第四話 強欲な姉
自室に戻ってきた私は、年季の入ったベッドに腰を降ろして項垂れていました。
もうこの結婚からは逃げられない。私は、社交界で恐れられているお方の元に嫁がなければなりません。
一体何をされるのか、考えるだけでも恐ろしいですが、それ以上に恐ろしいのは、私がもうフィルモート家の領地に来れなくなるかもしれないことです。
フィルモート家の領地に住む民は、フィルモート家の重すぎる税で苦しんでおります。
税が払えなければ、男性は酷い重労働の施設に売り飛ばされ、女性や子供は人身売買を生業にしている闇商人や娼館に売り飛ばされます。それか、お母様のようにお父様に気に入られれば、屋敷に連れて行かれます。
それが嫌で領地から逃げだそうとしても、見張りをしている人達に見つかれば、その場で殺されてしまいます。
まるで独裁者のようなお父様のやり方は、到底許されることではありません。
だから、私はお父様にやめるように説得をしたり、国家にお父様の非道を伝えたこともございました。
しかし、結果は全て失敗……代わりに、私はお父様からとても酷い罰を受け、二度と消えない傷を体に刻み込まれてしまいました。 今でも悪夢でその時の光景を見せられ、痛みと恐怖で苦しんでおります。
私は本当に弱い人間だと再認識させられた一件ではありましたが、それでへこたれたりはしませんでした。
現状を変えられないのなら、少しでも民の力になれれば、民の慰めになれれば……そう思い、時間がある時はお忍びで領地にある村を周り、お仕事を手伝ったり、慰めて回っているのですが……。
「ローランお兄様は応援してくれましたが、新しい婚約者のお方が、許してくれないかもしれない……」
相手はとても恐ろしいお方……私のお願いなんて、簡単に突っぱねてもおかしくありません。そうなったら、領民の方々を、誰も支えられなくなってしまいますわ……。
……落ち込んでいても仕方がない。なんとか私に出来ることを考えなければならない。そうじゃないと、彼らは一生搾取され続け、苦しみ続けるのだから……。
「何とかしなきゃ……私が……お母様……私……」
過剰に振る舞おうとしましたが、多くの出来事が重なって精神的に参ってしまっていた私は、今は亡きお母様を呼びながら、ベッドに置かれたネコのぬいぐるみを抱きしめました。
これはお母様が亡くなる前に残してくれた唯一の品で、私の宝物なんですの。これを抱きしめていると、不安が和らぐ気がして……いつも抱っこして寝ております。
そんな私の元に、とある人物がノックも無しに部屋に入ってきました。
「相変わらず、辛気臭い顔をしておりますのね」
「お姉様? 一体何のご用ですか? 私は荷作りをするのに忙しいのです」
「汚いぬいぐるみを抱きながら荷造りなんて、変なやり方ですこと。そもそも、荷作りなんてする必要なんてありますの? あなたの私物なんて、片手で数える程しかないでしょうに」
その通りではありますが、私の私物が少しでも増えれば、即座に持っていってしまうのは、お姉様ではありませんか。
おかげで、私が両親の見栄や気まぐれで何か買い与えられても、すぐに手元から無くなってしまいますの。
「ひょっとして、また私の部屋から持っていくつもりですの? 私物はありませんし、家具はどこかの廃棄場から持ってきたかのような、ボロボロの物しかありませんわよ」
「そんなの、言われなくてもわかっておりますわ。一々嫌味を言わないと死ぬ病に出もかかっておりますの? あー怖いですわー触られたら病気がうつりそう」
いつも嫌味を言っているのはあなたですし、そんな病は存在しません。
はぁ……お姉様とお話していると、頭が痛くなってきます。これはストレスからきているものだから、聖女の力で治しても、根本を何とかしなければ意味が無いですわ。
「まあいいですわ。今日は、一つだけ用がありましたの。そのネコのぬいぐるみはどうするつもり?」
「もちろん持っていきます。これだけは、絶対に譲れませんわ」
「そんなゴミ、大金を積まれてもいりませんわ。ですが、その代わり……」
お姉様はニヤリと笑うと、私からぬいぐるみを強引に取り上げてしまった。
もちろん急いで取り返そうとしましたが、お姉様と一緒に来た使用人が邪魔して、お姉様に近寄れません。
「なにをするつもりですか!?」
「これ、ボロボロじゃない? だから、このぬいぐるみに相応しい姿に直してあげるのよ」
直してって……お姉様が善意でそんな言葉を使うだなんて、天地がひっくり返るくらいありえない。
絶対に何か企んでおりますわ! 早く取り返さないと……ああもう、邪魔ですわ!!
「うふふ……これから直してさし上げますわね」
「その大きなハサミは……うそっ、やめて! やめてください!」
お姉様が手に持ったハサミは、ゆっくりとネコの首に入っていき――
「やめてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
私の必死の説得も虚しく、ネコのぬいぐるみは頭と胴体が切り離されてしまいました。
それは、ぬいぐるみが壊されただけではなく、唯一残されていたお母様との繋がりが、壊されてしまったようで……悲しくて、つらくて……憎くて。
「あらやだ、大失敗! 頭と胴体の泣き別れに、思わずもらい泣きしてしまいそうですわ〜。ああ、失敗したとはいえ、直そうとはしたのですから……報酬として、そのイヤリングもいただくわ」
「イヤリングもですって……!? これは、ローランお兄様が誕生日にくださった、大切な……!」
「大切ってことは、良いものってことでしょう? 良い物は、良い女の元にあるからこそ輝きますのよ」
「やだ、やだやだ! いい加減にして! どうして私をそんなにいじめるの!?」
思わず子供のような話し方になってしまった私に対して、お姉様は屈託のない笑顔を浮かべ――
「楽しいから」
そう答えながら、私の両耳からイヤリングを力任せに引きちぎった。当然、私の耳には激痛が走り、大きな悲鳴を上げてしまった。
「はぁ……はぁ……! はぁ! はぁ!!」
怪我自体は、聖女の力ですぐに何とか出来る範囲でしたが、それよりも問題が心で……もう理性なんて生ぬるいもので、燃えに燃え上がった憎しみの炎を抑えることは、不可能となっておりました。
「っ……!!!!」
気が付いたら、私は体中に力を入れて、お姉様に殴りかかろうとしました……が、当然の様に使用人に止められてしまいました。
「暴力に頼るだなんて、それでも淑女の端くれ?」
「うるさい! うるさいうるさい! 私の大切なものを侮辱し、破壊し……絶対に許しませんわ! この女を殴ったら、次はお父様とお義母様なんだから!」
「まあ、これではまるで反逆者じゃありませんか。こんな女、即刻出て行かせるべきですわ!」
「離しなさい! 離しなさいって言っていますの! あなた達、絶対に許さない! この恨み、必ず晴らしてさしあげます!!」
聖女の力を持っている人間の言葉とは思えないくらい、恨み言をたくさん並べた私は、ぬいぐるみの残骸を入れられた汚い麻袋と共に、無理やり馬車に乗せられてしまいました――
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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