5,有紀さん
仮島シノンは...俺を助けてくれた人でもある。
まあ中学時代はやさぐれていたのもある。
だから仮島さんによく助けられたのだ。
俺なんかによく構ってくれた。
「...懐かしいな」
「お兄さん?」
「...仮島は良い奴だからきっと頼りになると思う」
「仮島さん...確かに私に対して優しかったです」
「ああ。だから信頼出来ると思う」
それから俺達は地下街のカフェに来た。
カフェはパン屋と併設されたカフェであった。
詩織は静かな店内を見渡す。
居るのはサラリーマンっぽい人。
つまり普通にスーツ姿で通勤していると思われるパソコンなどをいじっている男女が居た。
俺はそんな人達を見てから詩織を見る。
詩織は「オススメは切られたフランスパンです」と話す。
「え?フランスパンなんだな」
「はい。バターと蜂蜜で味をシンプルにしてあります」
「成程な。そりゃ美味いわな」
「ですね。私は大好きなメニューです」
詩織は微笑む。
それから詩織はメニューを観察していると「あら。詩織ちゃん」と声がした。
横を見るとふくよかな感じの丸眼鏡のおばさんが居た。
俺達に笑みを浮かべている。
「こんにちは。鈴木さん」
「詩織。そちらは?」
「あ、私の知り合いのおばさまです」
鈴木という女性は「宜しくねぇ」と頭を下げる。
そして気が付いた。
鈴木さんは...片腕が無い事に。
より正確に言えば肩から左腕が無いのだ。
「俺は空田有紀と言います。宜しくです」
「アハハ。詩織ちゃんの彼氏かい?」
「ち、違います!」
「そうなのかい?残念だね」
俺はクスクスと笑う鈴木さんを見る。
何となく分かった。
この女性が何故...詩織と仲良くなったのか。
そう考えていると鈴木さんが「私は詩織ちゃんの親戚に近い存在だよ」と俺に笑みを浮かべた。
俺は「!」となる。
「ただの店員から...知り合いになれたんだ」
「良かったな。詩織」
「はい。私、鈴木さんが大好きなんです」
鈴木さんは「私は見ての通り左腕が無くてね。障がい者雇用で此方でお世話になっているんだ。ささ。席に座りな」と促してくる。
俺達は顔を見合わせてから椅子に腰掛ける。
それから「それじゃ注文を聞こうかね」と機械を取り出す。
俺は「フランスパンの焼いたのあります?」と聞く。
鈴木さんは「あるね。それにするかい?」とニコッとした。
「ラスク風味に思ってもらえたら良いよ」
「はい。ありがとうございます。詩織に勧められました」
「詩織ちゃんから!やっぱり恋人みたいだね!」
「違います!」
詩織は満更でも無い感じで否定する。
なんだこの否定の仕方。
俺は苦笑しながら詩織を見る。
クスクスと鈴木さんは笑いながら「じゃあ待ってな」と厨房に戻って行く。
詩織は「全くです」と赤くなりながら俺を見る。
「そんな感じに見えるんですかね?」
「まあ事実上はな」
「そ、そうなんですか」
「ああ。...まあでも俺達はそんな仲じゃないしな」
「...ですね。でも...」
詩織は俺を見上げる。
それから微笑む。
そして「それでも決して嫌ではないです」と話した。
は?嫌ではない?
「...詩織。どういう意味だ」
「内緒です」
「...気になるな」
「そういえば」
いきなり詩織は話題を変えた。
それから俺を見てくる。
俺は「?」を浮かべてから詩織を見る。
「私達が出逢った時の事、覚えてます?」と聞いてきた。
「?...ああ。まあな。全員が中学生だったな」
「ですね。懐かしいです」
「でもいきなりそんな話題を出してどうしたんだ?」
「はい。内緒...でもないですね。...お兄さん」
「あ、ああ?」
「いえ。有紀さん」
「は?」
詩織は俺を真っ直ぐに見る。
そして詩織は「私、これからお兄さんを親しい意味で有紀さんと呼びますね」とニコニコした。
俺は驚きながら「な、なんで?」と聞く。
すると詩織は「呼びたいからです」と返事をした。
「私が呼びたいからって...」
「私の事を詩織と呼んで下さってます。それなのに私だけが有紀さんじゃないのはおかしいですよね?」
「いや。おかしくはないだろうけど...」
「駄目ですか?」
俺を見る詩織。
そんな姿に「ま、まあ良いよ別に。呼ぶのは構わない」と返事をする。
それからモジモジして沈黙する俺達。
すると沈黙を破る様に鈴木さんが戻って来た。
「はいよ!フランスパントースト。それもコーヒーではないスペシャルセットね!」
「ドリンクはスペシャルはココアなんです」
「ああマジか。美味しそうだな」
「甘い物に合いますから」
それから詩織は俺に笑みを浮かべる。
鈴木さんは「アッチチのうちに食べなさいね!」と言い残し他のお客さんの接客をしに行った。
詩織は「じゃあそうなると先ずは...えへへ」と小さくフランスパンを切る。
そして小さいフランスパンをフォークで刺した。
それを差し出してくる。
「はい。あーん。有紀さん」
「は?は!?注文品は同じ物だろ!?」
「仲が良いですよね?私達」
「だからってお前!?これは...恋人がする事だぞ!」
「ですかね?」
詩織は首を傾けすっとぼけているが絶対に知っている筈だ。
詩織は差し出したまま俺を見る。
俺は詩織を疲れさせたらマズイかと思い食べた。
甘いフランスパンの味が...しない。
何故ならそれ以上に何かが香る甘い味がした...。
クソ。
詩織のやつは一体何を考えている?




