第三十一話 第二の復讐
「シエル様、言われた通りに鎖に繋げました」
「ありがとうございます。おかげさまで助かりましたわ」
村の若い男性の方々が、力を合わせて倉庫として使っていた地下の部屋に、お父様を運んできてくださいました。
「では、これから私の方で準備をいたします。何が起こるかわかりませんので、地上でお待ちください」
「シエル、本当に良いのか?」
「はい。決めたことですから」
ここまでずっと私の傍にいてくれたエヴァン様は、不安そうに眉尻を下げておりました。
「私は大丈夫。信じてください」
私の決意を改めて感じて、これ以上の心配はする必要が無いと思ってくださったのか、小さく頷いてから地上へ戻っていきました。
「さてと……」
二人きりになった地下室で、私は両膝をついて、全力で部屋の中に聖女の力を充満させます。すると、私の体が真っ白な光に包まれました。
これから私がしようとしていることは、この部屋に私の持つ聖女の力を全て与えること。これをすれば、この部屋に特別な力を与えることが出来ますが……その代償として、私は聖女の力を完全に失ってしまいます。
しかし、それでお父様への復讐が出来るのなら、安いものですわ。
「…………」
体からどんどんと力が抜けていき……私との別れを惜しむかのように、光が今までで一番強くなりました。
そして、光はまるでなかったかのように、私の体から消えてしまいました。
「これでよし。今までありがとうございました、私の聖女の力」
望んで手に入れた力ではないですが、生まれてからずっと一緒だった力と別れるというのは、なんだか寂しいものがございますわ。
「……うっ……」
あら、まるで私の準備が終わるのを見計らったように、お父様は意識を取り戻しましたわ。起こす手間が省けて良かったです。
「っ……! シエル、貴様……!」
「おはようございます、お父様。特別なお部屋にご案内させていただきましたが、どうでしょうか?」
「特別だと? こんなかび臭い部屋が特別とはな! 本当に貴様は下劣な人間だな!」
散々領民達や私を苦しめてきた分際で、私のことを下劣とか仰れるお父様には、尊敬の念すら覚えてしまいますわね。
その強気な態度を、これから完膚なきまで破壊すると思うと、顔がにやけてしまうのを止められません。
……こんな顔、エヴァン様にはとても見せられたものではありませんわね。この地下に続く階段の入口で待っててもらって正解でしたわ。
「特別ですよ? お父様なら、この部屋に満ちる力にお気づきでしょう?」
「……この力は……聖女の力?」
「正解、花丸ですわ」
お父様は、聖女の力を使役することは出来ませんが、聖女の家系ということもあって、その力の存在を感じることは出来ます。
だから、口で説明するよりも、さきに体で気づいてもらった方が早いと思いましたの。
「これだけの力を、部屋に充満させたのか? 馬鹿め、この規模の力を使ったのなら、貴様の聖女の力は相当弱体したはず」
「いいえ、お父様。弱体ではありませんわ。私の聖女の力は、完全に失ってしまいました」
ただ、淡々と答えただけのつもりでしたのに、お父様は突然楽しそうに高笑いをしていました。
「本当に貴様は愚かで馬鹿だな! この部屋に力を与えて何になる? もしや、ワシを傷つけないように配慮しているつもりか?」
「ご名答ですわ、お父様。この部屋にいれば、どんな傷でも治せますの。殿も乾かない、お腹も減らない。まさに夢のような部屋ですわ。そんな部屋で、とあることをすると……どうなるかしら?」
これから起こることにワクワクしながら、私は言葉を続ける。
「私、お父様や家族の皆様には感謝しているのです。皆様が骨の髄まで最低な人間だったおかげで、私はシャルディー家に嫁がされて、とても素晴らしい未来の伴侶に出会えたのですから」
「素晴らしいだと? あのシャルディー家の当主が? あんな根暗で何をしでかすかわからない恐ろしい男が? 貴様、よほど酷い調教でもされて、忠誠を誓わされたのか? はっ、お似合いではないか!」
「……エヴァン様のことを知りもしないで、わかったような口で語らないでくださる?」
私は静かに激昂しながら、部屋の隅に置かれていたムチを取り出し、一切の遠慮なしにお父様の体を打ちました。
このピシャン! という独特な音……体が覚えているのか、自分が加害者側なのに、体がビクンッと反応してしまいます。
「ぐあっ!? い、痛い痛いぃぃぃぃ!!」
「痛いでしょう? ですがお父様や他の皆様も、私がなにか失敗をするたびに、懲罰房にいれて、このような酷い罰をしましたわよね? 酷い時には、ストレス発散なんて名目もありましたわよね?」
「き、貴様は我々の都合のいい道具でしか無いのだから、当然だろう!」
「そのねじ曲がった考えが、憎くて仕方がありませんの!!」
再びムチをしならせ、お父様の体に襲い掛かる。
打たれた部分は、当然の様に赤く腫れ上がっていきますが……すぐにその腫れは収まりました。
「よかったですわね。私の力で、すぐに傷が治りましたわ」
「おお、確かに……ぐはぁ!?」
「ほらほら、もっと鳴いてくださいよ。私には、散々鳴けだの豚の真似しろだの、散々言ってくれたではありませんか。ほらほらほら、早くしてください」
少々やり過ぎてしまったのか、お父様の体中が真っ赤に染まってしまいました。
しかし、私の力が自動でお父様の傷を完全に癒してしまいました。
「ふっ、まったく愚かなのか親孝行なのかわからんが……貴様のおかげで、すぐに治療されるから、問題は無いな」
「そうでしょうか? 皆様、お願いいたします」
私が声をかけると、地上からぞろぞろと、村のお方達がやってきました。
その目は赤く血走っていて、いつ何をするかわからないような状態です。
「皆様、先ほど言ったことを忘れないように、それが出来ないと、復讐の時間が減ってしまいます」
「何をするつもりだ?」
「なにって、こうするだけですわ」
私は、近くの人からカマを借りて、先端の尖っている部分を、お父様のお腹に刺しました。
「ぐぉぉぉぉぉ!!」
痛い? 痛いですわよね? あはは、もっとやってあげますわ! 次は、この壁にかけられたろうそくを垂らして……!
「や、やめろぉぉぉぉ! あ、あついぃぃぃぃ!! た、助けてくれぇぇぇぇ!!」
あはははははは! あの偉そうだったお父様が、こんなに情けなく助けを呼んでいるなんて、心の底からスカッとしましたわ。
でも、これで終わりではありません。お父様には、ずっと続く恐怖の宴の主役として、君臨していただかないと。
「ほら見てください。もう治りましたわ」
「はぁ……はぁ……シエル、まさか……」
「さすがのお父様でも、気づいたようですね。お父様は、ここで恨みが積もりに積もった領民の怒りの捌け口になるのです。しかし、やりすぎたらあっさり死んでしまうので、こうして治療をしてくれる部屋を用意しました」
「や、やめてくれ……私が悪かった! こんな地獄、あんまりじゃないか……!」
「これで地獄ですって? 笑わせないでくれます? 聖女の力でも消せないくらい、深い傷をいくつも残されて、婚約者を殺され、それでものうのうと暮らしていたお父様には、お似合いですわ!!」
もう一度ムチの甲高い音を地下室に響かせてから、私はお父様に背中を向けました。
「さようなら、お父様。私、今とっても幸せですわ。だって、やっとあなたに復讐できたのですから。あはははははっ!」
「ま、待て……た、助けてくれ……!」
なんか後ろから呼ばれる声が聞こえますが、聞かずに部屋の外に出た私は、こっそりと扉を開けて中を覗き見たら……すでに宴が始まっておりました。
「お前が更に税を増やしたせいで、娘は闇商人に連れて行かれて、クソ貴族共に売られたんだ! そこで散々いじめ抜かれて……最後に手紙を残して自殺した! 全て……全てお前のせいだ!」
「ぎゃああああ!?」
若い男の人のナイフが、お父様の腕に突き刺さり、ぐりぐりと抉って恨みをぶつけます。
「あたしの娘は、あんたに連れていかれて……口に出すのも憚れるくらい汚された! そのショックから立ち直れなくて、帰された日から数日後に、自室で冷たくなっていたわ……うぅ……あんたさえ、フィルモート家さえいなければ……!」
「い、痛い……や、やめてくれ……金なら払う。税金も緩めてやるから……!」
あれは、娘様との大切な品でしょうか? 小さなハンカチを持ったまま、彼女はクワでお父様を傷だらけにさせます。
「俺の親父はお前の悪行を止めようとして、反逆者として殺された! そのうえ俺の家の前に、親父の首を投げ捨てやがったこと、一生忘れねえからな!」
「が……は……」
憎しみに満ちた若い男性は、お父様の首を思いっきり絞めています。
さすがにそこまでやって殺してしまったら、もう復活させることは出来ません。そのことは皆様に伝えているので、大丈夫なはず……あ、別の人が引きはがしましたね。
「うっ……うちの母さんも、あんたのせいで死んだんだ! あんたが税金を払えないからって、収穫した野菜をほとんど持っていって……! 母さんの病気の薬代を稼げなくなって……!」
「ぐがああああああ!?!?」
この中で一番若い男性は、ハンマーでお父様の手や足を中心に、骨を砕き始めました。
一応、骨折ならあの部屋の力で治せますが、随分と思い切りが良くて驚きましたわ。それほどお父様への憎しみが凄まじいのでしょう。
「お前は我らの死神じゃ! 悪魔じゃ! 絶対に許さんぞ! 皆の者、徹底的に痛めつけてやるのじゃ!!」
『おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
ここはもう大丈夫そうですわね。お父様は、自分が苦しめた人々に、これから死にたくても死ねない空間で、ずっと……ず~っといたぶられ続ける……これで、第二の復讐は完了しましたわ。




