第31話 嘘は、静かに崩れ始める
王都の朝は、いつも通りに始まった。
鐘が鳴り、商人が店を開き、
兵士たちが無言で巡回する。
表面だけを見れば、何一つ変わらない。
――だが、空気だけが違っていた。
◆◇◆◇◆
「……なあ」
城壁近くの詰所で、
若い兵士が、声を落として言った。
「本当に、反逆者だったのか?」
問いは、独り言のようで、
しかし確かに、誰かに向けられていた。
年嵩の兵士は、答えなかった。
ただ、兜を脱ぎ、
額の汗を拭う。
「……見たのか」
しばらくして、低い声。
「グリード領での、あの光景を」
◆◇◆◇◆
若い兵士は、唾を飲み込んだ。
「……見ました」
剣を構えたまま、
斬れなかった瞬間。
前に立っていた、
一人の領主の背中。
「……あの人、
俺たちが怖がってるの、
分かってた」
声が、震える。
「それでも……
逃げなかった」
◆◇◆◇◆
年嵩の兵士は、ゆっくりと腰を下ろした。
「……王都はな」
古い傷のある手を、見つめながら。
「“正しい話”を作るのが上手い」
若い兵士は、黙って聞く。
「だが……
正しかったかどうかは、
現場に立った人間しか分からん」
◆◇◆◇◆
その日の昼。
王城前の掲示板に、
新たな布告が貼り出された。
大きな文字。
断定的な言葉。
――反逆者アレン・グリードは
――民を盾に、王国軍を脅迫した
人々は、立ち止まる。
「……盾?」
「魔獣を使ったって話だぞ」
ざわめき。
だが、その中で――
一人の男が、声を上げた。
◆◇◆◇◆
「違う」
くぐもった、だがはっきりした声。
皆が、振り返る。
そこにいたのは、
片腕に古傷を持つ、王国兵。
「……俺は、
その“脅迫された軍”の中にいた」
一瞬、静寂。
◆◇◆◇◆
「盾にされた?
違う」
兵士は、ゆっくり言葉を選ぶ。
「俺たちは――
守られた」
人々が、息を呑む。
「魔獣?
ああ、いたさ」
苦笑。
「だがな……
あれは、
俺たちが踏み込まないように、
前に立ってただけだ」
◆◇◆◇◆
「嘘だ!」
誰かが叫ぶ。
「王命だぞ!」
兵士は、視線を落とした。
「……だから、言わなかった」
拳を、握る。
「言えば、
俺は罰せられる」
顔を上げる。
「それでも――
黙ってる方が、怖くなった」
◆◇◆◇◆
群衆の中で、
誰かが呟いた。
「……じゃあ、
どっちが嘘なんだ?」
問いは、空気に溶ける。
答えは、出ない。
だが――
疑問だけが、確かに残った。
◆◇◆◇◆
その夜。
宰相アーウィンのもとに、
一通の報告が届く。
「……王都下町で、
兵士の“証言”が出回っています」
紙を、強く握る。
「……小さな火種だ」
だが、彼は知っている。
嘘は、
一気には崩れない。
静かに。
音もなく。
内側から、
腐っていく。
◆◇◆◇◆
一方、グリード領。
夜の見張り台で、
アレンは一人、空を見ていた。
星は、変わらず瞬いている。
(……届いたな)
誰かの勇気が、
王都で言葉になった。
それだけで、
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
◆◇◆◇◆
「すぐには、変わらない」
彼は、独り言のように呟く。
「……それでいい」
急がない。
煽らない。
嘘が、
自分の重さで崩れるのを、待つ。




