妙な所で育成乙女ゲーの設定なのですね
次の授業は一年生全員で行う体力づくりと魔力増幅を図る授業。
動きやすい服装に着替えて体育館にいけばすでに先生が立っており、騎士クラスなど前衛職メインの生徒たちもいた。彼らは連続でこの授業を受けるらしくすでに汗をかいており水分補給を行っていた。
先生はエルフで名前はアイズと言った。銀髪を一つに束ね鋭いエメラルドの色をした瞳は私達を一瞥した後、目を大きく見開いた。
この反応、もしかして---と思っていると先生は私の前に早歩きで近づいてくる。
「貴女がルードベルク家のお嬢様ですか」
「はい」
「なるほど、貴女からはとても心地いい雰囲気が漂っています」
「え」
心地良い雰囲気とはどういうことだろう。悪役令嬢顔できつい感じの私がそんなことを言われるとは思わなかった。
アイズ先生は「貴女が草の精霊と契約しているからでしょうね」と付け加え納得する。エルフは森と---自然と暮らす種族。そんな種族だからこそ、ナパイアーと契約した私の傍にいると心地良いのだろう。
先生は「さて」と、私たちを見回し「先ほど授業を受けた生徒は分かっていると思いますが」と喋りだした。
「私の授業では主に体力作りとサバイバル知識を身に着けることです。前衛が倒れたときや敵を前に相手にできないと判断したときに素早く離脱できる体力がないと待っているのは死のみです。サバイバル知識もそうです。仲間とはぐれ遭難したとき、生き延びる確率を少しでもあげるために学んでもらいます。二学期には実際にサバイバルをしてもらいますので、そのつもりで頑張ってください」
今日は走り込みらしく、体育館を走ることになった。
乙女ゲーをしていたとき、攻略本を買ってロレーヌのステータスを確認したが圧倒的に体力がなかった。貴族の令嬢にしてはある方だと攻略には書かれていたが、それでも他のキャラと比べると無さすぎる。実際、横で私と同じペースで走っているネモフィラは余裕そうに走っているが、私は三週目辺りからもうすでにバテそうになっていた。社交界でダンスなどをしているのにどうしてこうも体力がないのか知りたい。
「ロレーヌ、もうちょっとゆっくり走る?」
「このままのペースで走るわ。ネモフィラ、先に行くなら行っても大丈夫よ」
「うーん、私、ロレーヌと走りたいからこのままでいいかな」
やっぱりネモフィラは天使。すっごく可愛い。
ふと前を見ればファルダル殿下とイベリスが楽しそうにお喋りをしながら走っていた。私の婚約者、婚約破棄の条件を覚えているのかしら?覚えていたとしても覚えていなくてもここはいろんな貴族様達が集まる場所だ。婚約者を蔑ろにしているというレッテルを貼られてもいいのだろうか。私にはあの人が何を考えているのかよく分からなかった。理解しようともしないけど。
体育館を五周したあたりで呼吸が苦しくなる。前世でも、もう少し走れたはずなのにと少し凹んでしまう。
他の生徒より、二周遅れで走っていると急に誰かが足を引っかけてきた。
「っ!」
こけそうになるが衝撃は来ない。恐る恐る目を開ければネモフィラが私の腕を掴んでくれていた。
「あ、ありがとう。助かったわ」
「ロレーヌに怪我がなくてよかった」
誰が足を引っかけてきたのかは分からないが、今度は引っかけられないよう気を付けようと再び走り出す。少し立ち止まり呼吸を整えることができたからか、さっきみたいな息苦しさは多少マシになっていた。
私に体力がないのはきっと舞踏会にあまり参加せずに本ばかり読んでいたからに違いない。運動といえばダンスの練習や淑女としての歩き方など学ぶときぐらいで、それ以外はほとんど屋敷に引きこもっていたからだろう。こんなことなら少しでも運動を真面目にしとけばよかったと、内心涙目に。休日とかに軽く走り込みをして体力づくりに励んだ方がいいかもしれない。
15分程走ったところでようやく小休憩が入り壁際に行き座り込んだ。
「ロレーヌはもう少し体力があると思っていた」
「私も、ここまで酷いとは思わなかったかな」
編み込みハーフアップの髪をほどきポニーテールにして、首筋を涼しくすれば暑さがほんの少しだけマシになった。
ネモフィラが「ポニーテールも似合うね」と笑ってくれて少し照れる。
「ネモフィラの髪が長かったらお揃いにできるんだけど、さすがにポニーテールは厳しいわね」
「お揃いの髪型やってみたいし伸ばそうかな」
「そういえば、ネモフィラはどうして髪を伸ばしていないの?」
「伸ばすのって大変だから。こまめに髪を切りながら伸ばすなんて考えるだけでもめんどくさい・・・。でも、ロレーヌとお揃いの髪型はやってみたいからいい機会だし伸ばしてみようかな」
ネモフィラのフワフワな髪が腰まで伸びているのを想像するだけで、それはもう可愛いと確信できる。むしろ今まで伸ばさなかったのがもったいないぐらいだ。
「ネモフィラは顔も可愛いし、そのフワフワな髪でポニーテールやハーフアップとかしたらもっと可愛くなると思うわ」
「ロレーヌって私の事たくさん褒めるからちょっと恥ずかしくなる」
「だってネモフィラが可愛いから」
「またそうやって・・・」
こっちの世界に来てからの初めての友達ということで距離感が掴めていない・・・というか、浮かれて距離が近すぎるのは自分でも分かっているのだけれど、頬を赤く染め照れて笑うネモフィラが可愛いから仕方ないと思う。それに女性キャラでの一番の推しはロレーヌだったけれど、その次に好きだったのはネモフィラだったのだ。推しとお友達になるなんてオタクとしては喜ばしい事である。まぁ相変わらず表情筋はほとんど死んでいるのだけれど。
男性キャラでの一番の推しもいたのだけれどなぜか思い出せない。思い出せないのはこの世界の何かしらの力が動いているのか、それとも転生特典でチートになった代償として前世で得たこの世界での情報を一部抜かれているのか。気を付けないといけないな、と考えていると小休憩が終わりまた走らされる。
以外にも体力は回復したので先程と同じペースだが走れてはいた。
ネモフィラの視野をカバーするように左側で走っていると、いきなりネモフィラが盛大に前へ倒れた。
「ネモフィラ!!」
慌ててネモフィラを起こせば「大丈夫、ちょっと痛いけど」とネモフィラは言う。
そこで私は思い出す。これはイベントだ。ロレーヌが成り上がりの商人の娘への嫌がらせをする。理由は確か、殿下とイベリスと仲が良いから、とか、とにかく嫉妬からだ。でも『私』はネモフィラと仲も良いし別に嫉妬もしていない。先日ロレーヌの意識が潜在的にあるのが分かったが、そのロレーヌの意識はない。ちゃんと、前世の記憶を思い出している『私』だ。
「私、見ました!」
ネモフィラの足を持ち「ちょっと動かすわね」と、捻挫をしていないか確認していると、イベリスがいきなり声をあげた。
「彼女がネモフィラさんの足を引っかけるところを!」
はぁ?と言いたいがそんなイベリスは無視。右側の足首を少し動かせば「いたっ」と言ったネモフィラに、私は先生に「ネモフィラが捻挫しました。医務室に連れて行っても?」と聞いた。
「えぇ、かまいません。ルードベルク嬢は何もしていませんからね」
流石にネモフィラをかっこよくお姫様抱っこをできないので先生に魔法を使う許可を得て、「風よ、我の宝物を優しく包み込みたまえ」と唱えると、ネモフィラが風でふわりと浮いた。その状態でお姫様抱っこをし早急に医務室に向った。
後ろでイベリスが何か騒いでいたので「うるさいですわよ」と睨みつけた。するとファルダル殿下が庇う様にイベリスの前に立ったので、ため息をついた。
「殿下、別に私が嫌いでもかまいませんけれど、学園とはいえここは様々な貴族や平民が集まる場所---社交界よりも厄介な場所とそろそろ自覚してください。貴方は婚約者がいるのですよ?」
ネモフィラを傷つけられ頭にきている私はいつも言わないことを殿下に言ってしまった。あ、やべ。やっちゃった。と思った時には遅い。すごい形相で殿下に睨まれたがこちらは何も理不尽な事も悪いことも言っていない。親切に忠告をしたのだからむしろ感謝してほしいぐらいである。
にしても結果的にイベント通りの事が起こってしまったので殿下との好感度が下がった。まぁいいか。いざとなれば他国へ逃亡して悠々自適に生活するし。
「ネモフィラ、医務室に行くからもう少しだけ痛いのを我慢してね」
早歩きで殿下の横を通り過ぎそのまま医務室に向う。
医務室にいたのはピンクの髪を耳まで伸ばし毛先が外ハネしており、瞳が金色のいかにも優男という雰囲気が似合う攻略対象---獣人族のアルストロメリア。彼はウサギの獣人らしく、髪と同じ色のウサギ耳が垂れていた。光属性の魔法が得意で医学の知識も素晴らしく、その優しい性格からこの学園の医務全般を担っている。他にも彼の助手が何人かいるがそちらは攻略対象外でゲーム本編でも名前がなかった。
「一学年魔法科のロレーヌ・フォン・ルードベルクと、ネモフィラです。彼女が授業中にこけて捻挫したので連れてきました」
「あぁ、わかった。そこに座らせて」
のんびりした口調の先生は動作もゆっくりとしている。少し眠たそうにしながらも、ネモフィラの足を見て「軽い捻挫だね」と言いながら、腫れた足首を冷やした後、丁寧な手つきで包帯を巻いていく。
「魔法で治してもいいけれど、それじゃ自己治癒能力が下がるからね。しばらくはルードベルクさんと一緒に行動してね。ルードベルクさんはなるべくネモフィラさんを手助けしてあげて。一週間で治ると思うけど、一週間経ってもまだ痛むようならまたおいで」
「わかりました」
素人目線では捻挫だったけれど本当はヒビが入っていたらどうしようかと思ったけれど、予想通り捻挫でよかった。
緊張が解けたのか、急に疲れが身体全体を襲った。
「ルードベルクさんとネモフィラさんにはこれをあげる。みんなにはナイショだよ」
ほわほわと笑いながら差し出されたのは可愛らしい兎の形をした黄色の飴だった。お茶目な笑みを浮かべながら「疲労したときには甘いものが一番だからね」と言われ、ネモフィラと二人でお礼を言って飴を口の中にいれた。
ほんのりと、くどくない甘さ。ちょっとだけ酸っぱいその飴はレモンキャンディーだった。
「食べ終わるまでここにいていいからね。そのまま戻ったら僕が怒られちゃうし。それにルードベルクさんは体力が限界でしょう?」
小さく頷けば、ベッドに横になるように言われそのままベッドの中に入った。
ネモフィラも隣のベッドに寝かされる。
窓から入ってくる風は相変わらず心地が良い。先ほどのムカつく出来事も、この飴とネモフィラの美味しそうに飴を口の中で転がしている所を見れば自然と心は穏やかになった。
そしてやはり私はこの世界ので起こる出来事を忘れているということがわかった。分かっていたらネモフィラに怪我をさせることはなかった。でも、どうして私は記憶がこんなにも曖昧なのだろう。先ほど考えていた通り、チートの代償?それともこの世界の何かしらの強制力?両方?考えても答えはでないがこのままネモフィラに被害が出るのは嫌だった。それにこうやって休んでいる間にも私の悪評が広まっているかもしれない。この後、授業に戻ってクラスメイトがどう私を見るかで結果は分かる。まぁ、悪役令嬢としての一歩を踏み出したことに関しては別になんとも思わない。予想通り、ともいえる。ただイベントを覚えていないというのが予想外だった、というだけで。
いつの間にか口の中で溶けて消えたレモンキャンディー。
起き上がりネモフィラの方を見れば何故か私をジーっと見つめていた。
「ロレーヌ、眉間に皺が寄ってる。美人がそんな顔をしても美人なのは凄いと思うけど、ロレーヌに難しい顔は似合わないよ」
「え?そんなに難しい顔、していた?」
「うん。悩み事?」
「さっきの事を思い出してね」
「私、あの子嫌い。ロレーヌの事を悪く言うなんて許せない」
怒りからか魔力漏れを起こし空気中の水分が具現化し、ネモフィラの周りで小さな水玉ができた。
「ネモフィラ、ネモフィラ、魔力漏れてる」
「あ。やっちゃった。私、昔から起こると魔力漏れ起こしちゃうんだよね」
「これから魔力制御の事を学ぶし、気を付けようと思っているなら大丈夫じゃないかしら」
ベッドから降りて先生にお礼を言い自室に戻り着替えをし、髪型を元に戻した。
「お揃いはできないけど片方だけ編み込みしてみる?」
「する!」
ネモフィラを椅子に座らせ右側の髪をとり丁寧に編み込む。黄色の紐リボンで結んであげた。
「あ、そうだ。ネモフィラちょっといい?」
「?」
付与魔法ができたことを思い出し、私はしばらく考えた後、詠唱をした。
「春を運ぶ風よ、我の宝物を危険から守り給え」
春風の匂いがした風が紐リボンを撫でるように吹く。
ステータスを見れば『物理無効 幻影効果』がついており、成功したと安心した。
「その紐リボンに物理無効と幻影効果を付与させたから肌身離さずに持っていてね」
「うん。ありがとう、ロレーヌ」
それぞれ効果の発動は一回きりだが何もないより良い。
幸い、次は空きだったので二人して楽しくおしゃべりをした。
そして、やっぱりというべきが、私は何故か同室のネモフィラを使って殿下の好感度をあげようとした女、と噂されていた。
悪い噂って広まるのは一瞬だよね、どの世界でも。




