31.墓地
人が訪れ無くなってもう随分と時が
経っているのだろう。
その墓地へ続く道は長い間手入れされることが
無かったことで、まるで獣道のようにかつての
人の往来の痕跡をわずかに残しているだけであった。
力のない貴族の墓地に不死者が出没したところで
特に困ることは無いし、おまけにその不死者は
バンシーと呼ばれる魔物であった。
高い魔力もさることながらその泣き叫ぶ声は
聞くものの精神を不可逆的に破壊する。
討伐するにしても厄介この上ないが
バンシーがその墓地から出てくることも
無かったため半ば放置されていた。
まずは帰還の報告のためにディーエル家の墓地を
訪れる予定であったアイルはその話を友である
少女から聞いた。
バンシーの討伐などは自分たちからすれば
訳の無いことであるが、状況からしても、
その不死者は間違いなくディーエル家に
所縁のあるものだろう。
討伐・・・するべきなのだろうか?
久々に会った少女と近々の再会を約束して
一行はその荒れ果てた道の前に立った。
まぁ、道を綺麗にするのは後でやるとして
そのバンシーを見つけてどうしよう?
流石に問答無用で討伐するのは違うだろう。
結局、結論は保留となってとりあえず異空間に
閉じ込めておこうという話に落ち着くと
一行は荒れた道を進みはじめた。
別に魔法で一気に道を整備しても良いのだが
ここは外れとは言え王都の中だ。
何処で誰に見られているとも限らない。
魔法の使用は控えるべきと判断した。
尤も周囲に誰の気配も無いことは確認済みだし
誰より感知能力に優れたエスとビーだって
何も感じ取ってはいなさそうだが、この王都には
モンショの力を持ってしても正体の掴めない
相手がいるのだ。用心に越したことは無い。
『でもこんな藪の中じゃ、お墓がどこにあるのかも
わからないんじゃない?』
『墓地に辿り着きましたら多少の魔法も
やむを得ませんわね・・・』
程なくして唐突にその荒れた道が開けた。
「「 えっ? 」」
アイルとマグから同時に声が漏れた。
荒れ果てた道を抜けるとそこには綺麗に整備された
墓地が広がっていた。
『花まで添えられている・・・』
恐らくこの辺りで採取したであろう花々は
決して大仰なものでは無いが丁寧にまとめられ
墓の一つ一つに添えられていた。
「・・・誰なんだろう?」
マグは祖父と姉以外の家族を知らないし
アイルの知っている家族だって全員残らず
館の裏庭に埋葬されてしまっている。
もうこうなればそのバンシーが縁者なのは確定だが
それが誰かなんて誰にも解るはずが無かった。
モンショはもう例外の域といって良いが
高位のアンデッドには知性がある場合が多い。
コミュニケーションが取れれば一番だ。
とはいえ不死者の魔物にはそれ特有の生者への
執着と攻撃性がある。
なるべく荒っぽいことにならない事を
願っていると一番奥の墓石に跪き祈りを
捧げている女の姿が見えた。
う・・・
あまり気は進まないが他にできることも
無いのでとりあえず歩を進めると妙齢の女が
ゆっくりと立ち上がってこちらに向き直った。
ボロボロの衣服を身に纏ってはいるが品のある
所作を見せている。
だが、その赤黒く酷く血走った眼とまるで生気のない
その顔色がそれが不死者であることを物語っていた。
幸いなことにそのバンシーは泣き叫ぶことも
襲い掛かってくることも無かった。
ただ何とも読みがたい表情でアイルを見つめている。
「あ、あの・・・」
その沈黙を破る様にアイルが恐る恐る声を上げると
バンシーは制止する様に言葉を放った。
『ア・・・ナタ・・・』
『ミタ、コト・・・アル、ワ・・・』
まるで記憶にないバンシーの言葉にアイルが
驚きの表情を浮かべるとバンシーは不死者に
似つかわしくない優しい笑みを浮かべた。
『デ、ーエルニ、ツカエル・・・モノ』
『ワ、タシト、オナジ・・・』
『ワタシ、ハ・・・ランカ、ト、イイマス』
どうやら友好的に事は進みそうだ。
「「ただいま~っ!!」」
唐突に響いた孫たちの声にモンショは思索の海に
沈んでいた意識を掬い上げた。
ここ数日、自らが生み出した成果物の検証を
進めていたがどうもピンと来ない。
自らの魔力に見慣れないものが、異質な何かが
混じっていることにはだいぶ前に気がついていた。
恐らくそれが自らが不死者となったヒントになる
だろうと予測を立てたがそれが何なのかが
皆目検討もつかない。
そして成果物の山を見渡してもそれに近しいものは
何一つ感じられない。
つまりこれらの何かに何らかの交互作用でも
あるのか?
いや、でもこんな異質な変化を齎すのであれば
少しでも解りそうなものなのだが・・・
現実に引き戻され、送り出したはずだけど
やっぱり毎日帰ってきて欲しい昨日の今日の
孫たちの帰宅を出迎えようと席を立とうとする前に
その孫たちが興奮冷めやらぬ様に走りこんできた。
「じいちゃん、すごいんだよ!!」
「おじい様、驚かないでください!!」
抱き着くようにして飛びついて
嬉々として言葉を繋ぐ孫たちの姿に困惑していると
後に続くようにおずおずと現れた存在に目を奪われた。
『ランカ!?』
『ダ・・・ンナ、サ、マ・・・』
妻に促され、産まれて初めてモンショが感謝の言葉を
口にした、かつての使用人の姿がそこにはあった。
どうやら酷く損傷のあるらしいランカの声帯を
治癒するとバンシーのそれとはまったく違った意味で
ランカは泣き叫んだ。
『お、お久しぶりでございます・・・』
崩れ落ちる様に跪く、その不死者の言葉は不死者の
魔物にあるまじき感涙に邪魔されて
うまく続かせることができない。
それでもその続くであろう言葉を、その場にいた誰もが
静かに声を発することなく見守った。




