第5話 策謀の夜会
王都よりの使者が到着したのは、秋の終わりだった。
銀の馬車に揺られて現れたのは、若き視察官ロイ・エッセン。
金髪に整った顔立ち、だがその瞳には明らかな軽蔑が宿っていた。
「ボルストン卿、あなたの領地経営には疑義があるとの報告を受けています」
開口一番、それだ。
さすが王都貴族。礼儀よりも優越感を優先するらしい。
アレンは笑顔を崩さず、だらりと椅子に座ったまま答えた。
「そうか。だが俺は無能だ。期待されても困る」
ロイの眉がぴくりと動いた。
「……あなたが怠惰であることは、王都でも有名ですよ」
「そうだろう? わざわざ視察に来るほどの価値もない領主だ」
挑発的な笑み。
アレンはわざと“頭の悪い貴族”を演じ続ける。
怒りと軽蔑を引き出し、相手の本心を見たいからだ。
案の定、ロイの口元には小さな歪みが浮かんでいた。
「ふむ。やはり噂通りですね。……怠惰卿」
背後でガリウスが小さくため息をついた。
だが、アレンは満足げにグラスを傾けた。
(これでいい。油断させろ。俺は“馬鹿を演じる役者”だ)
⸻
夜。
領主邸の大広間では、王都からの視察団と近隣貴族を招いた“夜会”が開かれていた。
音楽と香油の匂いが漂う中、笑い声が混じる。
アレンは豪華な服を着ていたが、その目は冷えていた。
視察官ロイが杯を掲げ、声を上げる。
「この地が、我らの王国の繁栄にふさわしい土地であることを願って!」
「乾杯!」
歓声が響く。
その裏で、アレンは別の「声」に耳を傾けていた。
(……地下の通用口に、不審な影三つ。動きが速いな)
屋敷の裏手、見張りをしていたガリウスの部下から報告が入っていた。
今夜、この夜会に合わせて「暗殺」が仕掛けられている。
狙いはアレン――もしくは彼の代わりに、この屋敷そのもの。
(来たな。王都の腐った連中め)
アレンは笑顔を崩さず、ゆっくりと立ち上がった。
「少し風に当たってくる」
そう言ってバルコニーへと出る。
月明かりの下、静かに視線を巡らせた。
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「動きました、アレン様」
影の中からガリウスが報告する。
「裏門から三人。身のこなしが訓練された兵です」
「殺し屋か……依頼主はおそらく、あのロイだな」
「視察官ごときが、暗殺者を雇うなど……」
「王都の貴族は、“目障りな駒”を消す時だけは早い」
アレンは小さく息を吐いた。
「だが問題ない。迎えはもう用意してある」
⸻
同時刻、屋敷の裏手。
黒装束の男たちが闇に溶け込むように動いていた。
その先、開かれた扉の向こうには――
「ようこそ、怠惰卿の屋敷へ」
そこにいたのは、鎧を着た数名の兵士たち。
先日、ギルド資金で雇い入れた“民兵団”の精鋭。
「なっ……!」
「こいつら、罠か!」
次の瞬間、暗闇の中で金属音が弾けた。
短剣が飛び交い、火花が散る。
数分のうちに、侵入者たちは地に伏した。
ガリウスの副官が血に染まった手袋を外しながら言う。
「捕らえました。三名とも生きています」
「よし。王都まで“送り返せ”。ただし……」
アレンは冷たく笑う。
「“お礼状”を添えてな」
⸻
夜会の終盤。
何も知らないロイがワインを飲み干している。
「ふふん……貴方のような領主が王国の恥であること、すぐに報告してやりますよ」
「そうか。では、その報告書の代わりに――これをどうぞ」
アレンは小さな封筒を差し出した。
ロイが訝しげに開くと、中には血の滲んだ布切れと短い手紙。
《ご心配なく。あなたが雇った“使者たち”は無事帰しました》
ロイの顔色が一瞬で蒼白になる。
「な、なにを……」
「どうかしたか? 顔色が悪いぞ、視察官殿」
アレンはにこりと笑った。
「この領地では、害虫はすぐに駆除することにしている」
ロイは震える手で封筒を握りつぶすと、言葉を失った。
周囲の貴族たちはそのやり取りを聞き取れなかったが、
“怠惰卿の目が一瞬だけ冷たく光った”ことを、確かに見た。
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夜会が終わり、誰もいなくなった広間で。
ガリウスが深く頭を下げる。
「暗殺計画、無事阻止いたしました」
「上出来だ。これで王都の連中も、少しは慎重になるだろう」
「しかし……アレン様。あの視察官、今後は敵に回りますぞ」
「敵に回る分にはいい。中途半端に“味方面”される方が厄介だ」
アレンはワインを注ぎ、静かに言った。
「俺は敵でも味方でもない。
ただ、生き延びるために動くだけだ」
ガリウスはその横顔を見つめながら、心の中で呟いた。
(――やはり、この方は“無能”ではない。
だが、本人が一番それを否定しておられる)
⸻
屋敷の外。
月が沈む直前、アレンは一人で庭を歩いていた。
遠くで鶏が鳴き、夜の終わりを告げている。
(革命派、王都貴族、商人ギルド……全てが動き出している)
この世界は、ゲームの筋書きどおりに崩壊へ向かって進んでいる。
だが、アレンは小さく笑った。
「だったら、その筋書きを塗り替えてやる」
冷たい風が吹き抜け、灯りの消えた屋敷を包む。
その瞳に宿る光は――怠惰卿ではなく、“生存の策士”のものだった。
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