第32話 名もなき声が、王都を揺らす
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最初は、誰も気に留めなかった。
酒場の隅で交わされた一言。
井戸端での小さな囁き。
夜警の交代時に漏れた、ため息混じりの本音。
どれも、取るに足らないはずの声だった。
だが――
同じ方向を向いていた。
◆◇◆◇◆
「……あの兵士の話、聞いたか?」
「聞いた。
でも、あれ一人だろ?」
「一人、な」
商人は肩をすくめる。
「……でもさ。
“一人だけ”って話、
今まで当たったこと、あるか?」
相手は、黙った。
◆◇◆◇◆
王都下町の小さな診療所。
包帯を巻き終えた老医師が、
ふと手を止めた。
「……君」
目の前の若い兵士に、
静かに声をかける。
「北部遠征、だったな」
兵士は、驚いて顔を上げる。
「……はい」
「戦傷は?」
一瞬の間。
「……ありません」
老医師は、頷いた。
「それは、幸運だった」
そして、ぽつり。
「……守ってくれる者が、
前に立っていたのだろう」
兵士の喉が、鳴った。
◆◇◆◇◆
その日の夕刻。
市場の片隅で、
一人の女が声を上げた。
「嘘よ」
最初は、小さな声。
「“民を盾にした”なんて……」
周囲が、ざわめく。
「私の弟、
あの戦場にいたの」
女は、拳を握りしめる。
「震えてた。
泣きそうだった」
視線を上げる。
「でも――
斬らずに帰ってきた」
◆◇◆◇◆
「それが、
“盾にした”ってことなの?」
問いは、鋭くも、
感情的でもなかった。
ただ、真っ直ぐだった。
◆◇◆◇◆
誰かが、言い返そうとした。
だが、言葉が見つからない。
代わりに――
別の声が重なる。
「俺の知り合いもだ」
「隣の家の息子も、
同じことを言ってた」
「……俺も、聞いた」
名もなき声。
肩書きも、権威もない。
それでも――
数だけは、確実に増えていく。
◆◇◆◇◆
王城。
宰相アーウィンは、
報告書の束を机に叩きつけた。
「……制御しろ」
側近が、額に汗を浮かべる。
「情報の出所が……
多すぎます」
「一人潰せば済む話ではない、
ということか」
宰相は、椅子に深く腰掛ける。
(……厄介だ)
英雄なら、処理できる。
反逆者でも、処理できる。
だが――
名もなき声は、処理できない。
◆◇◆◇◆
夜。
王都の外れ。
焚き火を囲み、
数人の兵士が、無言で座っていた。
やがて、一人が口を開く。
「……俺は、
間違ったことをしたと思ってない」
誰も、否定しない。
「でも……
正しかったとも、
まだ言えない」
火が、ぱちりと音を立てる。
◆◇◆◇◆
別の兵士が、静かに言った。
「それでいいんじゃないか」
皆が、顔を上げる。
「……考え続けるってことだろ」
誰かが、笑った。
小さく。
少しだけ、救われたように。
◆◇◆◇◆
一方、グリード領。
アレンは、届いた報告を読み終え、
そっと机に置いた。
「……広がってるな」
側にいた参謀が、息を吐く。
「抑え込めなくなっています」
アレンは、首を振った。
「抑えなくていい」
窓の外を見る。
「声は……
止められるものじゃない」
◆◇◆◇◆
彼は、静かに続けた。
「王都が恐れているのは、
僕じゃない」
間。
「……選び始めた民だ」
◆◇◆◇◆
その夜遅く。
王城の奥で、
一つの決断が下される。
――第三王命、準備開始。
それは、
声に対して、力で応えるという選択。




