二日目にして波乱で頭痛がしそうです
二度寝した私はネモフィラに起こされたが、良い夢を見たおかげで頭がすっきりと冴えていた。ネモフィラに「眠くないの?」と聞けば「二日ぐらい徹夜しても平気だからこれぐらいなんともないよ」と言われてしまった。前世の私なら徹夜しても大丈夫だっただろうけど、今のこの身体じゃ絶対に無理だな、と思ってしまった。
相変わらず殿下とイベリスは二人で仲良くしており、そこには紫の髪をポニーテールにしている眠そうな男子生徒もいた。攻略対象だと、思い出す。名前は確かグラジオラス・ル・カギュラス。種族はエルフ。二年生の生徒だ。まさかもう虜にしているとは思わなかった。逆ハー狙いなのかもしれないな、と思いながら軽めの朝食を摂った。
その日はネモフィラと別の授業があったので、早めにネモフィラを教室に送ると私も教室に向った。もちろん、ネモフィラに授業が終わったら迎えに来ることを伝えて。
今日はなんとアルベール先生が精霊魔法について教えてくれるらしい。扱えはしないが王宮図書館にあった精霊についての本や、それに関する記述などを読んで覚えているらしく特別授業という形でつきっきりで午前中は色々してくれるみたいだ。
「アルベール先生、ロレーヌです」
「あぁ、入ってください」
中に入ればアルベール先生がそわそわとした様子で椅子に座っていた。
「さて、早速ですが」
「はい」
「精霊使いだからと言って精霊と会話できるのはおかしいみたいです。例外として、その精霊と波長が合えば会話ができるみたいですが」
「つまり私はナパイアーと、草属性と波長が合うと?」
「貴女の場合もしかしたら他の精霊との波長も合うかもしれませんね。そうですね、風の精霊を召喚してみましょうか。悪戯好きらしいですが他の精霊と比べたらナパイアーの次に友好的だそうです」
その言葉を聞き小さく頷く。
風を感じ、その中にある魔力を集める。風の微精霊達がその魔力に引き寄せられ集まってきた。
実は一人の時にナパイアーを召喚したときに言われたのだ。
あの時は初の召喚だったから草の精霊さんというワードだけで召喚されたが、本来ならきちんとこうやって自然の中にある魔力を感じそれを自身の魔力に取り込み詠唱しないといけないと。
「春を運び、夏を運び、秋を運び、冬を運び、我らと共にいる大いなる風の精霊よ 今我の愛を捧げ奉る。我の前に姿を現し我に風の加護を与えたまえ」
微精霊達が大きな風となり詠唱と共に次第に人型になっていく。
背中に大きな翼。足は鳥の形をしており身体は女体。髪は肩までの長さで透明に近い薄緑色。瞳も鳥目。ハーピーの様な見た目だ。服は着ておらず大事な部分は羽毛で覆われていた。身長は155cmぐらいだろうか。子供の様なその見た目通り、彼女は私を見て顔を輝かせ抱き着いてきた。
「私たちの可愛い愛しい子!やっとあたしを呼んでくれたのね!」
「遅くなってごめんなさい」
「謝らなくていいの!だって人間には人間のルールがあるんだもの。仕方ないわ。それに今回やっとロレーヌに呼んでもらえたから!」
「…今回?」
その言葉に目の前にいる風の精霊は「あ!えっと、うー!あの、えっと!」と、明らかに動揺して目を泳がせている。
この子は今、『今回』といった。夢で見たロレーヌも何回も繰り返しているようなことを言っていた。つまり私は、ロレーヌはループしていて彼女の精神が壊れかけた、または壊れたからその器に死んだ私が入り込んだってこと?
それにナパイアーも言っていた『愛しい子』という発言も気になる。
「そ、それよりロレーヌ!早く私の名前を当てて!私の発言は聞き流してくれたら試練は無しでいいから!あ、でも月に一回はあたしと遊んでね?」
お願いと、潤んだ瞳で見つめられたら何も言えない。
「分かったわ。じゃぁ、名前を少し考えさせてね」
「うん!」
まずはその見た目。ハーピーの様な姿だがハーピーではないのは確実である。詠唱の内容を思い出す。私は私の愛を捧げると言った。そして透明に近い髪色。愛を捧げ形を保つ存在。
「シルフ?」
「そう!あたしはシルフ!これからはロレーヌに幸せが訪れる様に、不幸な運命に負けない様、あたしの風で護ってあげる!」
「ありがとう」
本当は聞きたいことが沢山あるが、今はその笑顔に癒されることにした。
「先生、シルフとちゃんと契約できました」
「それは良かったです。シルフは悪戯好きと聞きましたが大人しいですね」
「月に一回遊んであげたらいいみたいです」
「なるほど」
シルフは私に抱き着いたままアルベール先生をじっと見つめている。
私が「どうしたの?」と聞くと、シルフは「なんでもないわ!」と笑う。
でも先生を見つめる瞳に怒りを感じたのは気のせいだろうか。
「ねぇシルフ、次にその精霊を召喚したらいいかな」
「うーん。そうだなぁ、四大精霊なら別にどれでも大丈夫だと思うけど。あ、でも火の精霊はちょっと気性が荒いから戦闘中に呼んだ方がいいかも」
「分かった。ありがとう」
四大精霊というと風 土 水 炎か。あと三体。風と草を召喚できるなら次は土を召喚してみるのはありかもしれない。とりあえずシルフには還ってもらい先生に「シルフとも会話できました」と伝えた。
「やはりロレーヌ嬢は全ての精霊と会話可能かもしれませんね。さて、草と風の精霊と本格的に契約できたのはいいですが、魔力量はどうですか?」
「問題ないです。まだまだ余裕ですね」
「貴女の魔力は王宮魔導士以上かもしれませんねぇ」
次に噴水広場に案内された。此処には花壇もあり土の状態も良く、土の精霊や水の精霊を呼び出すには問題ないだろうとのこと。
それじゃぁシルフに言われた通りに土の精霊でも召喚するかと魔力を練り上げようとした時、シルフが突然現れた。
「シルフ?」
「貴女の宝物が大変な目に遭っているから教えに来てあげたの!風で運んであげるわ!」
「え?」
凄まじい風の魔力が私の周りに渦巻く。あまりの勢いに目を閉じた瞬間、浮遊感が襲う。そして次に目を開けたときには、体育館前にいた。
「この裏口にいるから早く!」
それだけ言うとシルフは消えてしまった。
何がなんだか分からないがとりあえず体育館裏にいけば、そこにはネモフィラと男女数人がいた。
そっと気配を消し近づけば聞こえてくるのはネモフィラに対する罵詈雑言。
「貴女、ルードベルク様と仲が良いみたいだけれども、平民の分際でお傍にいるなんて身の程を弁えなさい」
典型的なよくあるその場面に私は思わず「あははは!!!」と笑ってしまった。
その笑い声に気づいたのかネモフィラを囲っていた生徒たちが私を見て顔を真っ青にさせた。
「ねぇ、私の大事な宝物に何をしているのかしら?」
一歩前に足を踏み出せば目を泳がせる。
ネモフィラを見れば座り込んでおり制服が汚れているのがわかった。怪我は無いようだが許せるはずがなかった。『二度』もこいつ等は私の大事なネモフィラを傷つけたのだ。
「ねぇ、何をしているのか私が聞いているの。答えなさい」
「わ、私たちはただ、ロレーヌ様に相応しくないと…!」
「余計なお世話だわ。それにあなた達、昨日と今朝は私の事をさんざん噂していたのを知っているのよ。それなのに私のネモフィラを、宝物を私に相応しくないなんてよく言えたものね」
私の大事な宝物であるネモフィラを傷つけるなんて許せない。
『また』こいつ等が傷つけた。
「ロレーヌ…?」
怒りが込み上げてくる。
その怒りと同時に炎の魔力を感じ、私は口を開いた。
「灼熱より産まれし精霊よ 我が身を灼きつくさんばかりの怒りに応え 今ここに姿を現したまえ」
脳裏に磔にされ火あぶりにされている自分が映り余計に怒りが増してくる。それに応えるかのように炎の魔力は集まり人の形をとっていく。真っ赤な肌に日本の後ろ角を生やした、肌と同じ色の赤い髪のぼさぼさ髪の精霊に、私は命令をした。
「イフリート、私と真の契約をして私の目の前にいる、私の宝物を傷つけた愚か者に罰を下して」
「はっ!いいだろう。ロレーヌ、お前との真の契約はもう済んである。再び俺を召喚したんだ、これからはありとあらゆる困難を俺の炎で灼きつくしてやろう」
イフリートの登場にネモフィラを傷つけた生徒は完全に怯えており、一人は水魔法を放ったが下級程度の水魔法は上位精霊であるイフリートに効くわけがなかった。イフリートは花で笑いながらその魔法を手で払ったのだ。そしてイフリートの炎が生徒を囲み逃げ場が無くなる。
「ロレーヌ!」
後ろから抱きしめられそちらを見ればネモフィラが半泣きで私を見ていた。
「私は大丈夫だから。お願い、ロレーヌが傷つくことはやめて」
「私は傷ついていないわ」
「ロレーヌは優しいから人が目の前で傷つくのを見るのは嫌でしょう?だから、やめて。私、ロレーヌが私の為に怒ってくれただけで充分、嬉しいから」
ね?と、言われ私は息を吐きだした。
ネモフィラにそこまで言われては何もできない。
「ネモフィラに感謝なさい。次、ネモフィラに何かしたら次こそは黒焦げにしてやるわ。イフリート、ありがとう」
イフリートは何故かネモフィラを見て目を見開く。そして何か言いかけて口を閉ざした。
「ロレーヌ、お前はまだロレーヌと完全に混ざり合っていない。魂が二つある状態だ。だがそれも時期に溶け合いお前という人格のロレーヌになると思うぜ。そん時までに他の精霊と正式に契約して、てぃ…大精霊様とも契約できるようにするんだな」
「どういうこと?」
「これ以上は言えない。精霊があまり人間のルールや面倒ごとに干渉すべきじゃねぇからな。これでも俺らはだいぶ干渉しているほうなんだぞ」
「つまり自分で考えて行動しろってことね」
「そういうこった。まぁ行き詰ったときはちょっとぐらいはヒントはやるさ。どこぞの精霊みたいにお前につきっきりじゃなくてな」
私につきっきり?とさらなる疑問に首を傾げているとイフリートは消えてしまった。
「ねぇネモフィラ、今の意味わかる?」
「うーん。私には何が何だか」
「そうよねぇ。私にもよく理解できなかったわ。それより、怪我はない?」
「うん。すぐに来てくれたから。ロレーヌこそ大丈夫なの?授業…」
「あ」
二時限目が終わる鐘が鳴り私は苦笑するしかなかった。
サボっちゃいましょう!と、ネモフィラを抱きかかえ風の力を使い瞬時に寮の部屋に移動した。
「いいの?サボっちゃって」
「いいのいいの。どうせまた私の悪評が流れるだけだもの。それより、ネモフィラとお茶会をする方が有意義な時間が過ごせるもの」
自由気ままに生きると決めたわりになかなか上手くいかないのはムカつくけれども、人生というのは思い通りにならないので仕方ないと割り切るしかない。
どうせ今頃、あの生徒たちは私が精霊を使って無差別に攻撃したとか言っているのだろう。
「にしても気になることが多いのよね」
「気になる事?」
「ネモフィラは気にならない?私とロレーヌの魂が…っていうの」
「つまり貴女はロレーヌであってロレーヌじゃないってこと?うぅん。でも私が知っているのは…今のロレーヌだし。気にならないかな」
変な間があったがネモフィラは気にならないらしい。というかサラッと私であって私でないという事実を受け入れるあたりネモフィラもなかなか凄いというかなんというか。
「だって現実なら受け入れるしかないでしょ?私がどんなロレーヌも大好きなのは変わりないしね」
「ネモフィラやっぱり可愛いわ!」
せっかくだしもう今日の授業は全部サボっていまからベッドをくっつけて一緒にお昼寝でもしましょうよ!と、提案したらネモフィラが「流石に授業全部サボるのはダメでしょ」と笑ったので諦めることにした。でも夜はベッドをくっつけて寝るこ約束をしたので大満足である。
それにしても精霊は何か知っているっぽいし私は---いや、ロレーヌは繰り返している事は確定した。そして先ほどのイフリートの言葉を思い返すに、火あぶりにされた時点でロレーヌはイフリートと契約をしたのだろう。だから熱くなかった。そもそもイフリートは私の世界では精霊でもあるが悪魔とも言われている。もしかしたらこっちの世界でもイフリートは精霊でもあるが悪魔でもあるのかもしれない。
でも何回も繰り返している理由は理解できなかった。そもそもイフリートの契約もあの夢で見たのが最初なのかも怪しかった。
「ネモフィラ~、入学してまだ二日目なのに考えることが多すぎて嫌になるわ」
「そうね。ロレーヌの悪い噂もだけど、イベリスって子と殿下のことも気になるしね」
「もうそこはどうにでもなれって思っているの。殿下のこと好きじゃないし」
「そうなんだ」
そう、関係はどうでもいい。ただイベリスの言動が気になるだけだ。
殿下はどうでもよかった。
「午後からの授業ってなんだっけ」
「えーと、礼儀作法とダンスだった気がする」
「あー…礼儀作法は良いとしてダンスかぁ」
「ダンスは苦手?」
「得意よ。これでも妃になる為に努力してきたんだもの。ただ、殿下と組まされそうで」
きっといい顔をしないんだろうな、とため息を吐き冷めた紅茶で乾いた口の潤すのだった。