1、浮気した姉と皮膚病の妹
「満里奈。俺はお前とはもう付き合えない」
眉を顰めながら俺、空田有紀はそう佐藤満里奈に...ファミレスで告げた。
目の前に居る長髪の美人はオレンジジュースをストローで飲んでいた。
唖然としながら俺を見る。
俺はそんな満里奈に対して「お前...他の男と浮気したろ。キスしたろ」と告げる。
満里奈は「ああ。それ...いやチークキスだよ?」と言う。
嘘を吐くね。
唇同士の濃厚なキスだったっつーの。
「この期に及んで嘘を言うか」
「私はキスしてないって」
「まあ見ていたからな。言い訳出来ないって」
「そう。なら別れるけど...追って来てたんだね。最悪」
佐藤満里奈は口をへの字にする。
オレンジジュースの入ったガラスのコップを隅に置く。
それから3月の空を窓から見てから「じゃあ別れよう」と言ってから去って行った。
俺は「潔すぎるだろ」と呟く。
頭にくる。
「...まあでも」
これで分かった。
俺には女性には縁は無いんだわ。
そう思いながら俺はやけくそでジュースをドリンクバーという事もありありったけに飲んでからファミレスを後にした。
ったくクソ野郎が。
☆
そして俺は歩いてマンションに帰宅していると「お兄さん」と声がした。
俺はその声の聴こえた方角を見る。
そこにセーラー服姿の佐藤詩織が居た。
佐藤満里奈の妹である。
制服が似合っている感じのリボンをしている美少女。
髪の毛をボブヘアーにしている。
中学3年生の女子だ。
俺はそんな詩織に「ああ」と返事をする。
それからその皮膚を見る。
包帯が巻かれていた。
それをゆっくり見えない様に隠す詩織。
「今日は平気なのか?」
「...はい。...比較的大丈夫ですね。日差しもですけど」
詩織は実はあちこちの身体の皮膚が弱い。
あちこちに病院から処方された軟膏を塗って...学校に行っている。
聞いた噂では少し厄介な治りにくい皮膚病と聞いた。
人にあくまで感染はしないらしいが...日常は生きずらいという。
何故かといえば乾燥している部分の皮膚が若干シミみたいに黒いからもあるだろう。
それもそれは顔にもある。
大切な部位に...大きなシミの様に。
「...」
「...大丈夫ですよ。お兄さん」
「今日も恐らく白い目で見られているよな」
「もう慣れました」
列車とかだと色が少し黒く変わったその皮膚を見ながら感染を起こすんじゃないかと人が避けて行ってしまう様である。
昔では化け物とからかわれた過去もあった。
俺はその姿を見ながら複雑に思い立っていると「そういえば」と詩織が強引に話題を変えた。
それから「お姉ちゃんは」と聞いてくる。
俺はビクッとしながら「あ、ああ。用事だって」と答える。
すると「そうですか」と柔和になる。
「お兄さんの顔が深刻だったので」
「...俺か?」
「ですね」
「...まあ大丈夫だ。俺はな」
「そうですか?」
なんというか浮気は浮気だがこの事で詩織にまで負担をかけさせたくないな。
詩織は何も悪くないんだから。
そう思いながら俺はマンションに入ってから詩織と一緒にエレベーターに乗る。
実は佐藤一家も俺と一家はこのマンションで同じ階層に暮らしている。
それもあったのでいつしか俺は満里奈と付き合った、のだが。
「あ、そうだった。お兄さん。後でなんですけど...実は宿題が分からないので教えていただきたいです」
「...ああ。じゃあ俺の家に直に来たら?」
「え?良いんですかね」
「いや。そりゃまあ」
「...分かりました」
なんか満里奈と正反対だよな。
詩織の性格は...本当に。
満里奈が詩織だったら良かったのにな。
思いながら俺は家のドアの鍵を開けてから詩織を迎え入れる。
詩織は「お邪魔致します」と礼儀正しく入る。
「お兄さんの家、変わらないですね」
「ああ。亀か」
「そうです。いつもとんちゃんに癒されています」
とんちゃんというのは家の亀の名前だ。
亀を飼っており俺がお世話している。
縁日で掬った亀だが元気にすくすく育ち。
今では大きな可愛い亀になった。
そんなとんちゃんを眺めながら詩織は指先で水槽に触れてニコニコしている。
「とんちゃんも元気そうで」
「そうだな。縁日で掬った亀だったんだがな。寿命短いと思ったんだがまさかだよなぁ」
「ふふ。懐かしいですね」
「...ああ」
満里奈と詩織と俺と。
その3人でお祭りに行っていた。
だけど今となってはもう満里奈はどうでも良い。
そして俺はこの先、恋をする事は無いだろう。
「お兄さん」
「?」
「...私、今の生活が楽しいです」
「え?」
「今、こうしてお兄さんも幸せで...私もお姉ちゃんも幸せですから」
「...」
俺は詩織を見る。
詩織の手を見てから乾燥しているのを確認する。
俺は詩織に「手、乾燥しているぞ」と告げる。
詩織は手が乾燥するとすぐひび割れる。
保湿作用が無いから。
「はい。ありがとうございます。お兄さん」
「軟膏塗ってくれ」
「はい」
それから詩織は直ぐに軟膏を手に塗る。
薬の痛みに顔を歪める詩織。
俺は「大丈夫か」と心配げに聞く。
すると「慣れてますから」とゆっくり詩織は答えた。
「痛みはもう慣れました」
「...なあ」
「はい?」
「...その。ご両親は...というか。父親は変わらずか」
「ですね。どっかで女をひっ捕まえているんでしょう。私にとっては凄く悲しいですけど。...もうどうでも良いです」
「お前は凄いな」
「いえ」
詩織は控えめに答えながら少しだけ悲しげな顔をする。
そんな姿に俺は「こんな場所で話していてもなんだ。部屋に入ろうか」と言う。
軟膏を塗り終えた詩織は「はい」と答えた。
それから俺達はリビングに入る。
「そういえばお兄さん」
「...ああ。どうした?」
「今日はお姉ちゃんと...話をしに行ったじゃないですか」
「あ、ああ。確かにな」
「何の話だったんですか?」
「...何でもない。高校の小テストの話だった。進路とかな」
「...!...成程」
俺の答えに控えめの笑みを浮かべる詩織。
そんな詩織は「...じゃあ早速教えて下さい」と宿題を鞄から出す。
俺は「ああ」と返事をしながら詩織から宿題用紙を受け取る。
どうやら数学の様だった。
俺はシャーペンを取り出してから椅子に座る。
詩織もゆっくり椅子に腰かけた。
「詩織」
「はい?」
「...ありがとう」
「え?な、何がですか?」
「いや。お前の顔を見たらさ。安心したから」
「変な有紀さんですね」
「ああ。今日はおかしいよ。俺はな」
「ふふ」
詩織はくすくす笑う。
俺はそんな詩織に数学の解き方を教えていく。
そして充実な時間を過ごしてから...飲み物を入れて他愛ない話をした。




