第7話 王都査察隊、来る
お読みいただきありがとうございます。
前回、アレンの前に“王都査察隊”が現れました。
いよいよゲームでの「処刑イベント」に突入――ですが、彼はただの領主ではありません。
果たして、無能を演じる男の“本当の狙い”とは?
今回は、政治戦と心理戦が交錯する緊迫の一話です。
朝靄の中、鐘が鳴った。
「王都査察隊、領内に入ったぞーッ!」
見張りの声が城壁に響く。
緊張した空気が、一気に屋敷を包んだ。
アレンは書斎の窓から外を見下ろす。
街道を進むのは百五十名の軍勢。
青と白の王都の紋章旗を掲げ、重装歩兵を中心に整然と列を成している。
“査察”とは名ばかり。
その動き、目線、全てが“討伐”のそれだった。
(やはり来たな……シナリオ通りだ)
彼らを率いるのは、王都視察官――ロイ・エッセン。
かつてアレンを冤罪で処刑に追い込んだ張本人。
まだ若く、上司に媚びることで出世した小役人。
アレンは深呼吸し、ゆっくりとマントを羽織る。
「ガリウス、民兵の配置は?」
「町の入口に布陣済みですが、武器は伏せています。
“歓迎の儀”のように見せかけました」
「いい。撃ってはいけない。
――だが、“恐れぬ空気”は見せろ」
「承知しました」
アレンは笑みを浮かべる。
怠惰な領主の仮面を被りながら、
その瞳だけは氷のように冷たい。
⸻
午前。
王都査察隊が屋敷の前に到着した。
金の飾りを施した馬車が先頭に止まり、ロイ・エッセンが降り立つ。
二十代前半の若者。絹の手袋に白の軍服。
その笑顔には、薄っぺらい自信と権力の匂いが漂っていた。
「これはこれは、ボルストン領の“怠惰卿”アレン殿。
この度は王都よりの査察を受けていただき、光栄に思います」
「わざわざ遠いところを。
歓迎の用意もできず、申し訳ないね。いやぁ、寝てたもんで」
わざと大欠伸をして、椅子に腰を下ろすアレン。
兵士たちの視線が冷ややかに向けられる。
(いい、もっと俺を見下ろせ)
(その間に、“後ろ”で全部動かす)
ロイが笑みを浮かべた。
「まずは簡単な確認を。
近ごろ、あなたの領内で“兵の訓練”が行われているとの報告がありましてね」
「訓練? あぁ……あれは農民が畑の鍬を振るってただけだよ」
「……鍬?」
「そう。害虫退治だ。人が多いと、虫も逃げる」
「はは……そうですか」
ロイは笑いながらも、机の上に一枚の書簡を置いた。
「王都からの正式命令です。“臨時監査”のため、全ての財務記録と徴税台帳を提出していただきます」
(出たな、“査察ルート”。ここで抵抗すると、反逆確定)
アレンは紙を受け取り、まるでどうでもよさそうに眺める。
「わかった。ただし、今日の昼飯のあとでな」
ロイの眉がわずかに動く。
「……今すぐでなくては困ります」
「腹が減ってると、数字が多く見える。飯のあとなら誤魔化しも少ないだろ?」
場に、わずかな笑いが起こった。
兵士の一人が思わず吹き出す。
ロイはそれを見て、眉を吊り上げた。
「……昼までに、資料を準備しておけ」
言い残して、部下を連れて部屋を出ていった。
⸻
静寂が戻る。
ガリウスが小声で言う。
「本当に昼まで放っておいてよろしいのですか?」
「いや、昼までに“民”を動かす。今が最大の好機だ」
アレンは立ち上がる。
机の引き出しから数枚の紙を取り出した。
それは、昨日の夜に書いた“民兵契約書”の写し。
「この紙を市場と教会に貼れ。
“領主様は税を下げ、治安を守るために血盟を結んだ”――そう噂を広めろ」
「査察の前に民を味方につける……なるほど」
「そうだ。査察隊の前で、民が“俺を慕っている”と見せられれば、
王都は軽々しく手を出せない」
ガリウスは頷き、すぐに部下を走らせた。
⸻
昼。
屋敷の門前に、数十人の村人が集まっていた。
手に手に籠や果物、花束を持ち、
「領主様ばんざい!」と叫んでいる。
アレンは窓の陰からその様子を見て、微笑んだ。
(いい、これで“民意の盾”は整った)
その時、ロイが怒りを押し殺した声で現れる。
「……これは一体、何の騒ぎですか?」
「昼飯を持ってきてくれたんだよ。
ほら、あのリンゴ、うちの農民が自慢してるやつだ」
ロイの顔が引きつる。
彼が求めているのは“反逆の証拠”。
だが目の前の領主は、笑顔で民に愛されている。
(どうした、ロイ。お前の上司に報告できる“罪”は、何もないだろ?)
ロイは舌打ちをして、部下に命じた。
「……屋敷をくまなく調べろ!」
兵たちが散り、屋敷中を調べ始める。
だが、そこには何も出てこない。
武器は鍬に偽装され、訓練記録も帳簿も完璧。
焦燥の色がロイの顔に浮かぶ。
その瞬間――。
「視察官殿!」
一人の兵が駆け込んできた。
「地下倉庫で、“密書”らしきものを発見しました!」
アレンの瞳が細くなる。
(……密書? そんなもの、俺は隠していない)
ロイの口元がにやりと歪む。
「ほう……やはりありましたか」
兵が差し出した封筒には、
――“クラフト宰相府”の紋章。
(……まさか、俺の密告書を?)
アレンの心臓が跳ねた。
あれはリナから届いた、“宰相府の密命書”。
確かに書斎の奥に隠してあったはずだ。
(誰だ……誰が持ち出した……?)
ロイが声を張り上げる。
「王都宰相府の文書を不正に所持――これは、国家反逆罪に相当する!」
ざわめきが起きる。
兵たちが剣を抜き、屋敷を取り囲んだ。
アレンは目を伏せ、静かに息を吐いた。
(まだ慌てるな。冷静に、状況を見ろ)
その時、階段の上から誰かの声がした。
「おやおや、ずいぶん賑やかですね」
ゆっくりと降りてくる影。
黒髪をまとめた、薄い笑みの青年。
その胸には――王都宰相府の徽章。
「初めまして、アレン・ボルストン卿。
私は、宰相直属の監察官《クラフト家筆頭補佐》――
アーサー・クラフトと申します」
ロイが慌てて敬礼する。
「アーサー様!? なぜここに……!」
アレンは一歩だけ前へ出る。
「……クラフト?」
青年の目が笑った。
「ええ、叔父――アーウィン・クラフトの代理として参りました」
冷たい沈黙。
そして、青年の口から出た一言が――
屋敷中の空気を凍らせた。
「本日をもって、あなたの“領主権”を剥奪します」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ついに現れた宰相アーウィンの甥・アーサー・クラフト。
第7話の終わりで、アレンの“領主権剥奪”が宣告されました。
ですが――これはまだ、アレンの仕掛けた“序章の罠”。




