優しい子守唄は心地が良いものです
空きコマの後、授業に戻れば一部の生徒から敵意を、一部の生徒からは好奇心の視線をもらい「やっぱりか」と思った。予想通り悪い噂は広がってしまった。耳に届く「ファルダル殿下に振り向いてもらえないからって同室のネモフィラ嬢を利用して気を引こうとしたらしいですわ」とか「ファルダル殿下はイベリス嬢とロレーヌ嬢、どっちを選ぶのかしら」とか、それはもう様々な憶測や根も葉もない悪い噂が聞こえた。
ネモフィラを見れば顔を顰めており、噂をしている生徒に何か言おうとしたが止めた。
「大丈夫だから」
気にせずそのまま授業を受け昼食。
食堂にゆっくり向かい今日のランチを食べる。
パスタとパンとチーズで味は美味しい。黙々と食べているとネモフィラが「ロレーヌ」と、声をかけてきた。
「本当に大丈夫?ロレーヌは何もやっていないのに」
「ネモフィラが信じてくれているから気にしないわ。それにあれぐらいの噂をいちいち気にしていたらこれからの学園生活は過ごせないし。それにねネモフィラ」
ショートパスタをフォークに刺して口に運び、数回咀嚼して飲み込んだ。
「こういう噂って大体女子が主犯なの。主犯の女子生徒を潰さないと意味がないのよ。だからしばらくはほっとけばいいわ」
「ロレーヌって意外と腹黒いというかなんというか」
「これでも公爵家の令嬢よ?」
あ、ネモフィラの口元にソースがついているわよ、とナプキンで口元で拭けばネモフィラに「私そこまで子供じゃないんだけど」と言われたが顔は嬉しそうだ。この世界のヒロインってネモフィラで決まりじゃない?どうしてイベリスなのか心底分からない。
私の噂は上級生にも伝わったらしく、この食事中でも私の噂話は聞こえてくる。
そして私とネモフィラの近くで食事をしていた殿下とイベリスの会話も。
「私、見たんです。彼女がネモフィラさんの足をひっかけたのを。きっと次は私です・・・。殿下と仲良くしているから・・・」
「大丈夫だ。何かあっても私が守ってみせる」
やっぱ噂の元凶はイベリスか。でも証拠はない。もちろん、私がネモフィラをこかしたという証拠も。イベリスの証言のみでその授業の先生は私はやっていないとはっきりと宣言していたし。イベリスはやっぱり転生者か憑依者で間違いないだろう。私が何も起こさない、しかもネモフィラと仲良くしていたので無理やりゲーム内のイベントを起こしたに違いなかった。
接触すべきか、しないべきか。・・・しないでおこう。どうせ向こうから接触してくるだろうし。
「そういえば、ロレーヌ知っている?」
「何を?」
「隣国の第二王子が此処に入学しているらしいよ」
「それ、本当ならよく入学許可下りたわね」
「大事にされていないみたいだから、戦争のきっかけにするつもりなんじゃないかな」
「あー。この国、隣国と仲悪いものね」
「でも、噂だから本当かどうかは分からないけど」
「もし本当に第二王子がいるなら見てみたいわね。遠目から」
「どうして遠目?」
「ほら、一応私に婚約者がいるでしょう?他の男性と一緒にいるところを見られるわけにはいかないし」
「・・・」
無言になるネモフィラ。近くにいたイベリスと殿下の楽しそうな会話も止まった。
ふふん。私、殿下と違ってちゃんと婚約者は大事にしますのでっていう裏の言葉はちゃんと理解してくれたようで良かった良かった。
「あ、でも」
びくりと殿下の肩がはねた。
「婚約破棄の内容に当てはまったから近々婚約破棄かも」
殿下とイベリス、ネモフィラだけに聞こえる大きさの声で言えば、ネモフィラは「え?」と目を見開き、殿下の顔は面白いぐらいに青ざめた。なんだ、婚約破棄の内容ちゃんと覚えていたのか。
「だからね、王妃にご相談しようと思っているの」
「凄い、ロレーヌが良い笑顔」
殿下は流石にヤバいと思ったのか私に近寄ってきた。
「ロレーヌ、別に君を蔑ろにはしていないしイベリスだけの意見だけを尊重はしていない」
「あら。そうですの?ならよかったですわ。ファルダル殿下はとってもお優しい方ですものね。ふふ」
「・・・今度、君の好きな茶菓子を贈ろう」
「嬉しいですわ。ありがとうございます」
さて、今の殿下は私の好きな茶菓子を分かっているのか楽しみだわ。
飲み終えたティーカップを置き立ち上がりネモフィラに声をかける。
「ネモフィラ、購買でお菓子を買って中庭でのんびしない?移動はさっきみたいに風魔法で運んであげるから」
「うん。ありがとう」
購買でスコーンを買いネモフィラに風魔法をかけて姫様抱っこで移動する。
風魔法を使っているとはいえ彼女は少し軽すぎないかと心配してしまう。売れている商売人の娘なら普通の平民より質のいい食事はとれているはず。なのにネモフィラは驚くぐらいに軽かった。
「ネモフィラ、もう少し食べたほうが良いと思うわ。いくらなんでも軽すぎる気がするの」
「え?そんなことないよ。私、平均的な体系だと思う」
「そうかしら」
脇腹を少し触ればネモフィラは「くすぐったい!」と笑う。あまり肉がついていないのでやっぱり痩せすぎだと思う。女の子は少し肉がついている方が可愛い、というのが私の考えだ。なのでこの身体---ロレーヌの身体も痩せすぎだと思っている。が、公爵家の娘で今は殿下の婚約者なので体型は気にしなければならない。こんなしがらみがなければ好きなものを好きなだけ食べて過ごすのだけれども。
そうこうしているうちに着いた。中庭にある噴水近くにあるベンチに腰を落ち着かせる。
アイテムボックスから先ほど買ったスコーンとティーカップとティーポットに入っているいれたて同然の紅茶をティーカップに注ぐ。アイテムボックス持ちはやっぱり便利だと再確認。
「はー・・・美味しい」
「ロレーヌって紅茶を飲んでいるときと本を読んでいるとき幸せそうだね」
「それ両親にも言われたわ。その顔つきを常にしていたらもう少し人が寄ってくるのにって。この近寄りがたい雰囲気と顔は両親譲りだっていうのに」
そう、この無表情に近い洗礼された綺麗な顔は母親譲りで近寄りがたい雰囲気は父親譲りである。表情を作れと言われても難しい。でもあまり表情がでない顔のおかげで社交界というより、貴族社会の中では腹の中が分からないので役に立っている。デメリットでもあるがメリットでもある。
「ねぇロレーヌ」
「ん?」
ネモフィラが私の制服の裾を掴む。
「まだ出会って二日だけど」
「うん」
「私並みに仲のいい友人作ったら嫌だよ?ロレーヌの一番の友人は私が良い」
「私もよ、ネモフィラ」
親友宣言!!やっぱりこの世界のヒロインはネモフィラで決定ね。
のんびりとした昼休みを過ごし、その後の授業はこれといった事件もなく穏やかに過ぎていく。ネモフィラと夕食を食べてお風呂に入って自室に戻った。自室ではそれぞれ好きなことをする。私は読書でネモフィラは魔道具の開発。明日から部活勧誘も始まるらしい。
読みかけの推理小説に目を通すも内容が入ってこなかった。
しかたないのでネモフィラに「私はもう寝るわね。おやすみ」と、声をかけてベッドに横になり目を閉じた。
そして一生懸命、前世での記憶を整理する。
前世、といっても整理するのはこの乙女ゲームの世界の内容。登場人物もシナリオをぼんやりとしか覚えておらず、乙女ゲーのタイトルさえも思い出せない。分かるのはどのルートでも死亡すること。しかもその死刑内容が火刑、磔刑、首吊り、溺死、車裂きなどなど何故かバリエーションが豊富。中には暗殺もあった。とにかくこのロレーヌは死ぬ。そして恐れていたことにやはり何かしらの強制力が働いて私はあっという間に悪役令嬢になってしまった。明日から始まるであろうイベントを回避したいがこれだけ考えても何も思い出せないのだ。うっすらと、隠しキャラがいたような?と何かを思い出しそうになる。隣国から来ているというその第二王子が隠しキャラだった気がする。でもどんな見た目でどんな性格なのかはやっぱり分からない。男性キャラ最推しも思い出せないのも謎だ。大好きだったはず。それはもうポスターを壁に貼り、ぬいを自作してアクキーなんかも作ってするぐらいに。それなのに、ちっとも思い出せないのだ。ぞわりと悪寒がする。チートとの引き換えに記憶を失ったと思ったが、別の何かが干渉しているような気がした。何か、はまだ分からない。が、本来のロレーヌは入学前から悪役としての素質を見せ本編でその本領を発揮させた。でも今はそうなっていなかった。本編が開始した途端に私は悪役令嬢になったのだ。イベリスのせい?いや、彼女だけのせいではない。彼女が私を陥れたとしてもこんな早くに本編通りに悪役になるはずがない。前世の事を思い出そうとすればするほど頭が痛くなるのでこれ以上はやめておこうと、大人しく眠りにつくことにした。
*
「ロレーヌ・フォン・ルードベルクは、醜い嫉妬に身を任せ殿下の思い人であるイベリス嬢を暗殺しようとした。よって、ここに火あぶりの刑を宣告する」
違う。私じゃないと、暴れるも、傍にいた兵士に取り押さえられそのまま引きずるように十字架に磔にされる。目から涙が零れた。目線の先にいるのはイベリスとファルダル殿下だ。イベリスは満足げに笑っており、ファルダル殿下もボロボロの私を見て鼻で笑った。
ゴロリと、目の前に丸い何かが放り投げられた。そして絶句。私を愛してくれた両親が打ち首にされたのだ。どうして、と声にならない声が出る。
民衆たちは私を見て嘲笑っていた。
足元に火が放たれ、灼熱の炎があっという間に全身を包み込んだ。
嗤いが、零れる。
私は、ただ貴方を愛しただけ。最初に私を裏切ったのは貴方なのにこの仕打ちはない。あぁ、この世界は、どこまでも残酷で美しく、滑稽なのだろうか。私はただあの女を彩る為の舞台装置でしかなかった。私が嫉妬に身を任せれば任せるほどあの女が輝き、殿下の心はあの女のモノになっていった。
でも、だとしても、私が嫉妬に駆られあの女をイジメたとしても、死刑になるほどの事を私はしただろうか。あぁ、今回も私は死ぬ。何度も何度も何度も繰り返して繰り返して、どんなに私が善人になろうが、どうしようが、私は結局は死ぬ運命でしかない。
許せない。赦せない。赦せるはずがなかった。
「ふ、ふふっ、ふふふふ!!!」
笑い声が上がる。
「あははははははは!!!」
お前らが、私を裏切り続け何度も私の身を殺し、私の自我を殺し、私の心までも殺すというのなら、私を悪女だと、魔女の使いだというのなら、喜んで私は悪魔に身を捧げてやろう。
「私はお前らを赦さない!!!世界を恨んで呪って死んでやる!!!私を魔女の使いというのなら、この国を、世界を、すべてを呪ってやる!!!!あははははははは!!!!!」
視界が赤に染まっていく。
そういえばさっき熱さを感じない。痛くもない。やっぱり私は魔女だったのだろうか。
もうそんなことはどうでもよかった。
もう、終わりたい。全て、滅んでしまえばいい。
何度も繰り返すこの茶番に終止符を。
お願い、もう私をここから---。
*
「ロレーヌ!」
ネモフィラの悲痛な声に目が覚める。
「ね、ねも、ふぃら…」
喉が以上に乾いていた。
恐ろしい夢を見た。
ロレーヌの負の感情に触れた気がする。
「ロレーヌ、泣いているの?」
「え?」
言われて気付く。
たしかに私は泣いていた。
「ネモフィラ、濡れたタオルを持ってきてもらっていいかしら」
「うん」
心臓がバクバクとうるさい。
ネモフィラが持ってきてくれた濡れタオルで汗を拭いていき、差し出された水で喉を潤した。
「顔色悪いけど、授業休む?」
「夢見が悪かっただけだから。授業にはちゃんと出るわ」
「分かった」
何度か深呼吸をし、しばらくしてようやく落ち着いた。
時計を見ればまだ朝方で起きるには少し早いが二度寝をすると遅刻しそうな時間だ。
ちらりと、脳裏によぎったのは火炙りにされているロレーヌだ。ファルダル殿下エンドでの死刑だったか、逆ハーエンドでの死刑だったかは思い出せないが、やけにリアルなその夢に、落ち着いたとはいえまだ手が震えており、恐怖からか指先が冷えていた。
「ネモフィラ、抱きしめていいかしら」
「もちろん」
ネモフィラを抱きしめれば、ネモフィラが私の頭を撫でながら鼻歌を歌ってくれた。
優しいその音色にあの嫌な夢での恐怖は薄らいでいく。
うとうとと、二度寝をしてはいけないとわかっているのに再び睡魔が襲ってくる。
「大丈夫、ちゃんと私が起こしてあげるから。今度こそ、良い夢を見て」
優しいネモフィラの声が遠くから聞こえた。
ふわふわとした意識の中で、私はうっすらとネモフィラから知っている気配を感じたような気がした。
「ネモフィラ…、その歌、続けて…」
「うん」
~♪
ありがとう、と言えばネモフィラが優しく微笑んだ。