第40話 青春は続くよ
陸の孤島学園の朝が、普通かどうかなんて知らない。
両親の都合で振り回された子どもの普通なんて、何の基準にもならないからだ。
真城は部活に勤しむ生徒たちの声で目覚めた。
時計なんて要らない。
誰かが何かしている音や鳥の声、他の寮生たちの騒ぎ声を聞けば何時くらいかすぐ分かる。
「ん……そろそろ起きるかぁ~」
真城は快眠快便、食欲旺盛。
でもそれがいつから始まったのか、記憶が薄い。
いつも通りが、いつも通りでなくなるのなんて日常茶飯事。
ルームメイトの坂下が隣のベッドの中でゴソゴソと動き出す。
今の日常が何時から始まったのかは、正確に分かる。
でもこのリラックスした気持ちは、何時から始まったのかは分からない。
「おはよー、坂下」
「ん、おはよー、真城」
朝の挨拶が当たり前になったのは何時からだったろうか。
今年に入ってからなのは確かだが、何時からだったのかは分からない。
「お前、冬休みはどうすんの?」
「ン~……ふふふふふふふふふ。それ聞いちゃう?」
「えっ? 愛しのスーちゃんと会うの?」
洗面所の鏡の前でケケケと笑えば、モゾモゾと近付いてい来る坂下の口元が何か言いたげにムズムズ動いているのが鏡越しに見える。
「なんだよ? 言いたいなら言えばいいのに」
「ヘヘヘ。まだ内緒」
「あっ、そっ」
真城は右手で歯ブラシを持って歯を磨きながら、鏡のなかを覗き込む。
世界はいつも反対向き。
振り返れば、正確な向きへと簡単に戻る。
この生活は一時的なもので、終わることは決まってる。
だからナニ?
この友情は、幻のように消えたりなんてしない。
妙な確信が真城のなかにはあった。
顔を洗って、髪を整えて、着替えれば簡単に身支度は終わる。
「えー、坂下。いつからヒゲ剃るようになったの⁉」
隣に立つ親友の様子に真城は悲鳴のような声を上げた。
「ん? 今までもたまに剃ってるよ?」
「うぉー、だってさー、オレはまだつるっつるで全く必要ないのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
変化は突然やってきて日、常をバージョンアップしていく。
だからってナニ?
「はっはっはっ。君にもそのうち、ヒゲを剃る毎日がやってくるさ」
「ちっ。子ども扱いしやがって。自分だってたまにしか剃る必要ないくせにっ」
坂下にからかわれて真城は拗ねた。
プイッと顔をそむけた瞬間、盛大に腹の虫が鳴く。
真城と坂下は目を見開いて顔を合わせて、次の瞬間には弾けるように笑った。
真城は坂下を急かした。
「早く行こう。金之助さんの作った朝ご飯食べたいっ」
「ああ、おれも。腹いっぱい食いたい」
食堂へ行けば寮母の作る温かな食事がある。
それをあと何回食べられるか、なんて数えるのは無粋だ。
「食べられるときに、たくさん食べておかなきゃ」
「だな」
真城がケケケと笑いながら言えば、坂下も細い糸目を更に細くしてケケケと笑う。
部屋のドアを開けて廊下に出れば、隣の部屋の前で待っていた黒江の姿が視界に入る。
黒江の姿は、今朝も、昨日も、変わらない。
でも真城には、キラキラ光って見える。
あの日の花火のように。
キラキラ。キラキラ。
「おはよ、黒江」
「おはよ、真城、坂下」
「おはよー」
寝ぼけた顔で挨拶を交わして。
真城は、黒江の目にも、自分が同じようにキラキラと光って見えていることを願った。
3人でじゃれ合いながら食堂へと向かう。
何の悩みもなく、何も考えずに、ただ笑っているこんな時間は、とても心地よい。
そして幸せだ。
心がキラキラと煌めく。
3人でいるときも、2人でいるときも、1人でいるときも。
その理由は恋だけではないかもしれないけれど、確実に恋も理由のうちの1つ。
尊い存在は1人だけではないけれど、1人だけは別格で輝く。
あの日。屋上で2人、熱風に吹かれて告白されたその時に、彼の存在が特別であると真城は確信した。
この先、世界のどこに2人がいることになっても。
いつまでも、いつまでも。
煌めくままに恋しよう――――




