第4話 さて何をする夏休み
真城は校庭を出ていくバスに向かって手を振りながら、黒江にどうということもないように話しかけた。
「そういえばさー、黒江ぇ~」
「なんだよ、真城ぉ~」
「オレたち付き合うって、決めたけど。何が変わるの?」
真城はあの日からずっと気になっていたことを聞いた。
もじもじする真城の前で、黒江は右斜め上を眺めながら軽く唸っている。
「んー……」
真城は何となく黒江の視線を追ってみる。
だがそこにあるのはただの天井で何も見えない。
「えっと……さ。付き合うってことは……キ……キス……ス、するとか……」
「えっ⁉」
黒江が跳ねるようにして体をねじりながら真城を見た。
(あっ……やめろっ。無駄に整った顔でまともにオレを覗き込むなっ。無駄にドキドキするだろっ……いや、黒江は無駄じゃないけど……)
ドギマギしながら視線を逸らす真城は、変に縮こまったような、背中を丸めて膝を軽く追って踵が上がる不自然な体勢のまま、ちょっとずつ右回りした。
黒江の視線を感じる首筋あたりに熱い。
「そりゃ、俺もしたいけど……」
口元に拳をあてて何やらブツブツ言っていた黒江が、パッと体の力を抜いて、胸元あたりで両手をブンブン振りつつ言う。
「アッ、今すぐとかじゃなくて。こう……、予約みたいな。俺以外のヤツと、そういうことやったらダメ、ってことで……アレだ……な?」
(予約。予約か)
「基本は今まで通りで」
「うん。今まで通りで」
真城は両手で両頬をパンパンと軽く叩くとニカッと笑う。
黒江のクールな顔がちょっと赤く染まったのは無視だ。
真城は陽気に言う。
「なんだかんだで夏休みだぜ、やほー!」
「でもさ。夏休みだからってなんか変わる?」
黒江の言う通りである。
ここは四方を山で囲まれた全寮制学校だ。
路線バスも通っていない、学校が用意したバスに乗らないと街へ下りていくこともできないような陸の孤島である。
真城グルンと目を一周させた。
「変わらんな」
「そうだな」
「なにする?」
「んー、カブトムシでも取りに行くか?」
さっきまであった、ちょっとくすぐったい甘い雰囲気は風に流して、真城はいつもの調子で言った。
「んー、でもこの時間帯だとセミくらいしか見つけられないんじゃねー?」
黒江がクルッと向きを変えると真っ黒な髪の後頭部が見えた。
その時、窓からヨロヨロと飛びながら入ってきた黒い物体が黒江の後頭部にとまった。
(カブトムシっ)
「とりあえず森行くか、森。この学校は、木だけは沢山あるから……」
真城は黒江の後ろからソロソロと近付いて、カブトムシを狙った。
カブトムシは黒江の髪に足を絡めていて動きを止めている。
(今だっ!)
真城は黒江の背中に飛びついた。
「あっ⁉ 何すんだよ、真城っ⁉」
「虫取りっ!」
「わっ、まて! そんなに全体重かけて暴れんなっ!」
「おっ?」
黒江の体はデカい。
しかし筋肉は張りぼてだ。
バランスを崩した黒江が廊下へと倒れ込めば、真城も巻き込まれて倒れていく。
「うわっ⁉」
「ギャッ」
運動神経が悪いなりに黒江は真城を下敷きにしないように体をひねった。
結果、真城を潰さないようにすることには成功したが、彼の体を抱き込むようにして床に転がった。
重たい音が響いたが真城は無事だ。
真城は自然と黒江の顔を覗き込むような体勢になって彼の上に乗っかっていた。
(黒江って意外と睫毛長っ! 顔立ちも何気に整ってんだよなぁ。特にハンサムとかいうのはないけど、男らしい精悍な顔っていうか。鼻も高いし、唇も……意外に分厚いな?)
なんとなく2人から見つめ合っていると、そこに同じクラスの杉田が、右手に文庫本を持って通りかかった。
「わが校は交際禁止じゃないけど、廊下でのチュー、略してロチュウーは禁止だから」
杉田は常に文庫本を片手に持って歩いている謎の人だ。
真城は本を読みながら歩ける杉田を不思議に思っていたが、今突っ込むべきはそこじゃない。
顔を真っ赤にして誤解を解こうと口を開いた真城だが、言葉が上手く出てこない。
「ちがっ」
「おまっ……これはっ」
黒江も誤解を解こうとしているが、杉田は全く興味がなさそうだ。
2人が重なり合ったまま上半身を起こしたころには、杉田は廊下の角を曲がって消えていた。
視線だけ杉田を追っていた2人は、どちらからともなく口を開く。
真城が「……アレは誤解したな?」といえば、黒江は「うん。誤解した。誤解したにもかかわらず、まったく興味がないヤツだ」と答える。
真城は黒江を椅子にしてウンウンと頷きながら言う。
「そだな」
「大丈夫か? 真城」
「うん。カブトムシ氏も無事」
真城はニカッと笑ってカブトムシを見せた。




