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イベリスとは仲良くできそうにありません

 あれから特に何もなく過ごし、休日。ネモフィラは急遽、店の手伝いに行くことになり私は一人で図書館に来ていた。休日は基本、実家に帰る人が殆どらしくほぼ貸し切り状態だ。

 差し込む陽の光が心地よく、窓から入ってくるそよ風は庭に咲き誇る花の香りを運んでくる。穏やかな日だとお気に入りの推理小説の続きを読んでいると、不意に本に影ができた。

 顔をあげれば、そこにはこの世界のヒロインであるイベリスが立っていた。


「ねぇロレーヌ」

「なにかしら」


 じっと見つめてくる彼女の瞳は仄暗く表情は無に等しい。


「どうして、ゲーム通りに動かないの?どうして?おかげで私が自作自演するはめになってるじゃない」


 その言葉に私は眉を寄せた。言いたいことは理解できなかったが、イベリスが転生者または憑依者ということは理解できた。それでも私は彼女の言っていることは小指の爪先程も理解できないけれども。


「どういうことかしら」

「そもそも、どうして精霊使いなの。それ私がなるはずだったのに。二週目以降のステータス引き継ぎでレベルがマックスにならないとなれないのに。どうしてロレーヌが」

「言いたいことがこれっぽちも理解できないのだけど」

「噓吐き。あんたも私と同じ転生者のくせに」


 思わずドキッとした。


「私の鑑定、結構詳しく表記されるの。それでね、貴女の備考欄に転生者って書いてあるの。あと、精霊に愛されし者って。ずるい。この世界のヒロインは私なのに」

「なら好き勝手やってもいいと思っているの?だとしたら貴女の頭は相当にお馬鹿さんね。ここはまぎれもない現実よ。ゲームみたいに選択肢があるわけじゃない。私は死にたくない。だから悪役令嬢なんてならないようにしているの。わかる?それに私は別にファルダル殿下が好きでもないの。だから嫉妬に駆られて貴女に危害を加えるなんてしないわよ」


 本を閉じ、立ち上がれば彼女は怯えたように一歩、後ずさった。


「貴女のしていることは、何も非がない令嬢の婚約者に手を出しているってことは理解しているの?それも皇太子殿下の婚約者から奪おうとしてるって。ヒロインだから大丈夫って思っているならもう一度言うわ。ここは現実よ」


 貴女が転生者でなければ私も諦めがついたかもしれない。でも同じ転生者なら少しでもこの不安を分かち合えたらと思っていた。でもそれは私の甘い考えだったのかもしれない。彼女はこの世界を受け入れているようで受け入れていないのだ。ゲームだから、ヒロインだからとお遊び感覚なのだ。


「貴女は、怖くないの?寂しくないの?」


 イベリスの言葉に、私は目を伏せる。


「怖いわ。貴女と違って私は死が待っているもの。それに前世を思えば寂しいに決まっているわよ。でも、だからって喚いたってもう遅いのよ。この世界に転生してしまったのだから」


 窓の外を見つめ、風に揺れる木々の音に耳を傾けた。

 せっかく良い気分だったのにこれでは台無しだ、とため息を吐けばイベリスは「でも私は」と言葉を続けた。


「私が一番可愛いくて、この世界で愛される存在だから、貴女を犠牲にしてでもエンディングを迎えるわ。」

「そう。それは楽しみね」


 私は背を向け歩き出す。

 図書室から出て階段を降り、角を曲がったところで「ルードベルク嬢?」と声をかけられた。

 あまり気分が良くないこんなタイミングで、と顔を見て驚いた。

 ゼフィランサス殿下がそこにいた。


「どないしたん?顔色めっちゃ悪いで」


 彼の声色に安堵し力が抜け廊下に座り込んでしまう。

 私は怖かったのだろうか。イベリスが。それとも此処は現実だと口に出したことが。


「ん-。気分転換に噴水広場でも行こか」


 ふわりとお姫様抱っこをされてしまい何も言えなくなる。

 そんな私を彼はニコニコと胡散臭い爽やかな笑みで抱えて歩き出した。 

 噴水広場に着けばベンチに座らせてくれて「はい」と大福を差し出してきた。


「ありがとう」


 ぱくりと口に含めば甘酸っぱい。中を見れば苺が入っており苺大福だ。


「おいしい」


 ぽろりと涙が零れた。

 そんな私にゼフィランサス殿下がそっと涙を拭ってくれる。


「何があったかは聞かへんけど、僕はロレーヌの味方やで」

「ありがとう」


 きっとその言葉に嘘はない。


「ロレーヌ」


 彼が私の手の甲にキスをする。


「何があっても君を護るって誓うから、泣かんとって。ロレーヌを泣かしてえぇんわ僕だけなんやから」

「ふふっ。なにそれ」

「ほんまのことやで?」

「好きな子ほどイジメたいの?」

「まぁ、せやな。うん、イジメたい」


 イジメて、ドロドロに甘やかして、僕だけしか見えへんようにしたい。

 そう言われ不覚にもときめいてしまう。


「ありがとう」


 もう一度、お礼を言えば彼は頬を搔きながら少し照れた。


「なぁロレーヌ、僕は嫌われ者の王子やけどさ、ロレーヌがもし死ぬようなことあったら全力で助けるで」

「本当?」

「ホンマやで」


 処刑ルートになったら隣国に亡命する定なのでその時はゼフィランサス殿下のツテを使って亡命しようかな、と頭の隅っこで考えてみる。その為にも自身も利用価値を上げなければ。四大精霊と契約して他の精霊とも契約して。あ。本編のロレーヌは魔獣使いの素質もあったから、後期にある森でも実践の際に試してみるのもありかもしれない。あぁ、でもあまり利用価値を高めすぎると国の為に力を使えとか言われる可能性もある。あぁ、困ったなぁ。自由気ままに生きたいのに前途多難すぎる。


「あんま強く手握りしめたら怪我するで」

「え?」


 言われて手に痛みを感じ自分の手を見れば爪が食い込んだのか確かに怪我をしていた。


「医務室行こか」


 悪い癖が出たと反省。前世でもよくやった悪癖。こっちに来てからなかったから治ったとばかり思ったが、違う買ったらしい。

 深いため息をつきゼフィランス殿下と一緒に医務室に向った。







 前世、私は心臓が悪く物心ついた時からずっと病院に入院していた。最初は10歳まで生きれないと言われたけど、私は何故か10歳を過ぎても生きていた。いつ死ぬか分からない娘に「ごめんね」と泣くばかりの母親と、そんな母親を見て私を蔑む様に見てくる父親。


「早く死ねばいいのに」


 母親がいないときに言われた言葉。

 その言葉に「私だってさっさと死んで自由になりたい」と思った。

 ある日、母親が新しいゲームソフトを持ってきてくれた。

 ゲーム名は『アイビー王立魔導学園~精霊使いと8人の騎士~』で乙女ゲーだった。正直、乙女ゲーにあまり興味はなかったけれど、どうせ恋愛なんて無縁なのだしゲーム内ぐらい好きに恋愛してもいいかと、すぐにそのゲームを始めてあっという間にハマっていった。

 攻略本も買ってもらいそこで全員攻略しヒロインのステータスをMAXにして、精霊使いになれば隠しキャラの隣国の王子も攻略できると知り、もちろん隠しキャラも攻略した。

 全部が終わったとき、持病は悪化し私は死んだ。享年16歳。

 死ぬときにやっとこの世界から解放されるんだと喜んだし、生まれ変わりがあるなら知っている世界が良いと望んだ。

 そして神様は願いを叶えてくれた。

 私はアイビーの世界に、しかもヒロインであるイベリスに生まれ変わったのだ。健康な身体に充分すぎる魔力。

 あぁ、私はやっと自由を手に入れたんだ。そう思っていたのに。


「どうしてロレーヌが精霊使いなの!!」


 何故かライバルキャラである悪役令嬢ロレーヌが精霊使いに選ばれたのだ。そのせいでか、隠しキャラであるゼフィランセスがロレーヌにずっと一緒にいる。本来、ロレーヌの親友になるはずがないネモフィラもだ。彼女は私と親友になるはずなのに。

 どうして?という疑問ばかりが浮かぶ。彼女も転生者だった。だから特典なのかもしれない。でもだからって、この世界のヒロインは私なのに。

 彼女は言った。ここは現実でゲームじゃないと。そんなの理解している。理解しているけれど、貴女にはわからない。ずっと籠の中の鳥でようやく自由を手に入れた私の気持ちが。選択肢がないのも自分でどうにかしないといけないのも分かってる。それでも、この世界のヒロインは私なのだから。だから私はヒロインであるためにどんな手を使ってでもEDに向って見せる。それしか私は生き方が分からないのだから。

 私のせいで同じ転生者の彼女が処刑台に上がるのは気分が悪いので、もしそうなったら国外追放程度か教会に入れるぐらいにはしてあげようとは思う。


「私はヒロインだから大丈夫、なんて思ってない」


 一歩間違えれば私だって死ぬ可能性はある。それだけはいやだ。

 私は生きたい。生きて好きな人と結ばれて結婚して幸せな家庭を築きたいの。

 前世とは違ってこっちの両親は私を全力で愛してくれている。恩返しだってしたい。


「どうしてロレーヌはあんなに割り切れているの」


 思っていることは全部嘘じゃないし本心。でもだからって前世が全く恋しいわけじゃない。

 最期に、お母さんに「ごめんね」と「ありがとう」を言えなかったのが心残りだった。


「ロレーヌと仲良くなれると思ったのに」


 いや、拒絶したのは私かと泣きそうになる。


「イベリス、大丈夫か?」

「ファルダルさん」


 後ろから抱きしめられ、私は抱きしめ返す。

 ファルダル殿下は誠実で優しいと設定にあったけど、よくよく考えたら婚約者がいるのにヒロインを好きになる時点で誠実も何もないかと、思いながらも私は逆ハーEDの為に好感度が上がるような態度をとる。

 最初は私も殿下とつけていた、それが様になり、いまのさん呼びに落ち着いた。彼は呼び捨てにしてほしいみたいだけど流石にそれをすると他の令嬢から余計に睨まれそうだから、と諦めてもらっていた。


「ロレーヌに何かされたのか?」

「いいえ、何も。ただ、ちょっと寂しくて」

「そうか。あぁ、イベリス、君に似合うと思って髪飾りを持ってきたんだ。よかったらつけてくれ」

「わぁ。ありがとう!」


 可愛らしい小さな花が散りばめられた可愛らしい髪飾り。

 それを付ければ彼は「あぁ、とても可愛い。良く似合っている」と褒めてくれた。

 私はこの世界のヒロイン。この世界に来て自由を手に入れた。

 なのにどうしてこんなにも息が詰まるんだろう。

 まるで見えない糸で操られているかのようで嫌だった。


「そうだ、今から一緒に下町に行こう。美味しいカフェがあるんだ」

「本当!?行きたい!」


 イベントだ。ファルダル殿下とのデートイベントその1。

 下町でのデート。これをきっかけに確かイベリスはロレーヌ派閥の令嬢に嫌がらせをされるんだっけな。

 それもグラジオラスとの好感度があれば助けてもらえるから大丈夫な、はずだ。

 そもそもこのデートイベントはチュートリアルみたいなものでこれが終わってから本格的に物語が動きだす。


「でもファルダルさん、ロレーヌさんはいいんですか?」

「ん?あぁ、ロレーヌは私が嫌いだからいいんだ」


 嫌い?なんでそんな事に?と思うも口には出さない。


「ならいいんです!私はファルダルさんが大好きです!」


 手をぎゅっと握れば彼は照れたように笑う。

 イケメンの笑顔はいつだって疲れた脳みそを癒すのにちょうどいいのだと、最近気づいた。

 そのまま中庭を通れば、視界の端に入ったのはゼフィランサス殿下とロレーヌ。

 急に足が止まったファルダルさんを見れば、表情は恐ろしいぐらいに無表情。嫌われているからって婚約者を放置している自分は棚に上げて嫉妬?と呆れるが、顔には出さない。



「ファルダルさん、早くいかないとカフェが閉まっちゃう!」

「あぁ、そうだな。ごめんな」


 ファルダルの好感度は上がっているが、彼はロレーヌが好きなんだろうか。

 でも令嬢たちの話によると婚約者との社交場でのダンスも最低限で参加もどうしても必要な時だけだらしいから、よくわからない。


「下町に行ってカフェでゆっくりしたらお店を色々見て回ろう」


 よく分からないけど、優しく微笑んで私に愛情を向けてくれるから今は良しとしよう。

 彼女は私のライバルにならないと言っていたし。彼女がらみのイベントが起こらなかったら他キャラの好感度が上がるか分からないが、それもきっとなんとかなるはずだ。実際、自作自演でなんとかなった。

 騙すようなことをして良心が痛まないと言えば嘘になる。罪悪感はちゃんとある。


「イベリス、美味しい?」

「うん」


 にこにこと笑うファルダルさん。

 この世界は日本が作ったゲームの世界。だから中世ヨーロッパというだけで文明はきちんとしている。下水道だって完備されているし食事だって美味しい。

 いま食べているクレープもとても美味しかった。


「イベリスが喜んでくれて嬉しいよ」

「ふふ」


 神様、どうか私を幸せなハッピーエンドに導いてくださいーーー。

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