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第二十一話 エレンの涙

「……うん……」


 ほとんど吐息に近い声を漏らしながら目を開けると、そこは少し見慣れてきた天井の光景が広がっておりました。


 ここは、私の部屋……私、確かフィルモート家の領地に行っていたはず……そうだ、そこでルネがボロボロなのを見つけて、必死に治療をして……そのまま疲れて眠ってしまったのでした。


「シエル様、お目覚めになられましたか!」


「エレン……?」


 ボーっと天井を見つめていると、今にも泣きだしそうな顔で私を覗き見る、エレンの顔が視界に入ってきました。


「本当に良かったです……! ぐったりしてお帰りになられた時は、心臓が止まるかと思ったのですよ!? あの後、五日間も目を覚まさなくて……もう目覚めないのかと……!」


「五日間も……!? その、ごめんなさい、心配をおかけてしてしまって……!」


「本当ですよ! 事情は主様からお聞きしましたが……あまり無茶をしないでください!」


 エレンの口から出た、初めての強い言葉から、本当に私のことを心配してくださっているんだというのが、ひしひしと伝わってきました。


「ぐすん……そうだ、シエル様が目覚めたら、声をかけるように主様に言われていたのでした。シエル様はここでお待ちください」


「わかりました」


 エレンが部屋を出てから間もなく、上の階からドンドンッ! っと凄い音が聞こえてきた後、廊下を走る音が聞こえて来て……最後に勢いよく扉が開く音が聞こえてきました。


「シエル! 大丈夫か!?」


「エヴァン様。まだ体は重いですが……おかげさまで」


「そうか。良かった……本当に、良かった……」


 噛みしめるように私の無事を喜び、ギュッと手を握ってきたエヴァン様の表情は、とても慈愛に満ちていて……ああ、私は本当に愛されているんだなと、強く感じました。


「あの後、どうなったのですか?」


「ああ、実は――」


 エヴァン様は、私のすぐ隣に小さな椅子を置いて、その後のことを話してくださいました。


 聞いたところによると、商人のお方と無事に合流した後、私を再び変装させてから、ルネと私を馬車に乗せて、同じ様にして帰ってきたそうです。


 その際に、私は疲れて眠ってしまっていることや、一緒に連れて来てくれたルネが、村から買った奴隷だと嘘をついて誤魔化してくださったのだそうです。


「それでは、ルネは今この屋敷に?」


「ああ。彼はまだ目を覚ましていないが……ここについてからすぐに医者に診せたところ、命に別状はないそうだ」


「それはなによりですわ。ルネのためにお医者様を呼んでくださり、ありがとうございます」


「礼には及ばない。当然のことをしただけだからな」


 こういう時に恩着せがましい態度を取らないのは、エヴァン様の魅力の一つですわね。


 私の家族だったら、最低でも半年は恩着せがましく話を蒸し返して、その都度私に感謝を求めてくるでしょう。


「それで、一体彼は何を伝えたかったのだろうか?」


「あの時に仰っていたのは、確か……ローン……ひみ、へや……でしたね。恐らくですが、前半の部分はローランお兄様のことを指しているのかと……」


「なら、後半の部分は?」


「……ローランお兄様の、秘密の部屋」


 少し考えた末に出た単語に、エヴァン様は首を傾げておられました。


「秘密の部屋? それはなんだ?」


「私も詳しいことは存じませんが、ローランお兄様がたまに口にしていたんです。大切なものは、秘密の部屋にしまっていると」


「もしかして、そこに今回の一連の出来事の手がかりが?」


「可能性はあると思います。なんにせよ、私はトラルキル家の屋敷に行こうと思っております。もう先方からの許可とか言っていられる場合でもなさそうですので」


「そうだな。一刻も早く、何があったか調べに行こう」


 普通なら、ちゃんと事前に連絡を取って予定を合わせるものですが、ルネの様子から考えると、今はもうそんなことは言っていられない。


 もしこれでなにごともなければ、突然来たことを謝罪して、すぐに帰ればいい。何もしないで後悔するよりも、そっちの方が確実に良いですわ。


「そうと決まれば、早く行きませんと。あ、でもエヴァン様のお仕事もありますわよね……」


「俺の仕事はなんとかする。それよりも、君はもう少し休んだ方が良い」


「それこそ、何とかしてみせますわ。私には、休んでいる時間なんてありませんもの」


 エヴァン様の提案を受け入れずに立ち上がろうとしましたが、突然体から力が抜けて、倒れてしまいそうになりました。


 今回もエヴァン様が支えてくださったから良かったものの……続けて同じ失態をしてしまうだなんて、情けないにも程がありますわ。


「まだ体調が万全じゃないのだから、もう少し休んだ方がいい」


「ですが……!」


「気持ちはよくわかる。俺も子供の頃、強くなりたい一心で、体調が悪いのに無理して鍛錬をしたことがあった。だが……自分の体調が悪化しただけで、得られたものは何もなかった」


「エヴァン様……」


 私が納得できるように、自分の経験談を使って説得してくださっているのですね。おかげでとても分かりやすいですし、自分がしようとしていることが、いかに非効率的なのかわかりました。


「わかりましたわ、エヴァン様。あなたの仰る通り、もう少し休みたいと思います」


「ああ。ゆっくりおやすみ」


 エヴァン様にゆっくりとベッドに寝かされた私は、そのまま眠るまでエヴァン様に手を繋いでもらいました――



 ****



■エヴァン視点■


「主様、シエル様がご無事で本当に良かったですね」


「ああ、まったくだ。シエルの看病をしてくれて、本当にありがとう」


 すやすやと穏やかな寝息を立てるシエルの手を握ったまま、エレンに感謝の言葉を述べた。


 俺が仕事でシエルの傍にいられない時に、ずっとシエルの面倒をみてくれたエレンには、感謝の言葉しかない。


 それにしても……シエルは寝顔もとても愛らしいな。女神のような美しさと、天使のような愛らしさを兼ね備えた、あまりにも素晴らしい寝顔だ。


 本当なら、このままずっとシエルの寝顔を見ていたいが、そういうわけにもいかないのがつらいところだ。


「勿体無いお言葉です。ところで主様、さきほどからずっとシエル様に触れておられますが、ついに照れずに触れられるようになったのですか?」


「えっ? あっ……」


 言われてみれば、先程からずっとシエルの手を……ま、マズい……意識しだしたら、緊張で頭が真っ白に……。


「主様? 主様ー? ああ、駄目ですね。また固まってしまいました。ふふっ、恥ずかしさなんて気にならないくらい、シエル様が心配だったのですね」

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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