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無能領主を演じて生き延びます  作者: ガスト


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第29話 剣を下ろした兵士たち

戦場に、奇妙な静けさが訪れていた。


 剣は抜かれたまま。

 盾も構えられている。


 だが――

 誰も、踏み出さない。


 


◆◇◆◇◆


 


「……命令違反だぞ」


 後方の将校が、声を荒げる。


「前進しろ!

 反逆者を拘束せよ!」


 しかし、最前列の兵士たちは、動かなかった。


 彼らの視線の先には――

 一人の男が立っている。


 剣を地面に突き、

 盾になる位置で。


 


◆◇◆◇◆


 


「なあ……」


 若い兵士が、隣に囁いた。


「俺たち、

 誰と戦ってるんだ?」


 隣の兵は、答えられない。


 目の前にいるのは、

 怒鳴りもせず、

 煽りもせず、

 ただ前に立つ男。


 


◆◇◆◇◆


 


「俺は、王のために剣を持った」


 別の兵士が、震える声で言った。


「でも……

 王のために、

 村を焼く訓練なんて、

 受けてない……」


 その言葉が、

 列の中を静かに広がっていく。


 


◆◇◆◇◆


 


 前線指揮官は、歯を食いしばっていた。


(このままでは……

 軍が、壊れる)


 命令は絶対。

 だが、命令だけで動く軍は――

 心を失った軍だ。


 彼は、剣を下ろした。


「……進軍、停止」


 将校が叫ぶ。


「正気か!?

 王命だぞ!」


 指揮官は、ゆっくり振り返る。


「だからだ」


 低く、重い声。


「王命だからこそ、

 無駄に血を流させない」


 


◆◇◆◇◆


 


 その時。


 前列の一人が、剣を鞘に納めた。


 カチャリ――

 小さな音。


 だが、それは――

 戦場で、最も大きな音だった。


 次々に、音が重なる。


 剣が、下ろされる。


 盾が、下がる。


 


◆◇◆◇◆


 


 アレンは、息を呑んだ。


(……本当に)


 だが、顔には出さない。


 彼は、静かに言った。


「ありがとうございます」


 誰に向けた言葉か、

 自分でも分からなかった。


 


◆◇◆◇◆


 


 王国軍の列の中から、

 一人の兵士が、前に出た。


 膝をつく。


「……俺は、

 反逆者を捕らえに来ました」


 声が、震える。


「でも今は……

 守る人の前に剣を向けられません」


 その言葉に、

 背後の兵士たちが、頷いた。


 


◆◇◆◇◆


 


 指揮官は、深く息を吐いた。


「……本日の作戦は中止する」


 将校が、声を失う。


「だが――」


 指揮官は、前を向いた。


「この判断の責任は、

 私が取る」


 


◆◇◆◇◆


 


 王国軍は、

 ゆっくりと、退いた。


 追撃は、ない。


 勝利の歓声も、ない。


 ただ――

 人が、人を斬らずに済んだという事実だけが残った。


 


◆◇◆◇◆


 


 去っていく軍列を見送りながら、

 アレンは、小さく呟いた。


「……剣を下ろす勇気は、

 剣を振るう勇気より、

 ずっと重い」


 背後で、誰かが泣いた。


 誰かが、笑った。


 


◆◇◆◇◆


 


 だが――

 それは、終わりではない。


 王都では、この“敗北”が、

 別の形で語られる。

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