第39話 花火とキス
「花火は、この会場からもよく見えますが、みなさんお好きな場所でご観覧くださーい。なお本日の食堂はおやすみでーす。腹っ減らしの救済処置として、食堂に塩にぎりと麦茶の用意はありますので、必要な方はそちらをご利用くださーい」
司会進行役からの案内に合わせるように、ドーンと一発目の花火が上がった。
「おおー」「すげぇー」「向こうの方かよく見えるかもー」「あっちいこうぜー」などと生徒たちはザワザワしながら移動していった。
「オレたちも移動しようぜ」
「そうだな」
真城たちが移動しようと立ち上がると、坂下のスポンのポケットが揺れた。
「あ、ちょっと待って」
ポケットから携帯電話を取り出した坂下の表情がパッと輝く。
「あっ、スーちゃんだっ。ちょっとごめん。電話してくる―」
坂下がそそくさと席を離れていった。
真城はその後ろ姿を見送りながら笑う。
「はははっ。坂下はスーちゃんのこととなると目の色かわるな?」
「それは誰でも同じじゃない? 好きな人のことになれば目の色も変わるというものさ」
黒江はさりげなく真城の左手を握ると、校舎のほうへ誘導した。
「花火が見やすい場所へ移動しようか」
「うん」
真城は(その方角は、むしろ花火が見にくい場所)と思いつつもコクリと頷いて、大人しく黒江に従った。
「はははっ。この学校楽しいな」
「ああ、そうだな」
明るく笑う真城に合わせるように、黒江は笑いながら繋いだ手をゆらゆらと揺らしている。
「このままずっと一緒にいたいね」
「ああ、そうだな」
ドーンと大きな音が空気を揺らして弾けて、キラキラ光りながら広がっていく。
「今度は緑色だ」
「そうだね。次は赤かな?」
校舎の側にある草むらへ腰を下ろして2人、空を見上げればその瞬間に広がる赤い花火。
「綺麗」
「うん、綺麗だね」
空を見上げる真城の横で、黒江は彼の嬉しそうな笑顔を見ていた。
「真城は進路どうするの?」
「どうしようかなぁ~? まだ先のことは分からないし、決められない。まだ高一だもん」
「そうだよな、まだ高一だもんな」
手のひらに土の感触。
気付けば手の上には黒江の手が重なっていた。
「なぁ、2人して寮母さんになるのもアリだな。」
「ん? なんで?」
急に真城の機嫌が悪くなる。
驚いた黒江は真城を覗き込む。
「どうした? さっきまでご機嫌だったじゃん」
「ん……ちょっとさ」
真城は黒江から目をそらしつつ、口を尖らせた。
「なんでだよ」
「ん……」
真城は珍しく真面目な顔をして言葉を選びながら言う。
「オレたちはさ、特殊な環境で育ってきているだろ? 知らない国に連れていかれて、一生懸命色々覚えて、学校に馴染もうとして努力して。でも努力して手に入れた友だち関係だって、親の転勤が決まればハイそこまで。って感じで友情は途切れちまう。そんなことの繰り返しだ。今までの生活なんて夢みたいに淡く消えていく」
「ん? だから?」
首を傾げる黒江に向かって、真城は照れ隠しのように怒鳴る。
「だからオレはっ。お前とは、そうなりたくないんだよっ」
「そりゃ、そうだし。そうはならない」
「なんでだよ⁉ わかんないじゃん」
「そりゃ俺がお前に合わせて努力するからさ」
黒江の言葉に、真城は固まった。
「俺はさ、お前と一緒にいることを優先するぞ。だから2人で寮母さんとかありだろ?」
「だからっ。そういうのは嫌だって!」
今度は黒江が固まる番だった。
真城は言葉を選びながら真剣な様子で言う。
「オレはお前の進路を阻みたくないし、オレの進路を阻まれたくない。違うんだ。単純にずっと一緒にいたいってわけじゃないんだ。オレはお前の邪魔をしたくないし、お前にオレの邪魔をしてほしくもないっ」
「え……て、ことは……どゆうこと?」
戸惑う黒江に、誤解を解くように必死で真城は言う。
「違うんだって。距離じゃない。距離で壊れて、友達でなくなったり、恋人でなくなったりするのは……違うんだ。それじゃダメなんだ。それをオレたちは知ってるじゃないか」
「ん……ちょっと俺には理解するのが難しいかな?」
真城は真剣だ。
「だからさ。オレはさ。どこにいっても。どこにいても。オレたちは繋がってるんだって思いたい。お前の姿が見えない場所でも、お前を思ってキラキラしていられるような、もっとこう……安定した関係性を築きたいんだ」
「もしやなかなか高度な技を求めてらっしゃる?」
「そりゃそうだろ? 遠距離恋愛になったくらいで壊れるような関係性じゃ続かない。オレたちはそもそも、男同士じゃんっ」
打ち上げ花火がバーンと打ちあがる。
キラキラと金色の輝きをまき散らしながら散っていく花火の音は力強く体を揺らしていく。
パッと散るだけではない。
確実に何かを残していく煌めきだ。
「オレはお前に、どこに行ったって同じ屋根の下じゃねーか、くらいのことを言ってほしい。そんな関係性がほしい。信頼して委ねて甘えて、それでも煌めいていられるような恋がしたい。そんな恋人でいたい。パッと散るのも、縛り付け合う関係も、オレは嫌だ」
バーンバーンと夜空を花火が彩る。
今上がっているのは多分、スターマイン。
でも今の2人は花火など見ていない。
黒江は真城を抱き寄せて、唇に触れるだけのキスをした。
◇◇◇
「おーい、真城? 黒江? どこだぁ~?」
スーちゃんとの電話を終えた坂下が、キョロキョロと校庭の隅を探す。
ひゅるるるぅぅぅぅぅぅぅ……バァーンッ! と体を震わせる音が響いて、また1つ夜空に煌めく花が咲いては消えていく。
「花火終わっちゃう。真城ぉ~……と?」
煌めく花のこちら側。
キラキラ光る花の手前に、見慣れたシルエット。
「おっ?」
2人のシルエットは、ある行為をにおわせるように重なっていた。
「お邪魔虫は消えますねぇ~……」
ニマニマとした笑身を浮かべた坂下は、聞こえるか聞こえないか分からないくらいの小さな声で言いながら後ずさって消えていった。




