第3話 裏切り者と、最初の罠
遅れてすいません
配給の翌朝。
領地の空気が、少しだけ変わっていた。
通りを歩く民の顔に、ほんのわずかだが笑みが戻っている。
それだけで、俺の胸は少し軽くなった。
だが同時に、厄介なことが起きるのも早かった。
屋敷の廊下を歩いていると、ガリウスが小声で告げた。
「……アレン様。倉庫の件が、もう他領に漏れております」
「やっぱりな」
穀物配給を始めた翌日に、情報が漏れる。
あまりに早すぎる。つまり――屋敷の中に“報告者”がいる。
「誰が?」
「まだ断定はできませぬが……厨房の下働きの少女、あるいは文官の誰か」
俺は軽く息を吐いた。
(早い段階で尻尾を出してくれて助かる。裏切り者を炙り出すチャンスだ)
「ガリウス、偽の命令書を作れ」
「偽の……命令書、でございますか?」
「“次は軍の武具を売る”と書け。革命軍の連中が食いつきそうな話だ」
ガリウスの口元がわずかに動く。
「なるほど……撒き餌、ですな」
「そう。餌を喰う魚が誰か、見てみよう」
⸻
その日の午後、俺はいつものように“無能”を演じていた。
執務室のソファに寝転び、ワインを片手に書類を放り投げる。
「ふあぁ~……退屈だな。働く気が起きん」
「アレン様、少しはお体をお労りくださいませ」
「そうだな、うん。働かないのが一番だ」
わざとらしく笑いながら、机の上に例の“偽の命令書”を置いた。
部屋の隅には数名の使用人が控えている。
……この中にいる。俺を売る者が。
(さあ、釣りを始めようか)
わざとその書類を乱雑に扱い、机の端に放り出したまま部屋を出る。
目的は一つ。
“誰がその書類に触れるか”を確認すること。
⸻
夜。
ガリウスが静かに部屋に入ってきた。
手には小さな封筒。
「アレン様、まんまと罠にかかりました」
「ほう」
「厨房の少女――リナが、使用人通路を抜け、文官に手紙を渡していました」
「文官、というと?」
「リデル。王都出身の書記官でございます」
思い出した。
ゲームでも、序盤で出てくる“情報屋”キャラだ。
主人公(革命軍側)が仲間にする前は、スパイとして領主の屋敷に潜り込んでいた。
(なるほど。史実どおり、ここでも裏切るか)
「捕まえろとは言わない。だが、泳がせろ」
「泳がせる、でございますか」
「そうだ。こいつらがどこへ報告しているかを突き止めたい」
ガリウスが深く頷いた。
「承知いたしました。だが、あまり長くは危険かと」
「心配するな。向こうが焦るほど、尻尾を出す」
俺は暖炉の火を見つめながら呟いた。
(敵の情報経路を潰す前に、こっちの目を広げる。攻めじゃない、“生き延びるための防御”だ)
⸻
翌日。
昼過ぎ、俺は城下の教会にいた。
外面上は“慈善視察”という名目だ。
実際は、革命派の潜伏拠点を探るため。
老神父が出迎える。
「これはアレン様。珍しいお越しですな」
「暇つぶしだ。民の祈りを聞くのも悪くない」
俺が笑うと、周囲の修道女たちは一様に緊張していた。
“怠惰卿”の悪名は、やはり健在らしい。
だが、教会の裏手で見つけたものは、予想以上に興味深かった。
壁に掛けられた掲示板。そこには、こう記されていた。
《希望の旗、近く揚がる》
(……来たな。革命派の合図文だ)
ゲームの中では、この合図が出てから半年後に反乱が起きた。
つまり、もう始まっている。
俺は教会を出ながら、ガリウスに囁いた。
「“希望の旗”を掲げる者を探せ。王都にも根があるはずだ」
「承知いたしました。アレン様……まるで将軍のようでございますな」
「やめろ。俺はただの無能領主だ」
そう言いつつ、心の奥では確信していた。
この領地は、俺が動かなければ滅ぶ。
無能を演じている間に、革命の火が燃え広がる。
ならば――動くしかない。
⸻
夜。屋敷の中庭。
雨上がりの石畳を踏みしめながら、俺は小声で呟いた。
「リナ、出てこい」
影の中から、小柄な少女が現れた。
配給の日に市場で見かけた、あのリンゴの少女だ。
今は厨房で働いている。
「……アレン様」
「怖がるな。少し話を聞きたいだけだ」
リナの目が怯えている。
だが、その奥には確かな意思もあった。
「昨日、リデルに手紙を渡したな?」
「っ……!」
少女の顔が青ざめた。
「見逃してくれ、とは言わない。ただ、教えてほしい。お前は、誰に命じられた?」
「……お母さんが、病気なんです。王都の医者に診てもらう代わりに、報告をしろって……!」
(……なるほど。脅されていたか)
俺は少しだけ考え、静かに頷いた。
「いい。もう何も言うな」
「で、でも……!」
「お前を咎める気はない。代わりに――次は、俺に報告しろ」
「え……?」
「リデルに見せる前に、まず俺に渡すんだ。
そうすれば、お前の母親も守れる」
少女は唇を噛み、やがて深く頭を下げた。
「……はい」
俺はその小さな肩を軽く叩いた。
「いい子だ。
裏切りを責めるより、利用する方が早い」
背後で雨の滴る音が響いた。
月光の下、ガリウスが現れる。
「……情けをかけましたな」
「情けじゃない。使える駒は使う。それだけだ」
老執事は静かに笑った。
「やはり、貴方様は無能などではございません」
「いいや、無能さ。そうでなきゃ、誰も油断しない」
俺は夜空を見上げた。
厚い雲の隙間から、一筋の星が覗く。
(俺は生き延びる。
この世界の“シナリオ”を、全部書き換えるために)
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