第九話 サトネの心(宮原サトネ)
私の親友のヤヨイちゃんが死んだと聞いたのは、
1ヶ月と3日前です。
私は、気が弱いところがあってもう4ヶ月も同じクラスで過ごしているみんなとも
あまり上手く打ち解けられていません。
そんな、私にとって生涯で一番大切な友達・・・それが、如月ヤヨイちゃんでした。
「さっちゃんは、もっと自信持った方がいいって!」
「でも、やっぱり私、人と話すの苦手で。男の子とか怖くて、話しかけられるだけで固まっちゃうし」
「だったら、女の子ならいいよね?」
「女の子でも、初めての人はやっぱり苦手だから」
「だぁー!もう。ちょっとさっちゃん!いーい?誰だって初めは初対面!そんな事言ってたら一生友達できないじゃない?」
「私は、・・・・・・・・・ヤヨイちゃんが居るからいい」
「あーもー、この子は可愛いんだから~。でもダメ!ツバサさん!一緒にお昼食べようよ!」
「いいわよ。宮原さんも一緒に食べよう!」
そんな風に教室の中でも、私がみんなの輪に入れるように気を使ってくれたし。
小学校の時からの友達で、一番私をよく知ってくれていて、私もヤヨイちゃんを一番よく知っている。
そんな関係でした。
この高校に来ることにしたのも、自宅から近くで程よい学力の高校というのも
あったかもしれないけど、結局は一緒の高校に行きたかったからかもしれません。
いや、多分。絶対そうです。
私たちの間に秘密なんてなくて、お互いがお互いに一番に信頼しあえる親友でした。
私の前だと、いつでも引っ張っていってくれるキャラなのに、クラスの中だと大人しくて、”宮原さんと如月さんって似てるよね”といわれる度に、嬉しかったから”そうでしょ”と言っていたけれど、
違うよ如月さんの方が素敵なんだよと心の中で思いました。
口にはしなかったけど。
中学の時に、ヤヨイちゃんに初めて彼氏が出来た時も。嬉しそうに私に報告してくれたのを覚えています。
同じ部活の先輩で、それまで私と一緒に登下校していたのが、その日から先輩と一緒に登下校するようになって。
「ゴメンね!サトネ!一緒に通えなくなっちゃった!」
「え?どうしたの、そんないきなり・・・・。」
「ふ、ふ~ん。カレシ!」
「え?か、か・れ・し?」
「そう!彼氏よ!昨日部活の先輩にいきなり告白されちゃって!それが私が前からいいなって思ってた先輩なの。も焦っちゃってさ~。いきなり、”話があるから片付けの振りして最後まで残って”なんて言われちゃってさ。ホントにドキドキよコレ。何言われるんだろうなー。まさか、告白?なんて妄想してたら本当に告白って!?もう、焦りすぎて心臓壊れるかと思ったよー」
「そ、そう。良かったじゃない。念願の彼氏が出来て」
「本当にそうね~。それでね。明日から彼氏と、この響きいいわね。彼氏と登校することになっちゃったから。しばらく一緒に登校できないの。ごめんね」
手を合わせて、舌を出しながら嬉しそうに謝る彼女を見て、嬉しさとその先輩に嫉妬する感情がまぜこぜになったのを覚えています。
結局先輩が卒業するまで付き合って、それからはまた一緒に登校しました。
私が初めてラブレターを貰ったときにも、色々と考えてくれたのはヤヨイちゃんでした。
中学の時、私の下駄箱に封筒が入って居て、家に変える前にヤヨイちゃんの家に行ってそのまま、ヤヨイちゃんの部屋で相談しました。
私の部屋よりも、広くて女の子らしい小物も多くて。
”いいじゃん、サトネは一人部屋でしょ?おねぇちゃんと一緒ってのも結構きー使うんだから”というのが口癖だったけど。
「あのね、私こんなのもらっちゃったんだけど」
「なになに?ちょっとこれラブレターじゃん!すごいね!やったじゃない!相手は・・・・。ゲー!黒田かぁ」
「黒田君って良くないの?」
「うーん。あいつはまぁ、別名玉砕の黒田、告り魔とまで呼ばれてる男だからね。本気度低いかも。顔は割といいんだけどね。サトネが、おとなしいし、可愛いから押せば何とかなると思ってるのかもね?で、で?どうするの?」
興味津々といった感じで、私の目を覗き込ました。ちょうど噂話をするおばさん達みなたいな、
ちょっと茶化すような聴き方で、でも、口調と裏腹に目は結構真剣で私の事を考えてくれているみたいです。
「私・・黒田君の事よく知らないし。喋った事ないし。ねぇ、お断りって直接言わないとダメなのかな?」
「確かに、サトネと黒田って接点無いもんね。良いんじゃない手紙で、相手も手紙だったんだし」
「そ、そうだよね。手紙、手紙・・・・」
私が言葉につまると、いつも先回りして答えてくれる。そんな風にリズムを合わせてくれるのが、私がヤヨイちゃんと仲良くできる一番の理由だったかもしれません。
「うん?どうしたの黙っちゃって?」
「ね、ねぇヤヨイちゃん。手紙って何書けばいい?」
「さ、さとね~それくらい自分で考えようよ~。別にきつーく断ってもアイツは堪えないと思うし、そっけなくてもいいんじゃない?今はお付き合いする気は無いですとか?別に好きな人がいますとか?」
「別に好きな人・・・・・」
「おやぁ?その反応はもしかして、サトネさんあなた好きな人がいるな?」
「な、何言ってるのかなヤヨイさんは、そ、そんな事ないよー」
「こら、白状しろ!もうネタは上がってるんだ!」
「ちょ、ちょっとやめてって。くすぐらないで、って!あぁ。もう!」
余計な思い出に気がいってしまったけど、ともかく、私が何かをする時にはいつも居てくれるのがヤヨイちゃんでした。一人っ子の私にとっては、リードしてくれるお姉さんのような存在であり、
気兼ねなく話せる友人でした。
そんな私にも、如月ヤヨイがなぜ死んだのかについての情報は教えてもらえませんでした。
お葬式にもお通夜にも出ることができませんでした。
そう言った事は身内のみで行われたそうで、私たちのクラスからは唯一クラス委員の三条さんが参加されたそうです。
なぜ、私が呼ばれなかったのか、考えてみましたが分かりませんでした。
あるいは、いつもヤヨイちゃんの家にお邪魔していた私が行くと、ご両親が思い出してしまって苦しいのかもしれないとも思いました。
あの突然の死の知らせ。
その前日も、その前前日もいつもと全く同じ様子であったのに、若すぎる突然の死。
悲しみよりも、大きな喪失感だけが私を襲いました。その日から、一週間は私は学校にいけないほどに、何のやる気も出ない日を過ごしました。
ヤヨイちゃんの居ない人生に何の意味があるのでしょう?
ここまで、私の中の多くを占める人は、お母さんやお父さんでもなく、ヤヨイちゃんでした。
全てに近いものを失った私は、すぐに回復する事はできません。
それでも、ここで脱落してしまうのもイヤでした。
高校すら卒業できなかったヤヨイちゃんの分まで、せめて高校ぐらいは卒業しようと思いました。
悲しみの涙は、結局流していません。
私の涙の全てが止まってしまったようで、それから他の事でも泣けないのです。
あるいは、ヤヨイちゃんを失った喪失感がひどすぎて、まだ日常を現実として受け止められていないだけなのでしょうか?
そういえば、彼女の死因などについては実は公表されていないのです。前日まであんなに元気だったのですから、病気なんてないでしょうし、事故や事件なら隠す必要も無い事です。
なのに公表されない。そのうち、自殺だったから公表されなかったという噂が立って。
それがいつのまにか、真実として広まってしまったのです。
そういった、現実感のなさが私がヤヨイちゃんの死をまだ受け入れられない原因だったのかもしれません。
そして、今夜。
ヤヨイちゃんは再び私の前に現れました。
生きていた。奇跡的に生きていたんです。
私の心が歓喜で震えました。
生きている。
ヤヨイちゃんが。
しゃべっている。
それだけで十分です。
なぜなら彼女が生きているんですから。
そして、彼女が告げた言葉は、私に深く突き刺さりました。
彼女は告げました。
”みんなのせいで私は自殺した”
”この中の人にいじめられてたのが原因なんだ。”
彼女の死は自殺だったのです。
しかも原因はいじめだそうです。
相談してくれれば良かった。
私は、特に何かできる力がないけれど。心配事は分け合うから、友達だと思うのに。
それに、相談してくれるだけでも心は軽くなると思うのに。
ヤヨイちゃんが私達、いじめた本人以外のクラスメイトについても
憎く思うのも当然です。特に私は、このクラスの中で一番ヤヨイちゃんに近い所にいたのですから、
私が一番気づかなければ行けなかったのに。
でも、ヤヨイちゃんは私にチャンスをくれました。
”誰が私をいじめていたのか気づいたら助けてあげる”
そうです。前は気づけなかったけれど、
いまから、遅いけれど犯人を当てる事ができれば、ヤヨイちゃんの復讐に参加できる。
そう!私とヤヨイちゃんで復讐するのです。
一度自殺するところまで、ヤヨイちゃんを追い込んだ犯人を。
そう心に決めていた所で、
みんなの議論が始まりました。
話としては、誰を選ぶかというよりも、
ヤヨイちゃんをどうやって説得するかという方向に行こうとしています。
私は不満でした。みんな自分が助かりたいのは、わかるけど。
ヤヨイちゃんを説得し、みんなが助かる道。
結局それでは、ヤヨイちゃんの心は満たされないのだから。
”俺は如月への説得は、宮原一人にお願いしたいと思っている。”
大神君のこの言葉を聞いて、私は説得なんて成功させる必要はないし。
説得する振りさえすればいいと思いました。
幸い、私とヤヨイが親友なのはみんなが知っていますし、私が説得するという流れは自然なのでしょう。
だから、私は告げました。
「私、やってみます」