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07.従順

魔物を迎え入れてから周囲の森の中から魔物の

遠吠えが聞こえる様になった。

その狂おしい程の遠吠えは昼夜構わず続き、

孫の睡眠に影響が出るのではとモンショは

眉をひそめた。


今や一言一句覚えてしまう程に

読み込んだ育児本の数々にも揃って

子供に睡眠は超大事とある。


そのうち狩ってしまおうかと考えていたら

少し元気を取り戻した魔物が一度その遠吠えに

応える様に遠吠えをあげるとそれは鳴りやんだ。


それからは館の結界内に侵入しようとする

魔物の気配が続いた。


もう答えは出たようなものだ。


『お主の縁者だな』


アイルの甲斐甲斐しいお世話もあって

もう随分と良くなって親愛の情を示す様になった

魔物の頭をモンショは撫でた。


『まさかフェンリル・ウルフとは・・・』


抜け落ちていた体毛が復活するにつれ

本来の銀色に輝く毛並みを取り戻し始めた

その古代の狼神の名を冠する魔物の姿には

覚えがあった。


獣の魔物に共通する敏捷性もさることながら

優れた五感による感知能力、そして鎧すら文字通り

歯牙にもかけぬ鋭い牙と咬力・・・

それだけで厄介この上ないのにこいつらは

雷の魔法まで自在に操る。討伐難易度はかなり高い。


ここはこんな上位の魔物がうろつく森だったのか・・・

とんだ魔境に居を構えてしまったものだ。


『人に懐くとは聞いたことが無かったのだがな・・・』


アイルとマグに薬を塗られ・・・

マグは姉の見よう見まねでその身体を

撫でているだけにすぎないがそんな二人を

魔物はその情を示す様にその顔を優しく舐め続けている。

それで笑顔になり自分たちも大好きな気持ちを

伝える様に薬を塗り終えてもその身体を撫で続け

抱きしめる孫たちの嬉しそうな姿はモンショの

望んでいたものだ。


『う~む・・・』


これは困ったことになった。

孫に懐いたことは幸いだったがこの種は

番で群れを形成するはずだ。

それもこの種の討伐難易度を跳ね上げている。

外に縁者が、番の相手がいるのであれば

帰さない訳にもいくまい。


悩んだ末に恐らく外にその子の縁者が来ていると

伝えるとアイルは寂しそうな表情をした。

聡い子だ。もう状況を理解した様だ。


魔物を連れて外に出ると結界を破ろうと

躍起になって傷だらけになった一匹の

フェンリル・ウルフの姿が見えた。

結界越しで気配が遮断されていた番の相手の

姿を見つけるとしっぽを振り回してこちらに吠えた。


こちらにいたフェンリル・ウルフも

その姿を確認すると皮膚が突っ張って

まだうまく動かない身体を引きずる様にして

近づいた。


館の柵越しに鼻を鳴らし合うその2匹の姿に

アイルは嬉しそうな、寂しそうな表情を浮かべた。


その孫の姿にモンショは大きく息を吸い込むと

頭を優しく撫でた。


『最後までお世話は続けるのだぞ?』


「はい・・・」


アイルは泣き笑いの表情でモンショを見上げた。


モンショはマグを抱きながらアイルと共に

警戒の声をあげる外のフェンリル・ウルフに

柵越しに近づいた。


回復魔法をかけると驚いたようにこちらに吠えたてた。


「この子が治るまでの辛抱ですからね・・・」


アイルのかけたその優し気な言葉にフェンリル・ウルフは

きょとんと不思議そうな表情を浮かべていた。




それから1か月の間、アイルは館の外で

フェンリル・ウルフのお世話を続けた。

姿が見えず心配になって外の子が結界に突撃して

また怪我しない様にとの気遣いだった。

モンショもマグと共にそれに黙って従った。

ご飯をあげる時は外の子にも一緒にあげた。


番の相手の姿を確認したことで安心したのか

外の子はそれから静かなものだった。


柵越しに用意されるご飯も疑いなく喜んでアイルから

貰うようになった。


最後の方は食べてーと言わんがばかりに

獲物をむしろ運んでくることも多かったが

それは2匹が食べやすいようにとモンショに

切り分けて貰って2匹に与え続けた。


『そろそろ完治か・・・』


毛並みが豊かに生えそろったフェンリル・ウルフの

身体を確認するとモンショは呟いた。


それは別れを意味するものでアイルとマグの

泣き顔が頭に浮かんだがそれは仕方のないことだ。

孫たちはその家族を失ってからもこれでは

親しいものを失うばかりだ。


『こんなつもりでは無かったのだがな・・・』


オリ―に怒られ続けていた時の様に

こういった事はワシは本当にうまくいかない。


完治したことをアイルに伝えるとモンショは

その身体を優しく抱きしめた。


『お前が頑張ったからだ・・・』


その祖父からかけられた優しい言葉に

涙するアイルの泣き声が響いた。

モンショはアイルが泣き疲れるまでの

長い間抱きしめ続けた。

はいはいするようになったマグもアイルが

眠るまでの長い間、その傍を離れようとせず

フェンリル・ウルフはその涙をぬぐうように

心配そうにその顔を舐め続けていた。


―――翌日


「元気でね・・・」


と完治したフェンリル・ウルフの大きな身体に

抱き着いていたアイルに


『開けるぞ・・・』


とマグを抱くモンショは声をかけた。


涙目になりながらも名残惜しそうに

その身体から手を離してこくりと力強く頷く

孫娘の姿に心痛め―――そんな感覚は

モンショは初めてだった。


どうしようもない気持ちになりながら

モンショは2匹のフェンリル・ウルフがそれ越しに

見つめ合う屋敷の門を開け放った。


隔たるものが無くなり走り出した一匹の

フェンリル・ウルフはその再会に

吠え散らかしてその周囲を飛び回って

喜んでいた。


番はその顔を優しく舐めてそれに応えた。


そんな2匹の様を見守るアイルは

言葉を発することなくただ見つめ―――


予想していた結末とはだいぶ違っていて

言葉が出てこなかった。


『お前の方が入ってくるのか・・・』


外にいたフェンリル・ウルフは挨拶する様に

アイルとモンショの顔をペロペロと舐めた。


2匹のフェンリル・ウルフはアイルに

エスとビーとそれぞれ名付けられた。













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エスとビーもしっぽを振りまわして喜びます。

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