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無能領主を演じて生き延びます  作者: ガスト


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第25話 無能領主の旗、各地で翻る

その日を境に、王国の空気が変わった。


 誰が最初に口にしたのかは、誰も知らない。

 だが、確かに――

 人々は囁き始めていた。


「……無能領主が、立ち上がったらしい」


「王命で反逆者?

 それでも、領民を守ったって話だ」


 噂は、火種のように広がっていく。


 


◆◇◆◇◆


 


 北部、痩せた土地を治める小領。


 粗末な詰所で、若い兵士が報告書を差し出した。


「領主様……グリード領が、王国軍を退けたと」


 老領主は、しばらく黙って紙を見つめていた。


「……退けた、か」


 彼は、ふっと笑った。


「昔はな。

 正義を語れば、国は応えてくれたものだ」


 だが今は違う。


 老領主は立ち上がり、壁に掛けられた古い旗を外した。


 埃を払う。


 そこには、かつて地方諸侯が掲げた紋章。


「兵を集めろ」


「領主様!?」


「王に刃を向ける気はない」


 しかし、その声は、確かだった。


「――だが、宰相には従わん」


 


◆◇◆◇◆


 


 南方、商業都市。


 酒場の奥で、商人たちが低い声で語り合う。


「王都の税、また上がるらしいぞ」


「全部、軍のためだとさ」


 そこへ、一人の男が口を開いた。


「……アレン・グリードって領主を、知ってるか?」


 一瞬、沈黙。


「ああ。

 無能だって、笑われてた男だろ」


 男は、首を振った。


「違う。

 あいつは――逃げなかった」


 商人たちは、黙り込む。


「兵も、金も、立場もない中で、

 それでも民の前に立った」


 グラスを置く音。


「……なら、俺たちは?」


 誰も、すぐには答えられなかった。


 


◆◇◆◇◆


 


 東部、辺境の村。


 魔獣被害に怯える村人たちの前に、

 一人の騎士が膝をついた。


「王都からの救援は……来ません」


 絶望が、広がる。


 その時、

 村の少年が、小さく言った。


「……無能領主様なら、来てくれる?」


 騎士は、目を閉じ――

 そして、ゆっくりとうなずいた。


「……ああ。

 あの方なら、来るだろう」


 


◆◇◆◇◆


 


 一方、山間の拠点。


 アレンは、集まった報告を前に、静かに息を吐いた。


「……始まった」


 誰かが、言う。


「各地で、動きが出ています」


「小規模ですが、

 兵の提供、物資の支援、情報網の協力……」


 アレンは、拳を握りしめた。


(俺がやったのは、

 “希望を示した”だけだ)


 だが、それで十分だった。


 彼は、立ち上がる。


「――旗を掲げよう」


 側近たちが息を呑む。


「王に逆らう旗じゃない。

 宰相に媚びる旗でもない」


 アレンは、真っ直ぐ前を見据えた。


「民を守る者の旗だ」


 


◆◇◆◇◆


 


 その日、各地で同じ旗が翻った。


 派手でもない。

 権威を誇るものでもない。


 ただ――

 「守る」と誓う意志の象徴。


 人々は、気づき始める。


 無能だと笑われた領主が、

 誰よりも“領主らしい選択”をしていたことに。

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