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第三話 恩などありません

 目を覚ましたら、私は自室の床の上で丸くなっていました。


 既にお姉様の姿はありませんでしたが、部屋の中を物色したのか、机の引き出しが出ていたり、クローゼットが開けられておりました。


「やるだけやって……人の気持ちなんて一切考えていない、本当に最低な人……大っ嫌い……いたっ……!?」


 散々踏まれた頭に、強い痛みが走りました。頭を押さえた手には、赤い液体がべったりと付いていますし、それなりに大きい怪我をしてしまったようですわ。


「でも、これくらいなら……」


 私はスッと目をとして集中してから、もう一度目を開けると、左手が白い光で包まれました。

 その左手を怪我した頭に持っていくと、痛みはスーッと引いていき、傷が完全に塞がりました。


 これが私が持っている、特別な力。巷では、聖女の力と呼ばれているものです。

 これはお父様の血統の女性なら多くの方が持ち合わせているもので、私だけの力というわけではありません。


 力には個人差がある影響で、私の方がお姉様よりも優れています。この辺りも、お姉様が日頃から私は虐げる原因の一つなのでしょうね。


「傷も治りましたし、まずはお父様とお義母様とお話をしに行きませんと」


 両親と話をするのは、お姉様と話すことよりも気が重い。だって、両親はお姉様を溺愛する一方、私のことを本当に嫌ってますから。


 でも、逃げてなんていられませんわ! 私だけではなく、お相手の人生も狂ってしまうかもしれないことなのですから、少しでも両家が納得できるようにしてもらいませんと!


「失礼します、シエルです」


 二人のいる部屋に向かい、返事も待たずに部屋の中に入ると、この家の当主で私の父であるバルナルト・フィルモートと、義母のステイシー・フィルモートの姿がありました。


「シエル、貴様を部屋に呼んだ覚えはない。勝手に入ってきて、相応の罰は覚悟しているのだろうな?」


「今はそんなことなど、どうでもいいですわ。それよりも、お姉様の婚約を破棄して、代わりに私に婚約させるというのは、本当なのですか?」


「そうだ。この話は既に決まったことだ。相手も了承している。そうだ、後で言うつもりだったが、ちょうど良い。今日には荷物をまとめて向こうで生活してもらう」


「今日ですって……!?」


 そんか……お相手の方も了承しているのでは、もうこの決定を覆すことは出来ませんわ。


 私はこんな家などいたくありませんし、お相手側が納得してくださったとはいえ、こんな横暴が許されるだなんて……!


「この家に、本来貴様は不要な人間だ。そんな貴様が、初めてこの家のために役に立てるのだ。光栄に思うが良い」


「っ……! 元はといえば、お父様がお母様に手を出さなければ、私が生まれてきて、こんなに苦しむことはありませんでしたわ!」


 ……私のお母様は、元々はフィルモート家の領地に住む、普通のお方でしたが、その美貌を気に入ったお父様が、ただでさえ重い税を、お母様の家にだけさらに増やしました。

 その結果、お母様の家は税が払えなくなり……その代償として、お母様をこの家に連れて来て……。


 その後、私を産んだお母様は、私が一歳になる前に亡くなってしまい……行くあてがない私は、ここで過ごしておりますの。


「シエル、あなた……常日頃から、ここを出ていきたいと言っていたではありませんか。あのパッとしない男が死んで嫁げなくなりそうだったのに、こうして新しい婚約者を見つけてあげたのだから、感謝しなさい」


「……さすが親子ですわね。お義母様もお姉様も、最低な人間です」


「なんですか、その口の利き方は!? 血の繋がりのないあなたを育ててあげたのは、どこの誰だと思っているの!?」


「少なくとも、お父様にも、お義母様にも、育ててもらった恩は微塵もありません! 特にお義母様は、お姉様よりも私の方が美しいとか、聖女の力が強いのが気に入らないとか難癖をつけて、どれだけ私に嫌がらせをしたか、覚えておりませんの!?」


 私は両親に何かしてもらった記憶は何もございません。私の面倒は全て使用人に任せ、お姉様をたっぷりと可愛がっておりました。


 その代わりに、何かしらにつけて私を悪者にしたり、馬鹿にしたり、虐げたり……私がここに生まれたのは、全てお父様の責任なのに、どうしてこんな目に合わないといけないのかと、何度枕を涙で濡らしたかわかりません。


「この……偉そうに……!!」


「落ち着け。いつもなら、貴様の不敬な態度を許すことはないが、今日は機嫌がいいから許してやろう。なにせ、トラルキル家と結婚するよりも、今回の結婚の方が家に利益があるからな。まったく、奴が自殺してくれたことに感謝せねばならんな!」


「ごほん……ええ、そうねあなた。ローランが馬鹿で本当に良かったわ」


「っ……!!」


 私の唯一の大切な人を馬鹿にされたことで、私の中で何かがブツンっと切れた。目の前の人間達が、憎くて憎くて仕方がありません。


 その憎しみに従って、私はお父様のところに歩み寄りましたが……その歩みはすぐに止められることとなりました。


 なぜなら、お父様はすぐ近くに飾られていた剣を手に取り、その刃を私の首筋に当ててきたのです。さすがに頭が血が昇っていても、そんなことをされれば足は止まります。


「いくら機嫌がよくても、我慢の限界がある。これが最後の通告だ。貴様の最初で最後の親孝行は、大人しくこの家を出て行って嫁ぐことだ。それが出来ないと言うなら、この場で首を刎ねる。わかったら、さっさと部屋に戻って荷作りをするがいい」


 剣先が私の首に当たり、ツーっと赤い液体が垂れました。


 お父様は本気でしょう。ここで断ったら、本当に殺される……こんな人生なんて、ここで幕を下ろしてもいいかもしれないけど、死ぬのは……正直怖い。


 だから、私は……せめてもの抵抗でお父様を睨みつけながら、小さく頷いた。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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