34.悠久
『まるで見違えたようですわ・・・』
歴史あるだけに古色蒼然といった
外観だった館がまるでアンティークデザインの
新館の体を成していた。
『はい、旦那様が魔力の使い方を教えて
くださって・・・』
『身なりに気を遣うこともディーエル家に
仕えるものとして当然の務めですから』
『ああ、ええ・・・』
『そうね、もちろん貴女の姿もですが・・・』
良い意味で変わり果てた館をアイルは
呆然と見つめた。
(こ、こんなにキレイにできるものなの・・・?)
皆も呆然と館を仰ぎ見ていると娘の帰宅に気づいて
飛び出してきた土竜のいつもの頬ずりの嵐に
巻き込まれ身動きの取れなくなった3人を残して
2人と2匹はモンショのいる書斎に通された。
(中までこんなに・・・)
心ここにあらずといったアイルを心配する
祖父の言葉でアイルは我に返ると
王都の冒険者ギルドでの体験を語った。
『なるほどな・・・』
こやつらをもってしても感知できぬ程の
結界か・・・流石は王都と言うべきか。
どうやら人はいる様だ。
「これ、おいしい!!」
いつの間にか用意されていたお菓子に
口にしたマグの放った言葉が聞こえた。
『お二人はこの茶葉がお好みとお聞きしたので、
それでしたらこのクリームティーをお楽しみ
頂けると・・・』
どんどん暗くなるアイルの表情にランカは慌てた。
『も、申し訳ありません』
『お口に合い・・・』
「ううん・・・」
「とっても美味しい・・・」
アイルはお茶を口にしながら寂しそうに微笑んだ。
(私も頑張ってたつもりだったんだけどな・・・)
養孫となったとはいえ、これでも元使用人だ。
自分なりに頑張って家事をこなしてきたつもり
だったけど、ここまで使用人としての格の差を
見せつけられるとどうしても暗い気持ちが出てしまう。
―――ああ、そう言うことか
人の気持ちを推し量ることが苦手だった
モンショでもここまで育ててきたアイルが
今何を思っているかが解ってしまった。
アイルの雰囲気に飲まれてしまい少しオロオロする
ランカの姿が目に入らないかの様にモンショからは
言葉が続けられた。
『まぁ、種が解ってしまえば対策も容易かろう?』
モンショはエスとビーから正規の従魔証を
手にすると瞬時にそれに込められた魔力を
可視化してみせた。
現れた術式に二人の眼が鋭く輝いた。
熱心にその魔力の流れを読みとくと
2人は同時に違和感に気が付いたようだ。
「じいちゃん、この部分・・・」
「ええ、これでは魔力の流れに・・・」
一介の術師としてそれぞれに成長著しい孫たちの
姿にモンショの思わず口角が緩んだ。
『そうだな・・・』
『これがその結界とやらの【からくり】であろう』
乱暴に言えば内部に流れ込んだ結界の魔力は
従魔証に込められた従魔契約という最強の制約である
魔力の流れをフィルターとして利用して無力化されるようだ。
まぁ、あるいは何らかの不快感程度は感じるかも
しれないがそれだけだろう。
そしてそのフィルターはその結界の魔力しか
あえて無効化できない様に緻密に編み込まれている。
これは恐らく何らかの事情で従魔を始末しなければ
ならなくなった時のためだ。
ふむ、確かによくできた結界と制約だ・・・
この結界を造ったのはあの血の王女だろう。
あの娘・・・
なかなかに冷酷で名が通っているようだが
読み解けばこの結界は王都に暮らす民を守るための
ものであることが解る。
人の身でこの結界を生み出すには裏で血の滲む努力と
工夫を重ねてきたのだろう。
その滲んだ血はその赤いドレスに馴染んで
傍からは見えないものであろうが・・・
人知れずとも民のためにその力を惜しまないその姿は
王の器とも言えるのかも知れない。
からくりが解ったところで対応策を講じ始める
孫たちにモンショは思い出したように声をかけた。
『ではなぜワシの従魔証が結界に有効であったと思う?』
モンショの偽造した従魔証は大事な孫たちのペットが
ケガをしない様に大概の魔力を受け流す様に
設計されている。今回はそれが功を制した形だ。
「おじいさまの術式はあまりにも特別ですから・・・」
『特別・・・な』
『不死者であるワシには疲労も睡眠も無い』
『そのワシが悠久ともいえる程の長い間研究を経て
編み出したものだからな』
『常人に扱えるものではあるまい』
・・・?
その高すぎる技術力をわざわざ誇ることなんてことは
無かった祖父の様子をマグは不思議に思った。
『だが・・・』
『今のお前たちもこの術式は扱えるものであろう?』
「そりゃ、じいちゃんが教えてくれたことだし・・・」
何をそんな当たり前のことを・・・?
「おじい様・・・」
「ありがとうございます」
無限に時間があって疲れ知らずに研鑽を進める不死者の
使用人が長い間を経て培ったその力が優れているのは
それは当たり前のことだろう。
言葉の苦手なモンショの思いが孫に伝わったようで
安堵するとアイルは力強く笑って言葉を続けた。
「それでも・・・」
「いつか私だってその悠久の時に追いつけるはずです」
「おじい様の術式を理解できたように・・・」
孫のその言葉にモンショはより一層笑みを深くした。
まるで状況の解らないマグとランカはただ
首を傾げるだけだった。




