第十話 悪意(大神タダシ)
ふぅ。何でこんな事に巻き込まれてんだろうな。
如月が出ていった後の教室は、しばらく喧騒に包まれた。
俺は、今までこの場を何人かとともにリードしてきたけど。
ちょっと考え事をしていたので、あえて止めはしなかった。
なんたって、考える材料は沢山出てきたからな。それに人より考えて先を読めなきゃ生き残れない。
とりあえず、みんなの話の矛先は、突然裏切った宮原サトネと、
突発的に、山里を犯人扱いした、鈴木ヨシヒコに向いている。
「何で、ユウコを選んだのよ!」
「宮原さん・・・。どうして・・・」
「じゃあ、どうしろって言うんだ。いきなり言われたらこっちだって・・・」
「うふふ。あはは。だってね、私はヤヨイちゃんの味方だから・・・」
議論しても無駄。というより、議論の余地はない。
宮原は、もう狂ってる。説得という手段はもうない。
鈴木は、不安因子としてみんなの心に残った。味方になるやつは居ないだろう。気の毒には思うけど、まあ助けてやる義理はないさ。
ここでのマイナスは命とりで、次の犯人はこの二人のうちどちらかで決まりだ。一度付いた不安な印象はそう簡単に拭えるはずもない。その次の時間にでも、もう一人も罰を受けるだろう。
時計を眺める。
すでに時刻は、10時20分だ。
如月が出て行ってすぐなのにこの時間なのは、1回目の話が延長したためだ。最後には、如月もじれていたみたいだから、うまく会話を繋いで引き伸ばせても結局こんなものなんだろう。
最初の話合いの時点で、10時過ぎてしまえば、家の人が心配して探し始める。
という、話だった。すでに、10時は超えている。警察などの搜索が始まっているとしたら、どれだけ長く見積もっても、2時間以内に学校も搜索範囲に入るだろう。
そうすると、如月が犯人を罰するのは、11時の時点が最後という事になる。
だが・・・・・・・・・・。
俺は、最悪の事態についても想定しなければならないと考える。
最初は、まだ悪戯の可能性があったが、もうこれは悪戯レベルではない。
3つ隣の席に座らされている山里ユウコを見つめる。
直線距離にして3mほどは離れている。
隣の席でないから、本当に殺されているのかは分からないが、見たところ全く動かない。
この暗さじゃあ、すぐ隣に座っていたって分からないかもしれないが、死んでいるのか、あるいは眠らされているのか?
あいつの話通りだで死んでいないとしても、致死量近くの睡眠薬を入手しなくちゃならない。
人を一発で昏睡させる薬物を用意し、なおかつ注射器まであるなんて有り得ない。
静脈注射がどれくらい大変な物かは、知らないがただの素人にできる物なのだろうか?
準備に手間がかかりすぎてる。
基本的に致死性薬物なんて一般人には手が届かないはず。
ネットなんかで、無理やり入手するにしても決して安くは無いはずだ。
こういうイリーガルな物でも手に入れられるとはいえ、違法度が上がるにつれて値段は跳ね上がる。
悪戯にしちゃ度がはずれてる。
全く
俺は小さく頭を振る。
犯罪性が高くなればなるほど、悪戯の線は薄くなるんだ。本当勘弁して欲しい。
そして、これが悪戯で無いなら。搜索に対する妨害も、当然取られているだろう。
俺達の携帯はみんな取り上げられているし、ここにはクラス委員の三条が居る。
携帯から、それぞれの親に適当な理由を作ってメールし、クラスの課題が終わらないとか、サプライズで定年になる先生のお別れ会の準備だとか、適当な言い訳をすればいい。それでも折れない親には、三条の名前携帯を使って対応すれば、一晩位なら親も怪しまないかもしれない。
一晩かぁ・・・・・・・
その長さに、絶望すら覚える。
一晩経って、人が探しにくるのは何時だよ。早く見積もって6時、遅く見積もって7時が妥当なところか?
朝練がある部活は、7時台に学校に来る事を考えれば、6時。ただし6時丁度じゃないだろうから、
6時までは、これが続く可能性があるって事だ。
一体何回その前に、犯人探しをするのか。
11時。12時。1時。2時。3時。4時。5時。最後に6時。
最低でも後、7回、多ければ8回逃げ切らなきゃいけない。
7回という事は、残り2人。8回という事は、残り1人・・・・・・。
いや、1対1になったら最早決まらないから、
7回までで終了かもしれない。
ともかく、今大切な事はあとを見越して仲間をつくる事だ。
最初の1・2回は良いが後々になると仲間が居るかどうかで大きく変わってくる。
できれば、そいつと2人で残るのがベストだ。
絶対的な仲間。
俺は、心の中でほくそ笑む。
俺には1人だけ絶対の仲間がいる。
しかも、好都合な事にそいつと俺が仲間な事は、ここに居るみんなは知らない。
つまりは、こっそり協力できるわけで、この状況でそれは本当に切り札になる程強い。
明確に共謀していると疑われれば、2人まとめて犯人扱いもありえる。
逆に、関連が薄いと思われれば思われる程に、かばうことのわざとらしさは薄くなる。
こっそり、そいつに目を向けると、俺の方に目をむけていたそいつは、分かってるよと言った気がした。
さて、どうするか。
上手く立ち回る事。それが問題だ。
基本は、今まで通り話の中心に居るのが良いと思う。
そのためには、今まで議論を引っ張ってきたメンバーを考える必要がある。
積極的に発言しているのは、
俺、雨宮、南谷、三条
消極的なのは、
宮内、近藤、佐々木
便宜上、死亡したのが
山里
次に罰されると思われるのが
宮原、鈴木
消極的発言組みはとりあえず無視していいだろう。
議論の主導権を握るには、先に積極的に発言している側の人間を削る必要がある。
船頭が多くては、議論がどう転ぶのかわからない。
さりげなく誘導できる位に、自分の影響力は強くしないといけない。
俺は、三人を順に見回す。
隣の三条、一番黒板に近い雨宮、ほぼ対称の位置に居る南谷。
それぞれ、考え事をしながら、みんなを収めるのに必死だ。
ふむ。この中なら、南谷に活躍してもらうのが良いか?
俺は、なんだか自分の感情が高揚しているのを感じた。
案外に狂ってんのかな、俺は。この難しくて、自分が死ぬかもしれないって状況をゲームみたいに楽しもうとしている。
死ぬかもしれないスリルと、正解の無い問題をどう乗り切るかに今までにない位頭が働いている。
ごめん。みんな俺はこんな所で死ぬ気は無いんでな。犠牲になってくれ。
「ちょっと良いかな?確かに、2人のやり方は悪いと思う。いきなり説得を放棄した宮原も、感情的に山里を氏名した鈴木もね。だけど、もうそれを議論している場合じゃないよ。見てくれ、時間がもう10時半だ」
みんなが俺に注目したのを見て、さらに言葉を続ける。
「それと、ついでだが一番最初の話で、俺達がここに監禁されている事に外の人が気付くとしたら、10時以降だろうと話したの覚えてるか?
今は、まだ来ていないが、もしかしたら助けが来るかもしれないし、三条さん。どれくらいで助けが来ると思う?」
「え、え~と。そうね、10時っていうのも推測だったから、少し余裕を見て、10時半の今から1時間以内には来る・・・のかな?来て欲しい」
「うん、まぁ俺もそのくらいの読みだと思う。つまりさ、後犯人指摘する回数も1回しか無いかもしれないって事が言いたかったんだ」
三条に話を振る事で、俺一人が話を進めている雰囲気を薄めつつ。さらに核心に迫る。
みんなの顔が少し明るくなる。
そうだ。誰だって助かりたいんだ。
俺だって助かりたいさ。
俺はわざとらしくない程度に、言った。
「後は、誰がその1人になるかだよ。申し訳無いけどその人が決まれば、後の人は助かるんだから」
みんなが黙ってしまう。
仕方ない、自分からやりたいなんてヤツはいないし、誰を蹴落とすかってのも難しい。
俺は、待った。後は、嵌るのを待つだけだ。
この中に、正義感が溢れている男がいるのを知っていたから。
みんなの沈黙さえそいつを追い詰めていく武器になる。
普段から、クラスの中心で熱血漢丸出しなこいつがこれに反応しないハズが無い。
今も葛藤しているに違いない。
そして、自分で自分を追い詰めているんだ。
「いいよ。俺が行く。・・・・・・・俺が次の犯人だ」
そう告げたのは、俺の見込んだ通り南谷だった。
また、俺は心の中でほくそ笑んだ。