ダンスのお相手は隣国の第二王子でした
授業をサボったのがバレて叱られたけど、そんなことより私が精霊を使ってネモフィラを脅しているとか、そんなネモフィラを助けようとしたら、これまた精霊や魔法を使って返り討ちにされた、など真実からかけ離れた噂が立っていた。
なのでダンスの授業なのにお相手がいない。え?殿下はどうしたかって?それはもう自然とイベリスとパートナーを組んでいた。これには先生も若干戸惑っており、私は女子生徒からクスクスと笑われ、男子生徒からは「あんな無表情で性格も悪い女なんてな」など言われた。
ネモフィラが静かに怒っているのでネモフィラのお相手は冷や汗を搔いていた。
さて、どうしましょうか?と、殿下を睨み目線で「公共の場なのですから少しは取繕うことぐらいしたらどうです」と訴えるも、イベリスが目を潤ませ殿下の後ろに隠れたので批判の目が集まってしまい、ため息をつく。
「嫌ですわ。仮にも婚約者がいる未来の王になる方が、婚約者をほっぽりだして別の女性とパートナーを組んでいるので、当たり前の行動をとっただけですわ。はぁ、本当に殿下はこの学園にきて二日しか経っていないのに変わられましたわね。以前ならそんな軽率な真似は致しませんでしたのに。確かに以前から私とはあまり仲は宜しくなかったですが、必要最低限の事は守っていましたのに」
でも…と、続けて顔を俯かせる。
「しかたないですわね。私は所詮、政略結婚の為の女ですもの。学園にいる間ぐらい、好きにしたいですわよね。殿下のお心を図れなかった私が悪いのですわ」
思ってもいないことをペラペラと喋る。すると、私を笑っていた生徒の内の何人かは憐憫の視線を向け、イベリスと殿下の事を「節操がない」などと言い出した。
本当、人って単純で愚かで仕方がないと嫌悪し、ふと「あれ?」と思った。どうして私は今、こんなにも人に対して嫌悪を抱いたのだろう。もしかして本来のロレーヌの魂が感じたことが私にも伝わったのだろうか。
もう一度だけため息をつき、先生に向き直る。
「すみません、私のお相手はいないみたいなので本日は見学をさせてください」
「しかし、ルードベルク嬢のダンスは素晴らしいものだと伺っております。皆さんの見本になればと、思ったのですが」
ダンスの先生は男性と女性、両方いる。ならば男性の先生と踊ろうかと意見を言おうとした瞬間、「はい」と訛りが混じった声が上がった。
「僕も相手が見つからへんのです。ルードベルク嬢さえよければ、僕が貴女のパートナーになる権利をくれへんや…下さい」
訛りに気づいたのか標準語に戻すもやはり訛り混じりのその言葉。前世の私が懐かしいと感じるその訛りは日本の近畿地方で使われる方言だ。
「初めまして、僕はモートン王国第二王子、ゼフィランサス・ブルースター・サンビタリアと申します」
爽やかな笑顔に不釣り合いな、宵闇の色をした髪は毛先にかけて白くなっており右顔半分を隠しており、モノクルをかけている左側の白い色の瞳が印象的だった。
「まるで宵闇に輝く月をそのまま埋め込んだ様な瞳だわ。とても綺麗だわ」
「情熱的な薔薇の様な美しい髪を持ち、満点の夜空に輝く星の様な瞳を持つルードベルク嬢にそう言ってもらえて大変喜ばしいかぎりです」
思ったことが口に出ていたらしい。
口説き文句に等しいその言葉に自身の頬が熱くなるのを感じる。だって仕方がないじゃない。殿下にもそんなこと言われたことないんだもの。だというのにこの第二王子は私の前に跪き手の甲にキスまでしてきた。
「顔まで薔薇の様に赤くして、ほんまにルードベルク嬢は愛らしいですわぁ。ほんで、僕のお誘い受けてくれます?」
「は、はひっ、お、お受け致しますわ」
先生は安堵した様で「では、ワルツを流しますので皆さんはお二人を見るように」と言い、社交界でよく流れるワルツを流した。
それに合わせて二人でお辞儀をし、彼は私の腰を抱きもう片方は私の手に添える。
初めての相手だがリードが上手く殿下相手よりも踊りやすい。リズムに合わせて軽やかにステップを踏み互いに微笑みあう。
「ルードベルク嬢、僕は噂なんて信じてへ…ません」
「ふふ。いつも通りの喋り方でかまいませんわ」
「ほんま?嬉しいわぁ」
「それより、どうして私を信じてくれますの?」
「ん?一目惚れした女性を信じるんわあたりまえやろ?」
へ?と間抜けな声が上がり顔が熱くなった時にはちょうどダンスは終わり、互いにもう一度お辞儀をした。
先生は拍手をし「素晴らしい」と言ってくれたけどゼフィランサス殿下の言葉が脳内で何度も繰り返されてそれどころではない。一目惚れ?私に?どうして?なんで?いつ?いつの間に?
「お二人は少しの休憩を。さぁ皆さん、まずはステップを覚えてもらいますよ」
先生の言葉に小さく息を吐き、壁にもたれかかるように座り込んでいると、ゼフィランサス殿下が隣に座った。
「なんでルードベルク嬢が悪者なんやろうなぁ」
「?」
「どうみたって婚約者に手を出してるあの平民の令嬢が悪いのになぁ」
にこにこと爽やかな笑み。逆にその爽やかさが胡散臭い気もする。
「あ、でもそのおかげで意中のルードベルク嬢とダンスできたんやからある意味感謝せなあかんな。なぁルードベルク嬢」
彼の手が私の手を握り、見つめてくる。
あくまでも爽やかなその笑みを浮かべ確かなどす黒い何かがその声に乗る。
「僕、君がいやって言って泣いてもどろどろに甘やかしてダメにしたいわぁ」
あははっと爽やかに笑うゼフィランス殿下。
でもその瞳はまるで獲物を狙う狼のごとく鋭く笑ってはいない。
雰囲気にのまれそうなのをなんとか堪え彼を見つめれば、彼は少し驚いた顔をした。
「私はどこかぞの殿下と違いきちんと分別を弁えていますわ。ですので貴方に口説かれても靡くことなんてしませんわよ」
「じゃぁ、婚約破棄になったら?」
「そうなったらほんのすこぉしだけ考えてもよろしくてよ」
「あはは!うん、やっぱルードベルク嬢はえぇなぁ。大好きや」
「私の方がロレーヌの事大好きなんだけど」
「ネモフィラ?!」
にゅっと間に現れたネモフィラは私に抱き着きゼフィランサス殿下を睨みつけた。
「胡散臭い狐がロレーヌの恋人になろうだなんて絶対に認めない」
「えぇ?恋人になるならんに友人の許可はいらんやろ?」
「だめ」
「独占欲強いと嫌われるで」
「それ、そのままそっくり返してあげる」
やめて!私の為に争わないで!とかなんとか言うべき?と考えてしまう。
今私、なんだかとってもヒロインっぽい気がする。片方は親友だけど。
それにしてもゼフィランサス殿下なんてキャラいたっけ?と考え込んでしまう。いたような気もするしいなかったような気もする。記憶が曖昧なせいでよく分からない。そもそもこのゲームの世界の名前もなんだったかも思い出せない。おかしくない?私すっごいやり込んだ覚えがあるのに。
「ロレーヌ嬢、そろそろ僕たちも授業に戻らんとあかんよ」
「わかったわ」
先生の掛け声とともにダンスを踊る。
ペアを変えて踊る事になったが、やはり私とゼフィランサス殿下の相手はいないのでまた二人で踊る事になった。
たっぷりと踊った後は待ちに待った放課後なのだけれども、なぜかゼフィランサス殿下が一緒にいた。
「どうして第二王子がいるの。私とロレーヌ二人でおやつを食べるんだけど」
「僕が居たほうが悪意ある噂もちょっとはマシになるかなぁって」
「いえ、悪女が第二王子を誑かしたなんて言われかねないのですみませんがお昼はご遠慮ください」
「えぇ。あかんのー?僕、ルードベルク嬢に食べてほしいのあるのに」
「食べてほしいもの?」
はい♡と差し出されたのは白くて豆が練り込まれている丸いもの。
「豆大福言うんやけど、食べへん?」
豆大福・・・!
「それは、お菓子?」
「せやでー。ネモフィラ嬢もどう?三人でなら大丈夫やろ?なぁ、あかん?」
「しかたありませんね。お茶は三人で食べましょう」
「ロレーヌがそういうなら」
「わーーい」
中庭でゼフィランサス殿下がくれた豆大福を頂く。
もちもちとした柔らかい手触りに懐かしさが込み上げてくる。一口頬張れば、あんこの優しい甘さと黒豆の触感と餅の触感が絶妙で思わず頬が緩んでしまう。まさか豆大福を食べれるとは思わなかった。
「これ、おいしい」
ネモフィラも気に入ったらしく目をキラキラとさせていた。
「いやぁ、喜んでもらえて嬉しいわぁ。抹茶もあるんやけど飲む?苦いけど」
「いただきます」
「飲んでみたい」
ゼフィランサス殿下もアイテムボックスを持っているらしく、そこからお茶をたてるための道具を一式取り出し抹茶をたててくれた。
豆大福を口に含み噛んで飲み込み、甘さの余韻を感じながら抹茶を飲めばそれはもう至福である。
ネモフィラは抹茶の苦みに最初こそは驚いていたが次第に慣れて「おいしい」と何度も口にしていた。
「運動の後は甘いものにかぎりますね。優しい甘さが疲れた体に丁度いいです」
「せやろ?他にも色々あるんやけどそれはまたこんどのお楽しみってことで」
「ふふ。楽しみにしていますね」
懐かしい日本の食べ物が食べれるのは本気で嬉しい。
こちらのお菓子は砂糖をたっぷりと使っているが和菓子は洋菓子に比べると比較的にまだカロリーも低く美味しい。紅茶には合わないが流行るのは難しいだろうけど。
「ルードベルク嬢、今度の休日良かったら一緒にお出かけせぇへん?」
「デートのお誘い?」
「せやで。逢引のお誘い。ルードベルク嬢にプレゼントしたいのあるし」
「ネモフィラも一緒ならいいですよ。私、一応これでも婚約者がいる身なので」
「せやったわ。あはは、あんな婚約者やから言われても頭から抜け落ちてまうわ。いやぁ、困ったわぁ」
サラッとこの国の次期国王を貶したこの男に言いたいことはあるが聞かなかったことにする。実際、私もファルダル殿下には思うことがある。イベリスというヒロインの強制力なのか世界の強制力なのかは知らないが婚約者を放置もいいところで、しかしここで私が怒ってしまえば醜い嫉妬に駆られて平民をイジメたなどという噂が立ちかねないので、何もしない。
「言わへんんの?婚約者は自分やーって」
「言いません。言った所で私の悪評がまた流れるだけだもの」
「ふぅん。そうなったら僕が護るんやけど」
「私がロレーヌを守るの。ぽっとでの男が間に入ってこないでくれる?」
ネモフィラが異様にゼフィランサス殿下をライバル視しているのはなぜだろう。
可愛いからいいんだけど。
三日目の授業はこれで終わり。
部活などはないらしく放課後は皆、自由に過ごしているらしい。
「ネモフィラ、図書室に行きましょう?」
「うん!」
「では殿下、また明日」
*
「あぁ、やっぱかわえぇなぁ」
僕はこの国の同盟国であり隣国の第二王子。第二王子といっても名ばかりで嫌われ者でこの留学だってていよく国から一時的に追い出すためのもの。
学を学べるなら別にどこでも良かったからえぇけど、と思いながら薔薇の残り香を恋しく思いながら去って行ったロレーヌ嬢を見つめる。
あれはまだお互いに小さい時で彼女がこの国の次期国王のファルダル皇太子殿下と婚約したての時だった。嫌われ者の僕はいつだって一人で皆が喋っているのを見つめているだけ。そんな僕に話しかけてきたのがロレーヌだった。
ロレーヌは僕を見て今日みたいに「きれいだわ」と口にした。月のようだ、と。
その時の僕は他人と関わるのが恐ろしくて思わず後ずさった。そんな僕に彼女は優しい笑みを浮かべ「ふふ。殿方なたら堂々としたほうがいいですわ」と言ったのだ。
「ぼくは嫌われてるから」
「あら。そんなの関係ありませんわ。他人がどう言おうが貴方は悪いことをしていないのでしょう?なら堂々としてればいいんですわ。それにそんな風に俯いていてはせっかくの綺麗な顔が台無しですわよ。私は、あなたの顔、好きですわ」
僕の前髪を掻き上げオッドアイなのを見てもなお彼女はそう言って微笑んだ。
その時からすでに僕は彼女に恋をしている。ずっと。
きっと彼女は覚えてない。それでも僕は彼女が欲しい。
「あんな腑抜けな浮気性な男より、僕の方が絶対にロレーヌに相応しいに決まっとる」
見た目だけは優男なファルダル皇太子殿下。でも実際はロレーヌを傷つけるやつとずっと一緒におる男。そんな奴が将来ロレーヌとこの国を担っていく?阿保らしいにもほどがある。
絶対に渡さへん。ロレーヌは、ロレーヌだけは絶対に。
「僕の大事なお月さまやから---」