流行りの悪役令嬢転生です
王家の、王妃お気に入りの薔薇園でのお茶会に私の両親と両陛下と殿下が出席していた。噴水から聞こえる水の音と小鳥たちの囀り、薔薇の香りに心地良い風に良質な紅茶と茶菓子。
お茶会は大好きだがこんなにいい場所なら寝転びながら本を読みたいと、私---ロレーヌは思った。微睡みながらする読書はきっと最高に違いない。そこにこの美味しいスコーンに美味しい紅茶があるのならもしかしたら世界で一番幸せな日になる自信がある。
そんなことを考えながら話も聞かず早く帰って読書の続きをしたいと思っていたら父親が声をかけてきた。
「ロレーヌ、お前はファルダル殿下の婚約者になるのだ。未来の王妃になるのだから立派な淑女になるのだぞ」
思わずファルダル殿下を見た。太陽の光を受け金色に輝く髪は襟足のみ長く白い紐リボンで一つに結われており、サファイアの様な瞳は私を見て微笑んでいる。その温厚な笑みを見て私は頭に石を投げられたかのような衝撃を受け、持っていたティーカップを落してしまいそのまま椅子から落ちてしまった。
ずきずきと痛む頭に両親の心配する声が余計に響き「大丈夫です」と言いたいが声を出すのも辛かった。
思い出した。思い出してしまった。そしてこの瞬間からロレーヌは現代日本人で社会人をしていた私の意識に塗りつぶされてしまったのだった。
ファルダル・ド・セルク・ルクソール殿下。彼は私がハマっていた乙女ゲーの攻略対象であり、この身体---ロレーヌ・フォン・ルードベルクの婚約者である。そしてロレーヌはというといわゆる悪役令嬢で今から二年後に始まる魔法学園でヒロインに嫉妬しイジメをしてそして死亡する運命である。というかこのロレーヌ、何をしてもどのルートでも死亡フラグが立っており最終的に死ぬ運命しかない。運営さん、そんなにこの悪役令嬢が嫌いですかとロレーヌ推しの私は嘆いたものだ。
気が付けば屋敷に戻っており目を覚ませばお母様から「まだゆっくり寝ておきなさい」と言われてしまったので、お水だけもらい乾いた口と喉を潤しふかふかのベッドに沈み込んだ。考えるのはこれからの事。
どうやって死亡フラグを回避するか。
だが私が頑張ったところで世界の何かしらの強制的な力が動くとも限らない。となると私にできることはただ一つ。自由気ままにのんびりとまったりと学園生活を送りヒロインをイジメずになるべくアリバイ工作をすること。それでも死亡ルートにはいるなら隣国に亡命してしまうのが手っ取り早い。今の内から隣国に亡命してもいいが魔法学園にはほんの少し興味があるし通ってみたいというのが本音。日本のオタクである以上、魔法という文化に触れられるなら習ってみたいと思うのが当然の心理である。死亡フラグしかない悪役令嬢に転生してしまったのはきっと過労死が原因だろう。働いていた会社が結構なブラックで残業ばっかりさせられていたし。それを思えば悪役令嬢に転生も悪くない。幸い、ご都合主義がうまく働いてくれているみたいでロレーヌだったときの知識や口調、言動などは意識せずともそのまま出てくる。私は王妃なんてなるつもりはさらさらない。そんなものになるぐらいならそれこそ素敵な恋をしてその人と結婚して自由にゆっくりまったりと読書やお茶をして過ごしたい。
ただ気になることが一つ。ゲーム内のロレーヌの魔力はA判定で二属性の魔法を扱える魔法使いだったはず。転生特典なのか何なのか分からないが、先ほどから微精霊が私の周りをウロウロと飛んでおり肩に乗ったり頭の上に乗ったりしているのだ。
この世界には魔法が存在するが扱える属性により職業が分けられる。ゲーム内のロレーヌは闇と炎の二属性の魔法使いだったが、近接戦もでき少しだけ魔物を使役することもできており魔法使い兼ビーストテイマーだったはず。それなのにどうして微精霊が私の周りを飛んでいるのだろうか。それも炎や闇だけではなく様々な属性の微精霊達が。
微精霊とは大元となる精霊のほんの一部の意識が切り取られた存在でその姿を認識でき尚且つ契約できるものはほとんどいないとされている。しかしこれはどう見ても私は微精霊に好かれているではないか。本当にどうして?
「うーん。まぁ考えても仕方ないよね」
前世の記憶を思い出したことだけでも万々歳だ。
今はこの世界に馴染む努力をしなければ。ファルダル殿下とも表向きは仲良くしておけばいいだろう。ロレーヌは見た目も良ければ頭もいい。王妃から出される課題は軽々とこなせるはずだ。体調が落ち着いたのでベッドから降り等身大の鏡の前に立つ。そこにいるのは当たり前だがロレーヌだ。美しい真紅の長い髪は丁寧に手入れされているのか絹の様に指どおりが良くいつまでも触っておきたい。そんな髪は普段、編み込みハーフアップにし後ろでお団子にして残りの髪はおろしている。そして世界でも珍しいイエローダイヤモンドの瞳は光がある場所にいるだけでキラキラと輝いていた。そしてそれら二つの色は白い肌によく映えておりまさしく絶世の美女といえる。ただ可愛らしい容姿ではい。瞳は少し吊り上がっておりキツめの美人といった所だ。コルセット無しでも出るところは出て、絞まる所は絞まっており手足がスラリと長い。前世日本人だった私からすれば見惚れてしまう程である。どうしてこんな美女が傍にいるというのに婚約者はヒロインに浮気したのかは謎だ。そんなに自分を甘やかしてくれる存在が良かったのだろうか。ロレーヌは殿下に厳しく接する事もあったが甘やかす所では甘やかしていたはずだ。殿下の性格は誠実と書かれていたが、誠実な人間が浮気するか?
鏡の前で考え込んでいると扉を軽く叩く音がし、その直後に「お嬢様」という女性の声がした。きっとロレーヌ専属のメイドだろう。
「入っていいわ」
「失礼します。ロレーヌお嬢様、おかげんの方はよろしいいのでしょうか」
「えぇ、もう大丈夫よ。心配かけたわね」
入ってきたのは黒い髪をお団子にまとめ上げ黒縁眼鏡をかけているメイドだった。確か名前はベロニカだったか。
「お夕食はいかがなさいますか?」
「ん-。自室で食べるわ。軽いものでお願い。食べたら入浴をしてその後はゆっくりと読書でもしようと思うから紅茶をお願いするわ。
「畏まりました。旦那様と奥様にはまだ体調があまりよろしくないとお伝えしておきます」
「そうしてちょうだい。じゃぁ、お願いね」
ベロニカは頭を下げると部屋を出ていった。しばらくして運ばれてきたのはパン粥と果物だった。熱々のパン粥はミルクで煮込まれておりほんのり甘くて美味しい。頭痛と転生の事で気が滅入ってあまり食欲はなかったが、食べているうちに食欲が刺激されお腹が小さくなった。あっという間になくなったパン粥に物足りなさを感じるが、食べやすい大きさに切り分けられたオレンジを食べていると少しは満たされた。
入浴は流石貴族なだけあってか、湯船には薔薇が浮いており数人のメイドが丁寧に髪を洗いマッサージまでしてくれた。湯船の中でうたた寝をしそうになっている私をメイド達が「お嬢様、溺れてしまいますよ」とクスクスと笑いながら窘める。
これ以上は本当に寝てしまいそうなのでさっさと上がり、読書をしながらまったりとお茶を飲み、夜が更けたころにようやく眠りについたのだった。
*
次の日、私たち家族は再び城へ来ていた。昨日、私が倒れて正式に婚約が結べなかったので改めて、ということらしい。挨拶もそこそこに書面を渡される。書面には婚約の内容が書かれているが私はここで一つ手をうつことにした。
「両陛下、恐れながらよろしいでしょうか」
「どうしましたか、ロレーヌ」
緊張で唇が渇く。生温くなった紅茶で少し唇を濡らし口を開く。
「婚約破棄の条件も記載してほしいのです」
「なぜ?」
「私たちはまだ子供です。もしかしたら学園内で私以上に殿下に相応しい方が見つかるかもしれません」
なので---と、両陛下の瞳を見つめた。
『1.両名どちらかが不当な理由で真偽も確かめずに相手を傷つける事
2.両名どちらかが相手を蔑ろにする事
3.上記の事が当てはまったとしてもロレーヌ・フォン・ルードベルクを処刑にしない事
4.上記の事が当てはまったとしてもロレーヌ・フォン・ルードベルクを暗殺しないこと』
この事を告げれば両親が「ロレーヌ!」と叱咤する声が響いたが私は無視をした。
「殿下が誠実な方、というのは聞いております。が、もしものことを考えこの内容を含ませてほしいのです。ただ婚約するというだけの契約書では少し不安ですので。これはあくまで私と殿下の保険です。もしかしたら私が殿下を蔑ろににしてしまうかもしれません。むろん、殿下もこのことが言えます。どうか、私の我儘を聞いていただけないでしょうか」
王妃は確か息子が三人いて娘が欲しがっていたはず。なので少し瞳を潤ませ戸惑った雰囲気を出しながら恐る恐るといった様子で「お義母様」と呼べば、王妃様は簡単に崩落した。
「いいでしょう。将来娘になるかもしれない可愛い子のお願いです。いいですわよね、陛下」
「う、うむ」
この国は表向きは陛下が統一しているが実権を握っているのは王妃様だ。尻に敷かれている陛下がちょっと情けないと思いながら書類に署名した。それと同時にあっさりとこの条件が通ったことが少し怖かった。転生特典なのか世界の何かしらの力が働いているのか、どちらにしろこれが上手くいったからといって油断はできない。あと二年の間に亡命用の資金を貯めて少しでも殿下の信頼を手に入れなければ---。・・・ん?私もしかしてやらかした?会って二日目の相手の前で婚約破棄の条件を言ってしまった。遠回しにというか、お前信用してねぇからなと言ってしまったようなものだ。まずい、非常にまずい。
恐る恐る殿下を見れば気にした様子もなく紅茶を飲んでいる。思えば昨日から一言も喋っていない気が。
両親と両陛下が私と殿下に庭でも散歩してきなさいという。
庭に行くも無言。誠実とかいうならちょっとはリードしてほしい。
「ファルダル殿下は、何か得意なことはありますか」
「剣術が得意かな。まだまだ未熟だけど」
一応質問には答えてくれるので安堵する。
ファルダル殿下は私を見て「その瞳」と口にした。
「綺麗だね」
「あ、ありがとうございます」
いきなり褒められ照れてしまう。中身は褒められ慣れていない、しかもイケメン耐性などない現大日本人。頬が真っ赤になるのが分かり、自然と頬が緩んでしまう。
「あ、あの、殿下」
「ん?」
「その、婚約破棄の条件なのですが・・・決して殿下を信用していないとかそういうわけではないのです。ただ本当に将来何があるか分からないのでその保険なだけで・・・」
「大丈夫。君が婚約破棄の条件を言い出さなければこちらから言うつもりだったから」
「そうですか」
「両親は恋愛結婚だというのにこちらには政略結婚を結ばせようとしてきたからね。条件ぐらいつけるさ」
夕陽に染まる殿下の金色の髪はそよ風に揺れ、そしてその碧い瞳は空を見つめている。
「殿下、そろそろ戻りましょう」
「そうだね」
散歩のときも、戻るときも、ファルダル殿下は私の名前を呼ぶことはなかった。
そしてそれから一週間後、婚約発表のためのパーティが開かれ彼と踊ることになったが、名前を呼ばれる事はなく、彼との交流は必要最低限のパーティのみだった。公式の場でぐらい仲が良いアピールをしてほしいと思うが諦めていたが、殿下が誠実というのはやはりヒロイン限定なのだろうと理解した。
月日が流れていき、私はというと何もしていないというのに殿下の名前を借りて好き勝手している、男漁りをしている、我儘ばかりの公爵令嬢という悪評が流れていた。これは誰かが意図的に流しているに違いないが否定も肯定も噂を流した張本人を探すのもめんどくさくて放置をした。
微精霊達が少し怒っていたが私が頭を撫でてやると喜ぶ。噂に尾ひれがつきまくっているのは噂を聞いた時に炎の微精霊が灯されていた蝋燭の火を燃え上がらせ、水の精霊が噂をしていた令嬢が持っていたグラスの中身を溢れさせドレスを汚したりと色々してくれたからだ。
両親は私を心配しているが大丈夫と伝え何もしないようにと伝えている。
どうせ学園に行けばいつだって見返すことができるのだし。
何かする暇があれば私は少しでも知識を身に着けたかったし、本を沢山読みたかったので王立図書館でひたすら本を読んで入学するまでの二年を過ごした。
二年後、本編開始の日。
私はとうとう魔法学園へと足を踏み入れたのだった。