第1話 目覚めたら“断罪予定の領主”でした
休日に思いつきで始めました
よろしくお願いします
第1話 目覚めたら“断罪予定の領主”でした
――頭が割れるように痛い。
まぶたの裏に、まるで火の粉のような光がちらつく。
「……っ、ここは……?」
目を開けた瞬間、知らない天井が見えた。
いや、知らないどころじゃない。見渡す限り中世ヨーロッパ風の豪奢な寝室だ。
白漆喰の天井、金の縁取り、窓から見える石造りの街並み。
そして寝台の横には、立派な全身鏡と古めかしい机。
(え、なにこれ……どこ?)
目をこすってもう一度見ても、会社のワンルームではない。
俺が最後に覚えているのは――深夜二時まで仕事をして、ベッドに倒れ込み、スマホでお気に入りのゲーム『革命育成記』を開いたところだ。
「……まさか、な」
鏡の前に立ち、自分の姿を見た瞬間、血の気が引いた。
金髪、青い瞳。白いシャツに深紅のマント。
どこからどう見ても、あのゲームに出てきた“断罪される無能貴族”――
アレン・クロフォード侯爵だ。
「嘘だろ……? よりによってコイツかよ……!」
アレン・クロフォード。
王国南部のクロフォード領を治める地方貴族。
だが、彼は物語の途中で――革命軍に断罪され、打ち首になる運命だ。
理由は単純。
・重税を課し、領民を貧困に追いやった。
・隣国との戦争で敗北。
・最期は屋敷に火を放たれ、笑われながら死ぬ。
まさに悪役貴族のテンプレ。
(終わった……転生初日から詰んでる……)
頭を抱えていると、ノックの音がした。
「アレン様、朝のご支度はいかがなさいますか?」
扉の向こうから聞こえるのは、年配の男性の落ち着いた声。
ゲームでも見覚えがある――忠実な執事、ガリウスだ。
「……あ、ああ、入ってくれ」
自分でも驚くほど自然に返事が出た。
扉が開き、グレイヘアの老執事が深々と頭を下げる。
「お目覚めでございますか。昨夜は珍しく、酒も召し上がらずお休みになられたとか」
「そ、そうだったかな?」
「はい。領民の陳情をすべて突き返された後でしたので、気疲れなされたのかと」
(うわ、最悪。ゲームのまんまの行動履歴だ……)
どうやら“前任のアレン”は、領民の訴えを無視して寝たらしい。
つまり、俺が転生したのは最悪のタイミングだ。
「……あのさ、ガリウス」
「はい、アレン様」
「領地の財政って、今どうなってる?」
「財政、でございますか?」
執事が不思議そうに眉をひそめる。
「まさかお忘れに? 赤字が七年続いております。兵糧庫は底を突き、農民たちは税を納めるにも困窮しております」
やっぱり……そう来たか。
「ふむ。……じゃあ、今日の予定は?」
「午前は貴族会議、午後は……城下の市場にて騒ぎが起きているとか。ですが、アレン様が民の場などに行かれる必要はございません」
俺は思わず笑ってしまった。
「いや、行く」
「……は?」
「市場を見に行く。無能なりに暇つぶしってやつだ」
そう言ってやると、ガリウスの目がわずかに見開かれた。
彼にとって“怠惰な領主”が民の様子を見に行くなど、あり得ないことなのだろう。
(いいだろう。無能を演じるのは表だけだ)
俺は心の中で決意する。
この領地は、放っておけば二年後に革命軍に占領される。
だが――“未来を知っている”俺なら、変えられる。
⸻
◆
昼の市場は、思った以上に活気がなかった。
露店の数は少なく、野菜はしなび、通りには沈んだ顔の人々。
「これが、クロフォード領の現実か……」
馬車のカーテンを開けた俺の呟きに、護衛の兵士が慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ございません、アレン様! 不届き者が増えぬよう、すぐに――」
「いい。誰も悪くない。……少し歩く」
馬車を降り、土の道を歩く。
周囲の視線が痛い。
子どもたちは母親の背中に隠れ、商人たちは目を逸らす。
「――領主様だ」
「また視察のフリか?」
「どうせ税を上げる相談に来ただけだろう」
そんな声が聞こえる。
……まあ、そう思われても仕方がない。
すると、一人の少女が倒れそうになったのが目に入った。
両腕には籠いっぱいのリンゴ。
転びかけた拍子に、赤い果実が道に転がる。
俺は咄嗟に手を伸ばした。
「っとと、大丈夫か?」
少女が見上げたその瞬間、周囲がざわついた。
「りょ、領主様が……子どもを助けた?」
俺は微笑みながら、転がったリンゴを拾い集めた。
「……すまんな。落ちちまったのは俺のせいでもある」
「い、いえ……! そんな、もったいないお言葉……」
少女は震える手で籠を受け取り、ぺこりと頭を下げた。
その顔を見て、俺は確信する。
(この世界は“ゲーム”じゃない。人がちゃんと生きてる)
――なら、救わなきゃならない。
俺は振り返り、ガリウスに命じた。
「ガリウス。明日から配給所を再開しろ。備蓄穀物を一部、民に回す」
「な、なんと……!? しかしそれでは貴族会議が――」
「俺が説得する。どうせ無能扱いなんだ、少しぐらい暴れても文句は出まい」
執事が絶句する。
だが、俺はもう止まらなかった。
(演じてやるさ。表では無能な怠け者、裏では改革者)
未来の俺を打ち首にした革命軍に言ってやりたい。
――この領主は、そう簡単には死なないぞ、と。
⸻
夜。屋敷の執務室。
窓から見える月が静かに輝いていた。
机の上には、領地の地図と帳簿。
「まずは穀物。次に税制。
そして――兵の再訓練だな」
ペンを走らせながら、俺は笑った。
「どうせ“無能領主”なんだ。
なら、せいぜい狡猾に生き延びてやるさ」
その瞬間、胸の奥で何かが燃え上がるのを感じた。
絶望の中で芽吹く、わずかな希望の火。
――俺の“生存戦略”が、いま始まった。




