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第十一話 鍛え抜かれた肉体

「……うぅ……いや……はぁ!?」


 自分で自分の声の大きさに驚きながら、私は勢いよく起き上がりました。


「あ、あれ……ここは……それに今のは、夢……?」


 そうでした、私は昨日からエヴァン様の家でお世話になっていたのでしたわ。だというのに、今見ていた夢は……いつも見ている悪夢でした。


 いつも決まってみる夢は、家族に虐げられ、領民達が苦しむ姿を見せつけられるもの。私はそれに対して何も出来ずに、心身共に傷つけられる夢ですの。


「し、シエル様? 大丈夫ですか?」


「エレン……?」


 息を切らせながら、額に流れる冷や汗を拭っていると、すぐ近くに立っていたエレンが目を丸くさせておりました。


「朝なので、お越しに伺わせていただきました。随分とうなされていたようですが……」


「いつものことなので、大丈夫ですわ」


「いつもって……」


 このままでは、エレンに変に心配をかけてしまいそうです。少し強引にでも、話題を変えましょう。


「それよりも、起こしに来てくれてありがとうございます」


「あなたの専属使用人として、当然です。あ、遅れてしまいましたが……おはようございます、シエル様」


「おはようございます、エレン」


 今日も酷い悪夢を見てしまいましたが、エレンの爽やかな挨拶のおかげで、幾分か気分が良くなりました。


 ……こうして、起きてからきちんと挨拶されたのは、いつぶりでしょう?


「今日も良いお天気ですよ。朝食まで少し時間がありますので、中庭をお散歩でもしてきたらどうでしょうか? よければ、私がご案内いたしますよ」


「それは素晴らしい提案ですわね。ぜひお願いします」


「では、簡単に身支度を整えさせていただきますね」


 エレンはサッと私の寝癖を直した後、私を連れて中庭へと案内してくださいました。


 噴水の音と小鳥達の可愛らしい歌声が聞こえる中庭は、空気が澄んでいてとても気持ちがいいですわ。


「お天気はいいですが、少し肌寒いですね。シエル様、大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫です……って、何か音が聞こえませんか?」


 少し離れたところから、風切り音のような独特な音が聞こえてきました。


「この音は、主様が毎朝の日課である剣術の練習をしている音ですね」


「たしか、幼い頃から練習しているのでしたね」


「仰る通りです。昨晩主様から、シエル様が希望するようなら、自分のところに連れてくるようにとお聞きしておりますが、いかがいたしましょう」


「ぜひお願いしたいですわ」


 私が剣術の練習をしているところを見たいと言ったのを、覚えていてくれたのですね。些細なことかもしれませんが、とっても嬉しいですわ。


「こちらです」


「わぁ……!!」


 案内された先では、エヴァン様が剣の素振りをしておられました。


 その剣を一振りするだけで、先程の風を切る音が聞こえてきます。太刀筋も全く見えませんし……素人の私が見ても、エルヴィン様の剣術の腕が高いのがわかりますわ。


 そうですね、端的に言うならば……格好いいですわ。男性にこんなことを思ったのは、エヴァン様が初めてです。


「もう少ししたら、いったん休憩に入るでしょうから、それまではこちらにいましょう」


「そうですわね。邪魔したら、申し訳ないですものね」


 エヴァン様の気が逸れないように、エレンと私はそーっと移動して、より近いところに場所を確保しました。


 昨日は基本的に無表情でしたが、剣を振っている時は凛々しいお顔になられています。

 元々、エルヴィン様はお顔は整っておられるので、凛々しいお顔もとても似合っていて……格好いいです。


 ……今日の私、どうしたのかしら? さきほどから、ずっと格好いいしか思っておりませんわ。


「498……499……500。ふぅ、さすがに動くと熱いな……少し休憩するか」


「きゃあ!?」


 エヴァン様は、近くで待機をしていた使用人のお方からタオルを受け取り、代わりに来ていた肌着を脱ぎました。

 それに驚いた私は、両手で顔を隠しながら、小さな悲鳴を上げてしまいました……。


 し、仕方が無いでしょう!? だ、だって……男の人の裸なんて、女性が見ていいものではありませんもの!


「ん? シエルじゃないか。おはよう」


「お、おはようございます!」


「……? どうして、手で顔を隠しているんだ?」


「だ、だって……」


 見てはいけないとわかってはおりますが、鍛えられた肉体がとても……格好よくて、つい指の隙間からチラチラと見てしまいます。


 私ってば、なんてハレンチな……こんなことを知られてしまったら、幻滅されてしまうかもしれませんのに!


「主様。いくら婚約者様とはいえ、シエル様は年頃の女性です。そんなお方を前にしてその格好は、いささか不適切かと存じます」


「はっ……こ、これは大変失礼した」


 引き続き指の隙間からエヴァン様を確認していると、凄い慌てながら新しい服を着ておられました。


 ちょっぴり焦っているエヴァン様も格好いい……というより、可愛らしい感じですわ。これも新鮮でいいかもしれません。


「もう大丈夫だ」


「はい。あの、エヴァン様。先ほどチラッと見えたのですが、腕に怪我をされてましたよね?」


「腕? ああ、この前別の家の人と手合わせをしたのだが、その時に少しな」


「そうでしたのね。私が治してさしあげますわ」


 私が聖女の力を使うと、エヴァン様の腕が白い光に包まれていきました。

 その光は、数秒も経たないうちに、何事もなかったかのように、傷と共に消えてしまいましたわ。


「どうですか?」


「……すごいな、全く痛みがない」


 エヴァン様は、怪我をしていた腕を振り回して確認しておりました。


「これが、噂に聞いていた聖女の力か……ごく一部の血筋の人間しか使えない、特別な力だったな。体験したのは初めてだ」


「気分が悪くなったりとかしてませんか? たまに、聖女の力で酔ってしまうお方もおりますの」


「問題ない。聖女の力はすさまじいな」


「大体の物は治せますけど、治せないものも多いんですよ。死者は蘇らせることはできませんし、切断された四肢をくっつけることも出来ませんし、無くなった臓器を復元することも出来ません」


 聖女の力と聞くと、凄いものだと思うお方が多いですが、実際は普通の治療でしか治せないようなものしか治せません。


 その代わりに、治せるものならすぐ完治できますし、私が張った結界の中にいれば、傷が治り続けるようにも出来ますのよ。


「ちゃんと治っているか、念の為に触って確認しますわね」


「えっ?」


 逞しい二の腕にそっと触れて、痛みが無いかの確認をしました。見た感じ、もう痛みは残っていないみたいですが……またしても、エヴァン様が固まってしまいました。


「え、エヴァン様? 大丈夫ですか?」


「………………………………はっ。ああ、大丈夫」


「ああ、もしかして主様……まだあの事を話していませんか」


「ああ。だって……恥ずかしいからな」


「隠していることが恥ずかしいです。シエル様」


「は、はい」


 突然真剣な表情のエレンから話しかけられた私は、ピンッと背筋を伸ばして返事をしました。


「ご存じかもしれませんが、主様は会話が苦手です。特に女性との会話は苦手です。しかし、実はそれだけではなく……女性に触れるのも苦手なのです」


「そ、そうなのですか?」


「剣術や勉強をする時は、大体が男性と行っておりました。お世話係も男性が勤めています。だからでしょうね……主様は、女性に対して、免疫がゼロなのです」


「…………」


 気まずそうに顔を逸らすエヴァン様のお姿を見るに、嘘というわけではないようです。


 握手をしたり、腕を触った時に、何故か不自然に固まっていたのは、こういった理由だったのですね。


 別にそういうことなら、早く言ってほしかったですわ。誰にだって苦手なことはあるのですから、わざわざ隠す必要なんてありませんのに。


 ……それにしても、この数日間だけで、エヴァン様の色々なことが知れてますわ。知れば知るほど親しみやすくなって、もっと知りたいと思います。


「……そろそろ休憩は終わりだ」


「もう少しだけ見ていてもいいですか?」


「ああ、好きにすると良い」


「終わったら、タオルで体を拭かせていただきますね」


「なっ……結婚前の女性が、男の体に触るというのは……」


「婚約者なのだから、お気になさらず。頑張ってるあなたのお手伝いがしたいんですの。それと、女性に触られても大丈夫になるための練習です」


「……そうか……ありがとう」


 短く感謝の言葉を残してから、再び鍛錬に入ってしまいました。


 まだ結婚もしていないのに、男性の体を拭くだなんて、ハレンチなことなのは自覚していますが……エヴァン様のお手伝いがしたいですし、今後触れるたびに固まってしまっていては、なんだか申し訳ありませんし。


 それに……あの鍛えられた体をもっと触れてみたいと申しますか……あ、あはは……。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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