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第十話 これも運命

 私は一度深呼吸をしてから、自分が生まれてからあったことを、大雑把に説明し始めました。


 愛人の子という理由で、屋敷の人間全員から手酷い扱いをされていたこと、幼い頃から姉にいじめられていたことや、姉よりも美しいからという理由で、義母からやっかまれていたことや、私を家のための道具としか思っていない父のこと。


 そして、兄妹のように仲が良かったローランお兄様と婚約を結んでましたが、突然お亡くなりになってしまった話をしました。


 その話の後、婚約破棄の内情もお話しました。すると、エヴァン様は大きく溜息を吐かれました。


「ローラン殿のことは、俺も聞いている。本当に惜しい人を亡くした……彼のご冥福を、心からお祈りする。そして……やはりアイシャは、そういう女性だったか」


「わかってたのですか?」


「目を見ればわかる。彼女だけではなく、ご両親も使用人も、くすんだ眼をしてると思った。こういう人間の性根は、大体が腐っている。だが、婚約を結ぶメリットが大きかったから、婚約を受け入れた」


 わかっていて婚約をするなんて、よほど婚約のメリットが大きかったのですね。

 とは言っても、そのメリットというのは一体何なのでしょう?


「他の男を勝手に好きになったから君を身代わりにするのは、想定外だったが、俺にとっては良かった。これも運命なのかもしれない」


「運命、ですか?」


「いや、なんでもない。それよりも……君は俺の想像よりも、大変な生活をしていたのだな。先程の傷も、それが関係しているんだな」


「その通りでございます」


「なんて言葉をかければいいのか……もっと俺が、会話が得意なら……君を励ますことができたかもしれないのに」


「お気になさらないでください。あなたの気持ちは、私にしっかり伝わっておりますわ。実際に私の胸の奥が、あなたの優しい気持ちで、とても暖かくなっております。こんな気持ち、ローランお兄様と一緒にいた時以外に、感じたことがありません」


 言葉に出来なくたって、エヴァン様が私のことを考えてくれているのが、よくわかります。

 ずっと酷い生活をしていた私にとって、それだけでも満たされるほど嬉しいことなのです。


 ……そうですわ。エヴァン様が優しいお方なのだから、もうダメかもしれないと思っていたあの事をお願いしたら、叶えてくれるかもしれません。


「話は変わるのですが……エヴァン様、一つご相談がございます」


「相談? 俺に出来ることなのか?」


「はい。実は……私、フィルモート家の領地に行きたいのです」


「どういうことだ?」


「あまり公にはされていないことなので、内密にしてほしいのですが……フィルモート家の領地に住む民は、とても重い税が課せられております。払えなければ老若男女問わず体で払わせられます。逃げようとすれば、その場で殺されることもありました」


「…………」


 フィルモート家のしている独裁者のような内容を聞けば、エヴァン様が目を丸くして驚くのも無理はありません。


「悔しいことに、私には現状をどうにかする術はありません。ですが、少しでも民の皆様の負担が減るように、仕事を手伝ったり、励ましたりしていたのです。それで、今後もそれを続けるために、フィルモート家の領地へ行くことのお許しを貰いたいのです」


「フィルモート家の人間が、そこまで腐っているとはな……とにかく、事情はわかった。だが……んん……」


 エヴァン様は、いつになく難しい表情を浮かべながら、唸り声のようなものを漏らしていた。


「難しいでしょうか……?」


「俺から許可を出すことは、いくらでも出来るのだが、相手がそれを拒否してくる可能性がある。君への扱いを聞いた後だと、なおさらその可能性が非常に高いと結論付けざるを得ない」


 い、言われてみれば確かにその通りですわ……私ってば、エヴァン様の許可さえ下りれば、いつでも行けるとばかり……自分の浅はかさが恨めしい。


「……すぐにどうにかすることは出来ないが、何とかできないか方法を考えてみよう」


「えっ? いいのですか!?」


「ああ。なんて言うのが正解かわからないが……君が民を想う気持ちに、感銘を受けた。俺もその民達を支える手助けがしたい……そう思ったんだ」


「ありがとうございます! 私、嬉しいです!!」


 エヴァン様の協力を得られたことが嬉しくて、彼の両手を握ってブンブンと振ってしまいました。


 いくら嬉しいからといっても、こんな子供のようなはしゃぎ方をしてしまうだなんて、恥ずかしすぎる。そう思ったのは、何度もブンブンしてからでしたわ。


「はっ!? た、大変失礼いたしました! 嬉しさのあまり、つい……!」


「…………」


 咄嗟に謝って手を離しましたが、エヴァン様の返事がありません。私を見つめたまま、固まってしまいました。


 ああ、どうしましょう……せっかく良くしていただいていたのに、こんなことでエヴァン様を怒らせてしまったかもしれません。


「……いや、いい。気にしないでくれ」


「で、ですが……私……」


「嬉しかったのだろう? それなら、良かった」


「エヴァン様……」


「主様、ご歓談中に失礼いたします。そろそろお部屋に戻って、お仕事に取り掛かる時間でございます」


 もっと謝るべきか、エヴァン様の言葉をそのまま受け取るべきか悩んでいると、初老の使用人がエヴァン様を呼びに来ました。


「わかった。それじゃあシエル、また明日」


 このままでは、今日はもうエヴァン様と話す機会が無くなってしまいます。この際謝るのは後日に回すとして、今日のお礼と思ったことを、ちゃんと伝えませんと!


「あ、エヴァン様! お食事、とても楽しかったですわ! それに、会話が苦手と仰っていましたが、ちゃんと話せておりましたし、もっとお話したいと思いました! だから……また、一緒に過ごしてくれますか?」


「っ……! あ、ああ。もちろんだ」


「嬉しいです。引き止めてしまい、申し訳ございませんでした。おやすみなさい」


「おやすみ」


 ちゃんと伝えたかったことを伝え終わると、エヴァン様は彼と一緒に部屋を後にされました。そして、それと入れ違うように、エレンが部屋に入ってきました。


「失礼いたします、シエル様。寝巻へのお着替えのお手伝いに参りました」


「そんな、それくらい自分で出来ますのに」


「遠慮は不要でございます。こちらで寝間着はご用意いたしております」


 エレンが着替えさせてくれた寝間着は、薄いピンク色のネグリジェでした。これも肌触りが良いもので、抜群の着心地でした。


「サイズが少々大きいようですね。明日までには、ピッタリの物をご用意いたします」


「これでも、十分すぎるのですが……」


「いけません。健全な肉体と精神を養うには、環境が大切なのです。それは、着ている服も含まれます」


 エレンには私の実家での暮らしを伝えていませんから、これで十分なのがわからないのですね。


「では、本日はこれにて失礼いたします。何かご用がおありでしたら、そこにあるベルを鳴らしてくださいませ」


「わかりました。本日はいろいろとありがとうございました」


「勿体ないお言葉です。では、おやすみなさいませ。良い夢を」


「おやすみなさい」


 エレンが部屋を去り、誰もいなくなった部屋の中で、私はベッドにボフンッと飛び込んだ。


 さっき少しだけ眠ったのに、既に眠くて仕方がない。それほど、今日起こったことの密度が高すぎましたわ。


「こんな素敵な家に嫁げて幸せですが……私の目的を、忘れないようにしませんと……」


 ここで幸せに暮らしていたら、領民達は永遠に救われませんし、なによりも……悪事を働いている家族が、のうのうと過ごすことになる。それだけは、絶対に許せません。


 ……でも、一体どうやって領民を救えばいいのでしょう? どうやって家族に復讐をすればいいのでしょう……ダメですわ、眠くて頭が回りません……。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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