第39話 王家本隊
王家の直轄旗が、風を裂いて翻る。
白地に金の獅子。
それは王国そのものの象徴だった。
その旗の下に並ぶのは、精鋭中の精鋭。王都近衛騎士団、重装魔導歩兵、王家直属弓兵隊。統率も練度も、これまでとは明らかに違う。
丘は、包囲された。
三方向からの圧。
退路は、ない。
◇◆◇
「……終わりだ」
誰かが、呟いた。
声に責めはない。
ただ、現実だった。
三千は、もう三千ではない。
半数近くが倒れ、立っている者も満身創痍。
盾は欠け、槍は折れ、腕は震えている。
それでも。
誰一人、背を向けない。
◇◆◇
王家本隊の中央が割れ、一騎の白馬が進み出た。
若い。
まだ三十にも満たぬ男。
銀の鎧に王家の紋章。
――第二王子、レオルド。
彼は丘を見上げる。
その視線は、侮蔑ではなかった。
静かな観察。
「……あれが、グリード領主か」
副官が頷く。
「はい。噂以上の統率です」
レオルドは、しばし黙る。
丘の上。血に染まりながら立つ男。
逃げない。
崩れない。
「父上は、これを“反逆”と断じた」
低い声。
「だが……」
言葉を飲み込む。
◇◆◇
丘の上。
アレンは、白馬の騎士を見つめていた。
ただ者ではない。
空気が違う。
あれが本命。
「若……」
参謀が近づく。
「包囲は完成。持って、あと一刻」
アレンは頷く。
汗と血が混じり、視界が滲む。
それでも、立つ。
「伝令を」
「……?」
「民を避難させろ。全員、地下壕へ」
参謀の目が揺れる。
「若は?」
「ここにいる」
即答。
◇◆◇
王家本隊、前進。
ゆっくりと。
確実に。
圧が増す。
まるで巨大な波が、丘を呑み込もうとしているかのようだった。
「弓、構え」
王子の声は落ち着いている。
「威嚇射。致命傷は避けろ」
副官が目を見開く。
「……殿下?」
「無駄な血は不要だ」
短い言葉。
矢が放たれる。
雨のように降る。
丘の兵が、倒れる。
悲鳴。
それでも盾を上げる。
若い兵が、膝をつく。
矢が肩に刺さっている。
アレンが駆け寄る。
「立てるか」
「……はい」
嘘だと分かる。
だが、彼は立つ。
その姿を見て、周囲も立つ。
◇◆◇
ついに、王家本隊が接触する。
これまでとは違う。
重い。
硬い。
一撃が深い。
丘の陣が、じわじわと押される。
参謀が叫ぶ。
「中央、突破されます!」
アレンは歯を食いしばる。
(ここまでか)
その瞬間。
低く、しかしはっきりとした声が戦場を切った。
「止まれ」
王子の声だった。
剣が止まる。
槍が止まる。
ざわめき。
レオルドは馬を進める。
丘の中腹まで。
矢が届く距離。
それでも進む。
副官が焦る。
「危険です!」
「構わん」
王子は、アレンを見る。
真正面から。
「グリード領主」
声が届く距離。
「問う」
戦場が、静まり返る。
「なぜ戦う」
短い問い。
だが、その裏にあるのは侮辱ではない。
純粋な疑問。
アレンは、一瞬だけ目を閉じた。
答えは、決まっている。
「守るためだ」
王子の眉が、わずかに動く。
「何を」
アレンは振り返る。
血にまみれた兵たち。
立ち続ける者たち。
倒れた者たち。
「選んだ心を」
静かだが、揺るがない声。
「剣を振らなかった兵を、罰させない」
「民に、沈黙を強いない」
王子の瞳が、揺れる。
周囲の兵が息を呑む。
「それは王に逆らうことだ」
「違う」
アレンは一歩前に出る。
「王国を守っている」
風が吹く。
旗が揺れる。
沈黙が、長く落ちる。
王子は丘を見渡す。
数で言えば、もう終わっている戦。
だが、折れていない。
「……父上は、恐れている」
小さく、誰にも聞こえぬほどの声。
そして。
王子は剣を抜いた。
兵がざわめく。
「殿下!」
だが、王子は剣を空に掲げる。
「本隊、後退」
一瞬、理解が追いつかない。
副官が叫ぶ。
「殿下!?」
「これは戦ではない」
王子は、アレンから目を逸らさない。
「思想だ」
静かに続ける。
「今日は退く」
王家本隊が、ゆっくりと引き始める。
丘に、信じられない静寂が落ちる。
◇◆◇
討伐軍は完全撤退ではない。
包囲を解き、距離を取る。
だが、丘は落ちなかった。
三千は、生き残った。
アレンはその場に膝をつく。
力が抜ける。
終わったのではない。
だが、守れた。
若い兵が、震える声で言う。
「……勝ったんですか」
アレンは、ゆっくり首を振る。
「違う」
空を見る。
「繋いだだけだ」
遠く、王子の背が小さくなる。
あの男は、敵か味方か。
分からない。
だが。
王国は、揺れた。
確実に。
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