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無能領主を演じて生き延びます  作者: ガスト


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30/32

第30話 英雄か、反逆者か

文章を増やしてみました

王都では、戦は起きなかった。


 だが――

 言葉の戦争が始まっていた。


 


◆◇◆◇◆


 


「聞いたか?

 反逆者アレンが、軍を退けたそうだ」


「退けた?

 違うな。

 “王国軍が情けをかけた”んだろう」


 昼下がりの酒場。

 パンを齧りながら、男たちが噂話を交わす。


 誰も、現地を見ていない。

 誰も、血の匂いを嗅いでいない。


 それでも――

 物語だけが、独り歩きしていく。


 


◆◇◆◇◆


 


 王城・広間。


 高い天井に声が反響する。


「王命に背き、

 魔獣を操り、

 正規軍の進軍を妨害した――」


 布告官の声は、よく通る。


「アレン・グリードは、

 王国秩序を脅かす危険人物である!」


 拍手はない。

 だが、否定の声もない。


 それで十分だった。


 


◆◇◆◇◆


 


 宰相アーウィンは、静かに頷いた。


(血が流れなかったのは、誤算だが……

 問題ない)


 民は、戦の真実を知らない。


 知る必要もない。


 重要なのは――

 誰が物語を語るかだ。


「英雄とは、王が認めた者のことだ」


 彼は、そう信じていた。


 


◆◇◆◇◆


 


 一方、グリード領。


 戦場だった丘には、

 まだ踏み荒らされた草が残っている。


 だが、死体はない。


 血もない。


 代わりに――

 人々が、静かに集まっていた。


 


◆◇◆◇◆


 


「……帰ったんだよな?」


 若い農夫が、ぽつりと呟く。


「王国軍……

 本当に、帰ったんだよな?」


 誰かが、頷く。


「見ただろ。

 剣を下ろして……

 振り返らずに」


 言葉にすると、

 ようやく実感が追いつく。


 


◆◇◆◇◆


 


 アレンは、人々の前に立っていた。


 壇上ではない。

 一段高い場所ですらない。


 同じ地面に、立っている。


「……王都では、

 僕は“反逆者”だそうです」


 ざわめき。


 怒りの声が上がりかける。


 だが、アレンは手を上げた。


「否定しません」


 一瞬、静まる。


「王命に背いたのは事実です。

 だから――

 これから、もっと厳しくなる」


 目を逸らさない。


 誤魔化さない。


「それでも、

 僕は今日の選択を、後悔していません」


 


◆◇◆◇◆


 


 一人の母親が、声を震わせて言った。


「……死ななかった」


 抱きしめた子どもの背中。


「今日は……

 誰も、死ななかった……」


 それだけで、

 胸がいっぱいになる。


 


◆◇◆◇◆


 


 アレンは、深く息を吸った。


「英雄になりたいわけじゃない」


 静かに。


「正しいと言われたいわけでもない」


 間を置く。


「ただ――

 皆さんを、明日へ連れていきたい」


 その言葉は、

 剣よりも重く、

 旗よりも真っ直ぐだった。


 


◆◇◆◇◆


 


 人々は、理解した。


 この男は、

 勝利を約束しない。


 栄光も、保証しない。


 それでも――

 逃げないことだけは、約束している。


 


◆◇◆◇◆


 


 その夜。


 王都では、

 アレンを「反逆者」と呼ぶ声が強まった。


 だが同時に――

 別の言葉も、生まれ始めていた。


「……あれを見て、

 悪だと言えるのか?」


 小さく、しかし確かに。


 


◆◇◆◇◆


 


 英雄か。

 反逆者か。


 答えは、まだ出ない。


 だが一つだけ、確かなことがある。


 民はもう、“命令だけの正義”には戻れない。

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