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第九話 初めての食事

 エヴァン様に連れられて部屋に戻ってきたのは良いのですが、入るなりエヴァン様は黙りこくってしまい、何とも言えない空気が部屋を包んでおりました。


「……あの、エヴァン様。ずっと黙っておられますが、どうされたのですか? もしかして、私になにか不手際でもありましたでしょうか?」


「違う。俺は会話をするのが、あまり得意ではない。特に、女性が相手だと尚更なんだ。だから、何を話せば良いかわからなくて、考えていた」


 エヴァン様が饒舌なお方では無いのは、薄々感じてはおりましたが、そういう事情がありましたのね。

 誰にだって、苦手なことはございます。私は運動が全然できないのですが、エヴァン様にとってそれが会話というだけですわね。


「この屋敷には女性の使用人だっておられるでしょう? 社交界でだって、話す機会はあるでしょうし……それ以前に、ちゃんとお話しできているではありませんか」


「彼女達は、俺の性格を熟知してくれている。だから、俺が話せなくても、問題は起こらない。社交界の場でも……俺は恐れられているから、基本的に誰も話しかけてこない。俺にとっては、都合がいい。あと、質問されたり話題があれば、それなりには答えられる」


「なるほど、理解しましたわ。私も、そこまで会話が得意というわけでは無いのですが……エヴァン様がよろしければ、私の方から話しかけてもよろしいでしょうか?」


「いいのか? 俺は、君ともっと会話がしたい……だから、とても嬉しい」


 少しだけ口角を上げて、小さく頷くエヴァン様。ずっと無表情でしたから、僅かな変化でも簡単に気づけますわね。


「では早速……えーっと……その……きょ、今日はいいお天気ですわね」


「そうだな」


「……ご趣味は……」


「剣術の修行」


 ……あ、あら……? 私って、こんなに会話が苦手でしたっけ? 改めてなにか話題を出そうとすると、こんなにも思い浮かばないものですの!?


「失礼いたします。お食事をお持ちしました」


 何を話せばいいか考えている私の元に、助け舟を出すかの様に、夕食が運び込まれてきました。


 とってもおいしそうではありますけど……さすがに量が多すぎる気がしますわ。少なくとも、五人くらいは必要そうな量と種類がございます。


「なるべく栄養が取れそうなものと、胃に優しいものを優先的に用意させた。全部食べる必要は無いから、好きなものを食べるといい」


「…………」


「嫌いなものでもあったか?」


「いえ、好き嫌いはございません。その、驚いてしまって……どうしてそのような方針でご用意してくださったのでしょう?」


「さきほど傷を見せてもらった時、あまり栄養が取れていない人間の腕に見えた。だから、栄養が摂れて、かつ体に負担の少ない物を用意させた」


「そんなにお気遣いしてくださったのですか?」


「君は俺の……その……こ、婚約者、なのだからな。当然だ」


 一瞬だけフリーズしたエヴァン様は、ふいっと視線を逸らしました。


 ……私、猛烈に叫びたいことがございます。ですが、それをここで大声で叫んだら、ただの危ない人になってしまうので、心の中で……。


 ごほん……エヴァン様、ぜんっぜん恐ろしい人ではないじゃないですか!! なんですの、この気配りと優しさの塊は!? 実家の時の待遇と比べたら、天と地ほどの差がありますわよ!?


 それに、会話が苦手だったり、剣術が好きだったり、たまに出る微笑みが素敵だったり、とても人間味に溢れている、素晴らしいお方ではありませんか!


 はぁ、はぁ……私としたことが、一人で盛り上がってしまいました。せっかく用意してもらったお食事が冷めてしまう前に、いただきましょう。


「いただきます……このスープ、濃厚で美味しいですわ……! それに、こんなに具たくさんなのは初めてです! サラダもシャキシャキで、お肉は口に入れたら蕩けてしまいました!」


 ずっと粗末な食事しか与えられなかった私にとって、この豪華なお食事は、とてつもない衝撃を与えてきました。


「もぐもぐもぐ……!」


「誰も取らないから、ゆっくり食べるといい」


「は、はい。もぐもぐもぐ……」


 淑女たるもの、もっと優雅に食事をしなければいけないのですが、一秒でも早く食べろと、体全部から命令を受けているのか、食べる手が止められません。


 こんな素敵なものをいただけるなんて、いつぶりだろう……確か、ローランお兄様の家に行った時に振舞ってもらった以来かしら……あ、だめ……思い出したら、また涙が……。


「どうかしたのか?」


「いえ、目にゴミが入ってしまったようです」


「そうか」


 エヴァン様の前で泣いたら、絶対心配してくれるに違いない。

 ずっと虐げられていた私にとって、心配してもらえるのは本当に嬉しいけど、エヴァン様に余計な心配をかけさせたくないんですの。


「ふう、だいぶお腹いっぱいになりました……って、こんなに食べて……はしたないことをしてしまいました……!」


「いいじゃないか。いっぱい食べている時の君、とても幸せそうだった」


「は、恥ずかしいです……!」


 恥ずかしい姿を見せてしまいましたが、肯定的な雰囲気なのを見るに、印象が悪くなったわけでは無さそうですわね。ホッと一安心……じゃなくて。会話を続けませんと!!


「えーっと……そうだ、ご趣味が剣術とおっしゃってましたが、昔からしているのですが?」


「ああ。幼い頃から父から仕込まれていてな。今では生活の一部となっている。いや、答えておいてなんだが、これは趣味と呼べるものなのか……?」


 エヴァン様が疑問に思う気持ちも、わからなくはありません。一般的に考えると、剣術の修行を趣味と答える人は、少ないでしょう。


「剣術はお好きなのですか?」


「ああ。自分が強くなるのを実感すると、とても楽しい」


「それなら、趣味と言ってもよろしいのではないでしょうか?」


「……そうなのだろうか?」


「私は良いと思いますわ。とっても素敵な趣味ですもの。もしよければ、今度剣術の練習しているところを拝見しても?」


「もちろん」


「…………」


 ……また会話が途切れてしまいましたわ! 剣術とかで話を膨らませられれば良かったのですが、剣術なんて触れたことも無いので、初歩すらわかりませんの……。


 他に話題……話題……! わ~だ~い~!!


「……ふっ」


「急にどうされたのですか?」


「俺のために、必死に考えているシエルが、とても可愛らしくて……つい」


「かわっ!?」


 ビックリしすぎて、手に持っていたカップを落としそうになってしまいましたわ。


「すまない。つい思ったことを口にしてしまった。可愛いだなんて、子ども扱いされているように聞こえるよな」


「い、いえ! なんていうか、子供の時から直接褒められた経験が全く無いので、驚いてしまっただけですわ」


「君のご両親は、褒めてくれない人なのか?」


「ええ。姉のことばかり可愛がって、私のことは……いえ、この話はよしましょう。せっかく初めての二人の食事ですから、もっと楽しいお話をしましょう」


 その後、私はなんとか話題を振り絞ってお話しましたが、ついに話題が尽きてしまいました。

 それを見計らっていたかのように、エヴァン様がこほんっと咳ばらいを挟んでから、話し始めました。


「シエル、君が良ければ、過去の君に何があったか、話してくれないか?」


「私の過去ですか? きっとつまらない話になってしまいますわよ?」


「……君のことは、どんなことでも知りたいんだ」


 ……そこまで仰るなら……私が家でどんな扱いをされていたか、お話しませんとね。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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