦しかったんだ。どうしたって、教室で仲間が少ないって言うのはどうしようも無く苦しかったんだ。でも、その分余計な厄介さも無かったんだ。それなのに、こんなのって!こんなのってさ!」

ヨシヒコの声は怒りと焦りで上ずり、殆ど動物の唸り声のように聞こえた。


「別に寂しさが無かったとは言わないし、それでも必要な分の交流はしていたさ。友達じゃない人間は犯人でいいのかよ。わずらわしさと、寂しさと、人間関係のもろもろを考えて、誰にも迷惑にならないようにやって来た結果がこれか。これなのかよ。

もういいさ、誰も庇ってもくれないし、味方が居ないのも分かってる。早く決めてくれ」



なんとか絞り出すように、雨宮が声をかける。だけどそれは、ヨシヒコに向かって言っているよりも、

全員に言い聞かせているようだった。


「そんな、別にまだお前を選んだって決まったわけじゃ無いし。そ、それに、もし選んだとしても理由だってあるかもしれないだろ?」


「ふざけた事言うなよ雨宮!さっき全員僕を見て、それで憐みだか罪悪感だか知らないけど、目をそむけたじゃないか。全員だよ、それも全員だ。

今さら言い訳じみた事言うなよ。ここで僕に対して優しい言葉をかけるという事は、僕を指名しないという事だぞ。それとも、持ち上げて落とすのか?ここで慰めておいて、最後に突き落とすって訳か。ふざけるなよ。偽善者ぶるなよ。人を、人を罰しようとしているなら、人に順番をつけようとして居るなら、その責任を逃れるなよ。自分の中の曖昧な理由だけでクラスメイトを殺そうとしているんだから、その決断に責任を持てよな」



「……お前らが悪いんじゃ無く、如月が悪いのだって分かってる。それでも……。

お前らが僕を選ぶという責任から逃れるのは許されないよ。許されない事なんだよ……」


 最後の方はもう、単なる悲鳴となり、言葉としての意味なんて関係無い状態だった。

顔面を覆うことも、暴れることも出来ない彼は、顔全体をクシャクシャにして泣いていた。



「鈴木君って決まったわけじゃないよ。落ち着いてね。あ、また落ち着いてって言っちゃったけどさ。じゃあ、決を採ろうよ鈴木君を含めて、親しく無かった側の誰が怪しいのか」


やけに明るく振舞った三条ツバサの言葉で、ヨシヒコに集中していた視線が霧散した。凍っていた動作が動きだす。


三条の口元が僅かにキツく締められ呟いた。


「ごめん。私ってやな奴だね」


それは、近くの席の人にも聞き取れない程の小さな声だった。





 結局のところ、大方の予想通り。みなの告げた名前は、鈴木ヨシヒコのものだった。

バツの悪さからか、雨宮は自身の名を告げたが、すぐに近藤シズクに止められてそれを引っ込めた。

庇ってくれる者が居るところを見せつけられて、ヨシヒコはますます苛立ったが、

申し訳なさそうに自分の名前を口にするクラスメイトを見ながら、ヨシヒコはそれをくだらないと思い、もう何も口をはさまなかった。

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