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32.墓守

ランカはかつて住み込みで働いていた

懐かしい面影のある館内を嬉々として

綺麗にしていた。


また、こんな日が来るなんて・・・


あの日、両親から届いた手紙に

私は少なからず動揺した。

私のこれからの幸せを願う文で締められていた

その手紙はまるで今生の別れの言葉だった。


いよいよ王国との開戦の日は近づいてきている。

帝都に漂うピリピリとした重苦しい空気も日に日に

深まっていた。

私の故郷はちょうど国境に位置する都市だ。

きっと帝都にいる私が感じているよりもそれを肌で

感じ取っているのだろう。


「ランカ?」


ふと気が付くと自分でも気がつかないうちに館内を

落ち着きなくウロウロと歩き回っていたようだ。

声の方を見ると産まれたばかりの若君を腕に抱く

心配そうな顔をした奥様がいた。


「も、申し訳・・・」


思わず身を正して浮足立つ自分を詫びる言葉を

口にしようとしていた私に奥様は近づくと

私の知らない間に目から流れ出ていた涙を

優しく拭ってくれた。


「いいのよ」

「そうね、あなたの生家は確か・・・」


たったその一言だけで私からはボロボロと

更に涙が溢れてしまう。


分をわきまえればそんな言葉を吐露することすら

おこがましいことなのに、両親からの手紙の

内容を話す泣きじゃくる私の話が終わるまで

奥様が言葉を発することは無く黙って聞いてくれた。


泣くだけ泣いて、吐き出したいことを

全部吐ききって少しだけ平静さを取り戻し、

非礼に気づいてまた動揺し始めた私を

落ち着かせる様に私の頬に奥様の手が

優しく触れた。


「ランカ、いい?落ち着いて聞いて・・・」

「旦那様のいないこの家にもうそれほど

 力はありません・・・」


暇をくださる・・・という話だろうか?

この優しい主なら自分の家の事より私の気持ちを

汲んでくれることもわかりきっている。

だけど、だからこそここを離れがたくもあるんだ。


私は主に恵まれた。

地方に産まれ、作法などまるで何も知らなかった

私を旦那様は召し上げてくれた。

この家に奉公に出られたことで貧しかった

私の実家は救われた。

この家に嫁いできた奥様も私をまるで妹の様に

本当によく可愛がってくれた。

よく聞く使用人が貴族の理不尽にさらされるなんて

ことはこの家では無縁だった。


その恩に報いるために、今も私をまるで家族の様に

心配してくれるこの方に私の生涯を持って

尽くそうと心に決めていたから・・・


奥様から続けられた言葉は違った。


「力のない私では全員を守ることはできません」

「だから・・・」

「だから、貴女の家族だけが精いっぱいなの」

「貴女の家族だけでもここに避難させると良いわ」


「よ、よろしいのですか?」


驚く私に奥様は微笑んだ。


「もちろん何かしら仕事はしてもらうけど」

「この子の子守なんてどうかしら?」


開戦前の混乱を避けるために今は一般市民の

国境都市への自由な出入りが難しいだろうからと

家紋のついた書状をしたためてくれた。


この時期では私の両親の手に確実に書状が渡るとは

限らないからと直接私が書状を持って両親を迎えに

行くことも許された。


「気を付けて行きなさいね・・・」


出立の日、国境に向かう私を心配する様に

わざわざ見送りに出てくれた奥様に私は誓った。


「必ず戻ってきます」

「生涯をもって誠心誠意お仕えさせて頂きます」


「大げさね」

「いってらっしゃい・・・」


本心からの言葉だったが奥様はただ優しく

笑うだけだった。



ようやく故郷に辿り着き、逸る気持ちと共に

家へと急いていた時にそれは起こった。

巨大な破壊音と共に多くの魔物が都市に

雪崩れの様に流れ込んできた。



うっ――――


どのくらい気を失っていたのだろう。


身体の感覚がない。

それでも身体を動かすことはできた。


立ち上がった私の目の前には見慣れない

荒廃した景色が広がっていた。


ここはどこ?


そして高濃度の魔力が漂っているのを何故か肌で

感じ取ることができた。

それは生物の身体を蝕むほどに危険な濃さだ。


まずい―――


私は逃げる様にその場所を後にして

ふと水たまりに写った自分の姿に悲鳴をあげた。

その姿と思わず発した悲鳴に込められた

魔法の力を前に私は直ぐに理解した。


私はアンデッドになったのだ。


高濃度の魔力が漂うことで誰も訪れなくなった

この地で私が埋葬されることは無かったのだろう。

その魔力に晒され続けていた私の身体は伝え聞いた

ことのある人の精神を破壊する恐ろしい不死の

魔物であるバンシーとなっていた。

感覚はなくとも身体能力は恐ろしいほどに

向上していた。

鈍くなった五感の代わりに魔力で生物の存在を

感じ取ることができるようになっていたし

魔法すら使うことが出来るようになっていた。

その全ては獲物である生者を狩るために備わった

ものであることを本能的に理解した。


結局、何年たっていたのかは今でもわからない。

故郷は戦争で魔力漂うただの荒れ果てた危険な更地と

なっていたし、宵闇に紛れてディーエル家に

帰還してみればそこに知っている顔はなかった。


しばらくして旦那様と奥様の眠る墓地を

見つけた時、私はそれを前に思わず

泣き叫びそうになった。


泣くな!泣くな!!泣くな―――!!!

私がここで泣き叫んでしまえばディーエル家に

迷惑をかけることになる。


悲しみを噛み殺して嗚咽をあげながらその場に

崩れ落ちる身体を震わせながら私は

もう応えることのない主たちに帰還の報告をした。


それから私は人知れずディーエル家の墓守となった。


不死者としての未練がそうさせるのか

ディーエル家の様子を見に行く日もあった。

代を重ねてゆく主の系譜をこの目にするのは

素直に嬉しかった。

さすがにこの姿では人前に姿を現すことはできない。

それに不死者が館の近くをうろついてしまっては

余りにも風評が悪い。

それでも思い出のつまったディーエル家の館を

遠くから見ることは止められなかった。


そんな日々が何年、何十年、何百年と続いて・・・

だけど、そんなある日突然ディーエル家は

消え去ってしまった。


聞こえてくる話では賊の襲撃に在ったらしい。


不死者として生まれ・・・いや死に??

とにかく変わった私は強くなった。

それなのにそんな肝心な時に私はそこにいなかった。


後悔と怒りと悲しみで私はずっと堪えていた

泣き叫びたい衝動をそのままに解き放った。

不死者の魔物らしく心の奥底から湧きあがる

ドス黒い何かが私を支配し始めて―――


『・・・いた時でした』

『本日、私は旦那様のご存命を知らされ、

 一目だけでもお会いしたくてこちらに

 参りました次第です』


顛末を話し終えてようやく落ち着いたランカに

モンショは声をかけた。


『すまぬな・・・』

『長い間、辛い思いをさせたようだ』


『いえ・・・』


主からかけられた何百年ぶりかの優しい言葉に

思わずまた泣き出しそうになってしまう。


『まぁ、入れないとは思うのだが・・・』

『以前通りに 研究室にだけは

 近づかないようにな』

『あそこは危険なものが多いからな』


『えっ!?』


驚くランカをモンショは不審に思った。


『またワシに仕えてくれるという話ではないのか?』


その言葉は本当に嬉しく思う・・・だけど


『あ、あの・・・』

『私は不死者なのです』


『ワシもだが?』


本来、家に不死者が出るなど不吉すぎることだ。

でもその主が不死者であるとすればそれは

理由にならないようだ。


『よろしいのですか?』


『良いも何も・・・』

『ああ、言い忘れておったな』

『おかえり、ランカ』


予想もせず放たれた、ずっと求めていた

欲しかった主のその言葉に

かつての果たせなかった誓いと言えなかった

言葉が思い出された。


『た、ただいま・・・も、戻っ・・・』


言葉は慟哭に変わり、続くことは無かった。


















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