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疑う円環  作者: 夏樹 真
2時間目
12/32

第十一話 立候補

「いいよ。俺が行く。・・・・・・・俺が次の犯人だ」


教室は、一瞬沈黙に包まれた。


 そして次には、気まずさとともに安堵感に包まれた。

南谷ユウキを止める人は結局居なかった。彼が宣言した瞬間に、反射的に

三条ツバサや、近藤シズクは止めようとしたが、

結局は、それが声として外に出る事はなかった。


沈黙は肯定。

全員が南谷ユウキの犠牲を受け入れるという利己的な判断をしたという事を意味している。

とっさに出る言葉を押しとどめてしまったのは、止めれば死ぬのは自分かもしれないという心のブレーキだ。

「犠牲になどなるべきじゃない!」だれもがそう言ってあげたい。しかし、彼が指名されなかったら次の時点で指名されるのはひょっとしたら自分かもしれない。


不安と、安堵と、自己嫌悪が混じり合い頭のなかでこだまする。



「こんな自分は生き残っていいのか?」


「犠牲になるという判断をした南谷が生きるべきでは?」


「でも、死にたくなんて……少なくとも死ぬ可能性がある事なんて……したくない」


「と言うか、自分で犠牲になるって言ってるんだから止める必要なんて無いだろ」


「頭悪い正義感だよ。誰も求めてないのに自己献身に酔ってるだけだ。なら、好きにして貰えばいい」


「でも、仮に単なる正義感だとしても、自分には出来ないと思う」



気まずい沈黙の中、

重大な結論を下した本人は、思いの外明るい声を出した。


「みんな、暗くなるなよ!いいか、罰の内容がユウコがやられたのと同じように睡眠薬を打たれる事だとしたら、生き残る可能性が一番高いのは俺なんだよ。薬の事なんて良く知らないけど、体格一番でかいし、体重だって一番重いしさ。だから、同じ量を打たれたら一番軽いのは俺なんだ。女子には当然任せられないし、ひょろい鈴木なんかには無理だろう。だから俺が最後の一人になるのは、当然なんだ」


ユウキの言葉は、心無しか、口が回るのが早い。

力強く発言する事で自分に言い聞かせるような口調だった。



「何も死ぬってわけじゃ無いんだ。俺は生きるつもりだぜ。早く救出されたら、病院で治療できるだろうし。そうだ!俺が寝てる間にお前らには頑張って貰わないといけないな。俺はその頃寝てるだろうから、先に言っておくけど頑張れよ~。……俺は、大丈夫だって。それより、脱出の仕方とか段取りとか、決めとこうぜ。とりあえず、警察と教師にれんらく……」


「生きていられるかなんて、分からないじゃない!死ぬかも知れないのよ、何でこんな時にまで、強がらないといけないのよ!今からでも。みんなで話して決めようよ!」


 突然はじかれたように、喋り出したのは、佐々木ヨシノだった。

普段の陸上部で見せる活発そうな、明るい顔と違い、全く覇気がなく思いつめた表情で。

ユウキの方が、なるべく普段通りの顔を装っているのと、正反対だった。



「話しあうも何も立候補が居るんだから、それでいいだろ。何も自殺願望ってわけじゃない。それに、恩を着せるつもりもないから安心しろ。俺がやりたい。やった方がいいと思ってるだけだ」


「強がら無いでよ。無駄に背負い込まないでよ。何で、南谷君が……」


「背負い込んでなんてねぇよ。順当に見て、適材適所ってやつさ。佐々木、止めてくれてありがとうな……やっぱり俺も怖いんだわ。みんなの手前だから出さないようには、したかったんだけど。見透かされちゃうもんなんだな。」

ふっと、表情を緩ませて南谷の声は小さくなった。


「でも、やっぱり俺しか居ないよ。この方法が一番全員が助かる可能性が高いんだから」


穏やかに諭す南谷に対して、佐々木はより一層、悲痛そうな顔で髪を振り立てた。


「嫌、イヤなの。私、南谷君に死んで欲しくない。南谷君は議論をリードしてみんなを引っ張ってきてくれたじゃない!!もっと、ふさわしい人はいるよ。もちろん死んじゃえって意味じゃないけどあ……それに……私の方が役に立って無い。私が、私が行くよ」



佐々木ヨシノの言葉に、皆の顔が下を向く。彼が重要人物というのは、みんな分かっているのだ。

南谷ユウキは、ヨシノの方を向くと真顔で言った。



「お前、ホントにいいやつだな。黙ってりゃ助かるのにさ。他の奴らみたいに賢く生きろよ。俺はバカなんだからさ、そんなのに付き合う事無いって。それに今、結構恥ずかしい事言ってるって気づいてるか?ちょっと惚れそうだよ」

あくまで明るい調子で茶化すが、ヨシノは言葉を返せなかった。


「ほんと。前から、気が合うとは、思ってたけど・・・・。ここ脱出したら、俺たち付き合わないか?」


「どんな死亡フラグだよそれ・・・・・べたべた過ぎるだろ」


鈴木がおもわず言った一言は、幸い誰にも聞かれなかった。



「なにそれ!最後までふざけないでよ。私は真剣よ。真剣に死んで欲しくない。死ぬ可能性のある方向に行って欲しくないって言ってるのに・・・・・・」


ヨシノはついに泣き始めてしまった。


「なん、なのよ……なんでなのよ。どうして、どうしてこうなっちゃうの」


グスッ、グスッっと時折鼻をすする音がする。

彼女の鳴き声だけが、教室を満たしている。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「大神っ!まとめてくれ。もうすぐ時間になる」


 苦い顔をしながら、南谷ユウキは鋭い声で告げた。

自分の力では説得しきれないと思ったのだろう。

そして、時間が迫っているのも事実だった。

時間は有限で、二人の気まずい空気くらいで止まってはくれない。


「佐々木さん。こういう性格だから、ユウキはいい奴なんだよ。こんな状況だからさ、例えば、普段威張っている奴が急に大人しくなったり、なんて事もありえるのに、こいつはいつもと変わらないでみんなの中心で居てくれるんだからさ。それに、自分のためじゃなくみんなの事を考えて決めてくれてるんだ。そんな性格だから、佐々木さんも、南谷君が好きなんだろう……いや、人間的な意味でだよ」


大神淡々と、しかし決定事項を告げる裁判長のように言葉を刻む。

「ともかく俺は、この貴重な申し出を尊重したいと思う。時間が無いのもそうだけど、今の彼の判断は本当に尊敬できる物だ。俺にはとてもできない。僕らに出来るのは、その判断を生かして如何に早く救出されて、彼をまた助けられるかを考える事だと思う」


「お前って、やっぱり毒舌だな。この状況で俺のことを普段は威張ってるとか言うと思わなかったわ」


ユウキが呆れたように言うと。


「なんだ、もっと褒めて欲しかったか?親しく話してないけど、俺だってユウキがお世辞が嫌いな性格だとわかってるんだが?」


にやりとしながら、大神タダシは返した。


「やっぱやるな~大神は、ただ嫌味な頭いい野郎じゃないな。さっきまでの空気も変わってるし、本当優秀だよほんと。よろしく頼むな~。みんなの事も、こっからはお前が議論の中心だ」

仕返しのように南谷も憎まれ口をたたく。


「南谷君」


やっと、泣き止んだヨシノが声をかける。


「あ、いやすまん。佐々木さん、それに三条さん。お前らもよろしく頼む、他の奴らをリードしてくれ、あー、あとケイもな。よろしく。ツトムお前もうちょっとしゃべれよ、本当頭弱ぇーんだからさ。まあ、自由になったら全力で走って、駆けずり回って活躍しろよ」



「おう。足なら任せとけ、脳みそは錆び付いてるが、足は錆び付いてないぜ!」


ツトムは気が利いてるのか抜けているのかよく分からない事を言う。


「さて、別れの言葉みたいになっちまったが、別に別れじゃねぇからな。ホントだぜ」


「さっきついでで、お願いされた雨宮だけど。まとめると、次の時間は、犯人として南谷ユウキを指名するでいいな。後は何か意見ある?」


「じゃあ、雨宮君と同じでついでにお願いされた三条さんだけど。もう、さっきの時みたいに時間かけるのはやめましょう?如月さんって、まだ何するか分からないし、前回は決まらないで長引いても許してくれたけど。今度の保証は無いし」



雨宮は少しだけ思案すると。



「ユウキが時間を稼いでくれる分。救助の予想まで十分な余裕があるし、下手に刺激する事も無いか。よし。じゃあ、次の時はみんなすぐに南谷君を指名する事。いいね」


全員が頷き、最後にヨシノがうなずいた。


 もう少しで、時計は11時を指す。

9人のうち1人の心中は、緊張で。

残りは、少しの不安と少しの安堵と悲しみで。


何一つ解決などしていないが全員が少しの余裕を持って如月を出迎えた。

そして、南谷の思いを無駄にしないようにと、各自が心の中で深く決意した。

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