04.紫煙
「あなた様は・・・」
「本当にモンショ・ディーエル様なのですか?」
『如何にも・・・』
「あなた様は開かずの研究室で亡くなられたと
家伝にありますが・・・」
『こうして、生きておるわ』
肉体を纏ったことで人間らしくなった
モンショはおどける様に両手を広げながら
微笑み・・・のつもりだったのだが
生来のその邪悪な笑みはマグを抱くアイルを
少し後ずらせさせた。
『む・・・』
ああ・・・
誤解されるから他人に笑顔を向ける際には注意する様に、
とオリ―によく言われたものだ。
『すまぬな・・・』
『この顔は生れつきだ』
「も、申し訳ありません、モンショ様・・・」
思わず後ずさったことで、すこし傷つけてしまった様だ。
『よいわ』
『妻にもよく言われる』
しかし開かずの研究室か・・・
確かに研究の気が散ると思い、あの研究室は
厳重に封印してある。
このワシ以外が研究室に入るのは難かしかろうな。
そこに閉じこもっていた400年の間、
何があったのか?
知りたいことはいくらでもあるが
まずはこの現状を把握しなければなるまい。
何故、この館は襲撃されたのだ?
捕えた賊どもを尋問しても良いが、場合によっては
早々にこの場を立ち去る必要がある。
新手がわんさかと押し寄せるのであれば悠長に
構えている場合ではなかろう。
『すぐにここを離れるとするか・・・』
モンショがコンッと踵で床を鳴らすと
軽い地響きが起こった。
「お待ちください、モンショ様!!」
どうかお父さまとお母さまを、
そして共に仕えた仲間、家族の様に
想っていた皆をどうか埋葬して・・・
そのアイルの必死な言葉は徐々に小さくなった。
え・・・?
飛んでる!?
屋敷の窓から映る景色はすさまじい速度で
通り過ぎていく。
あまりの事態に言葉を続けられず、
ただ窓の外を見つめて呆然としている
アイルの頭にまたポンっと手が置かれた。
『おまえの家族は誰も置いてゆかぬよ』
見れば邪悪な笑顔は相変わらずだ。
それでも家族を失ったことを慰撫するかの様に
優しく頭を撫でるその男からの手からは
家族に撫でられた時に感じるものを感じさせた。
『適当なところで降りるとしよう』
『埋葬は・・・ワシも手伝おう』
「モンショ様・・・」
『んんっ、こほんっ!』
『・・・お、おじい様で構わぬ』
軽い咳払いの後に、照れ臭そうに目線を外しながら言う
その男の笑顔をもうアイルには恐ろしくは感じられなかった。
『ここらで良いか・・・』
遥かに離れた森の中で開けたスペースを見つけた
モンショはそこに館を降ろした。
森の中からはそれなりに強い魔物の存在を感じる。
番人代わりにうってつけだろう。
もちろん、それらが館に入り込まない様に
館の周囲には結界をはっておいた。
モンショはアイルと共に家族の遺体を残らず丁寧に
館の裏庭に埋葬するとその一人一人に祈りを捧げ、
感謝の言葉を呟く少女の後ろをマグを抱きながら
黙ってついて回った。
『この家に・・・敵は多かったのか?』
最後の祈りを済ませた少女の後ろに立って
ようやくモンショは口を開いた。
「多かった・・・のかも知れません」
「お父さま・・・」
「いえ、旦那様は変わったお方でしたから」
『?』
『お父さまの方で良かろう?』
アイルはスカートをキュッと掴んだ。
振り返ることなく言葉を続けた。
王国の貴族だというのにどんなに馬鹿にされても
どんなに白い目で見られても、私たちの産まれた
貧民街のためだけに躍起になっていましたから。
それなのに私たちは最初、問題ばかり起こして
恩を仇で返すばかりで・・・
それでも旦那様はそんな私たちを見捨てることなんて
絶対に無くて・・・
私も含めてこの家の使用人は皆、そこの出自です。
私たちにはできる事なんて何も無かったのに
それでも召し上げて頂きました。
そんな旦那様ですから大衆からの人気がすごく高くて
そのせいで他の貴族から疎んじられることも多くて・・・
ひょっとしたら―――
「襲撃されたのはそのせい」
「私たち・・・」
「いえ、私のせいなのかも・・・」
最初から解ってたことだけど
私に旦那様をお父さまと呼ぶ資格なんて・・・
最後の言葉は消え入りそうなほどに力が無かったが
裾をギュッと力強く握って震えるアイルの
後ろ姿をモンショは見つめた。
いつの間にか咥えていたパイプから吹き戻した煙が
大きく立ち登った。
あなたは思ったことをすぐに口に出しすぎです!!
たとえそれが正論なのだとしても、その言葉で
相手がどんなに傷つくのかを考えてみてください!!
結婚したその日にオリ―に酷く怒られたのを
今でも覚えている。
それから大事な言葉を発する前には、まるで
一呼吸置くかのように愛煙していたパイプを
大きく吸い込むのはモンショのクセとなっていた。
ジジジッとその高熱でボウル内のジュースが
蒸発する音と甘ったるく立ち込める匂いで
アイルは振り返った。
「何してるんですかぁぁぁああ!!」
腕に抱いていたマグをものすごい勢いで奪い取られた。
「マグに火種でも落としたらっ!!」
「いえ、煙を吸い込むだけでも許されませんっ!!」
『すまんすまん・・・』
『考え事をする時のクセでな』
鬼の形相で怒る少女にたじたじとなりながら
パイプを異空間にしまい込んだ。
『うむ、もしそうであっても父と呼ぶべきであろう』
『いや、そうして欲しい』
『ワシならそっちの方が断然嬉しいからな』
考え事のお供であるパイプを取り上げられて
その思考が崩れたのかバカみたいな感情論が
そのまま口をついて出て、誤魔化す様に
ふぅっと口内に残る煙を吐き出すとモンショは
小さな孫たちに目線を合わせた。
『お前たちの前ではたばこは二度と吸わぬ』
『孫たちに祖父として、我が名を持ってここに誓おう』
人の感情を読むのは昔から得意ではない。
複雑な表情をする孫に次はどう、どんな言葉を
かけてよいのか解らず、少し別ごとをして
冷静になるべきとモンショは判断した。
『ここで今少し、家族との別れを惜しむがよい』
『ワシは少しやるべきことがある』
まるでその場から逃げる様にモンショは異空間に転移した。
異空間では賊たちが自らの影に囚われ苦悶の叫びを
上げ続けていた。
『さて・・・』
『洗いざらい吐いてもらうぞ』
先ほどこの空間にしまったパイプを咥え直すと
火種をタンパーで落としながら
その言葉通りに邪悪な笑みをモンショは浮かべた。