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第一話 突然の訃報

「……ふう、疲れましたわね」


 固くなったパンを、ほとんど具が入っていないスープに浸して食べていた私は、誰もいない自室で小さく溜息を漏らしました。


 女性の細腕で、ずっと放置されていた倉庫の荷物の片づけを一人でさせられて、クタクタになってしまいました。


 これで、もし時間通りに仕事が出来なかったら、お父様とお義母様から手酷い罰を与えられてしまいます。


「この後は、片づけた倉庫の掃除をしませんと……あと、庭の草むしりも残ってましたわ。一人で終わる気がしません……誰か使用人が手伝ってくれればいいものを」


 私が頼んだところで、使用人は誰も助けてくれないどころか、苦労する私を遠目に見ながら、クスクスと笑うでしょう。


 いくら私がお父様と愛人の間に生まれた子だからって、こんな酷い仕打ちをされる筋合いなど無いのだけど、いくら言っても改善されないので、半ば諦めてしまっております。


 その代わりに、この家の人に対するドス黒い感情が、日に日に積もっておりますわ。


「はあ、力仕事をした後ですし、もう少し、具材が入っているスープをいただきたいですわ……言ったところで、入れてくれないでしょうが……」


「シエル様、失礼いたします」


 一人寂しく自室で質素な食事をいただいているところにやってきたのは、私の侍女を務める若い女性だ。

 侍女とはいえ、私に対してはとても冷たい態度を取る。


「トラルキル伯爵家から、使いがお越しになられました」


「ローランお兄様の家の使者? 急にどうされたのでしょう……明日一緒にお茶を飲む予定だったのを、キャンセルしたいとか?」


「いえ。トラルキル伯爵家の当主、ローラン様がお亡くなりになられたそうです」


 ……は? な、亡くなられたって……言っている意味が全く理解できません。


「つ……つまらない冗談はおよしなさい。いつもあなたの不敬な態度を見逃しておりますが、言って良いことと悪いことがございますわ」


「冗談ではございません。何日か前に、自室で倒れているところを発見され、そのまま帰らぬ人になられたとのことです。既に身内だけで葬式も完了して、次の当主をどうするかで揉めているようです」


「……そんな……うそ……」


 あまりにもショックが大きすぎて、言葉が出ませんでした。

 その代わりに、言葉として成り立っていない変な声と、頬を伝う涙だけが、私の気持ちを代弁してくれました。


「…………」


 ――そこから先のことは、あまり覚えておりません。気が付いた時には、私は真っ黒なドレスを着て、トラルキル伯爵家の敷地に建てられた、立派なお墓の前に立ってました。


「ローランお兄様……」


 ローランお兄様は、私がまだ幼かった頃から交流があった男性で、実の兄のように慕っていたお方です。だから、彼のことをお兄様と呼んでおりました。


 家では全ての人間から疎まれ、虐げられていた私を、彼は偏見の目を持たずに仲良くしてくれたのです。


 一緒に屋敷の庭を走り回ったり、お茶を飲んだり、勉強をしたり、お出かけをしたり、絵本を読んでもらったり、冒険をしたり……数えだしたらキリがないくらい、彼とは思い出がございます。


 そんな彼のことが、私は大好きでした。しかし、その感情は恋心ではなく、家族としての意味合いが強い感情でした。


 それは彼も一緒だったようで、互いの婚約が決まった時も、結婚してもあまり変わらなさそうだと笑っておられました。


 元々家族みたいだった人と、結婚して本当の家族になれば、こんな家からも出られるし、毎日幸せな生活が出来ると思っていたのに……その夢は、粉々に壊されてしまいました。


「ローランお兄様……一体何があったのですか……去年、あなたのお父様が亡くなられた時、自分がこの家を守るんだって意気込んでいたのに……どうして……どうして、自殺だなんて……!」


 ここに来るまでに聞いたことで、数少ない覚えていることが、トラルキル家の使用人が仰っていた、ローランお兄様は自殺ということ。


 いつも前向きで明るく、家のために奮闘していたローランお兄様が、自殺をするだなんて、到底思えません。


 しかし、国のお医者様が調べた結果、自殺だということが確定してしまったし、私が知らない間にお葬式は済まされ、埋葬されてしまいました。これでは、もう確認のしようがない……。


「あなたが自殺なんて、するはずがありませんわ! 一体あなたになにがあったのですか!? ローランお兄様、教えてください! 教えて……お願いします……教えて、ください……どうして私を置いて、逝ってしまわれたの……ですか……?」


 子供のように泣きじゃくる私の声に応えてくれるお方は、当然誰もおりません。しんと静まり返る墓地に、私の声が虚しく響き渡るだけでした。


「お願い、帰ってきて……私、あなたしか信じられるお方がおりませんの……あなたがいないと、寂しくて、つらくて……私、どうすれば……」


 墓石にすがるように撫でながら、私は弱音を漏らし続けます。


 墓石はとてもひんやりとしていて……きっとローランお兄様が亡くなった時も、こんなに冷たくなっていたのだろうと思うと、余計に涙が止まりません。


 そんな私の元に、侍女が静かにやって来て、衝撃的な言葉を投げかけてきました。


「シエル様、早くお帰りになられないと、本日分の仕事が終わりません」


「し、仕事ですって……? 大切な家の仕事ならまだしも、たかが屋敷の倉庫の掃除のような雑務を、婚約者のお墓参りを放り出して仕事をしろと仰りたいのですか!?」


「はい。あなた様のご都合など、私にも家にも関係ございません。きっちりやってもらいませんと、私が怒られてしまいます。ああ、一応あなたが罰を与えられるのが可哀想というのもありますけど……くすくす」


 先程とは別の意味で、言葉が出なかった。元々私への扱いは酷いのはわかっておりましたが、ここまで人の心が無いとは思ってもみませんでしたもの。


 ――結局私は、そのまま侍女に強制的に家まで連れ戻されてしまいました。


 使用人達が私を見ながら、哀れんだり嘲笑してくる中、私は着替えるために自室に戻ってくると、私と同じ銀色の髪の女性が出迎えました。


「あら、辛気臭い顔が帰ってきてしまいましたのね。ああやだやだ、近くにいるだけで辛気臭さが移ってしまいそう。この部屋も物が無くて、華がありませんわ」


 私が帰って来て早々に悪口を言ってきた彼女は、お姉様のアイシャ・フィルモート。私の異母姉妹なのだけど、彼女も例に漏れず、私の扱いは酷いものですわ。


「ご用が無ければ、出ていってくださいませ。仕事をしなければなりませんし、一人になりたいので」


「まあまあ、シエルったら。一人前に落ち込んでおりますの? うふふ、とっても優しいワタクシは、婚約者が無様に死んで傷心中のあなたに、とっておきのお話を持ってまいりましたのに」


「……興味ありません! それに、なんですかその態度は! 人一人が亡くなったというのに、へらへら笑って……! 人の心が無いのですか!?」


「人の心? もちろんありますわ。シエルが婚約者を失って落ち込んでいる姿を見てると、とっても楽しいですもの~! これも楽しいという人の心ですわよね?」


「このっ……!!」


 あまりにも神経を逆撫でする態度に激昂し、握り拳を振り抜きそうになりましたが、グッと我慢しました。

 ここで殴り飛ばしても、この時だけスッキリするだけで、私が不利になるだけですからね……。


「そうそう、とっておきの話なのですけど……。ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」


ここまで読んでいただきありがとうございました。


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