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03.歳月人を待たず

モンショは自身を映す鏡に引き寄せられる様に

近づくと確かめる様に自分の頬を撫でた。


鏡に映る自身の姿通りにそこには頬などは無く、

それを撫でようとした手にも肉が無かった。


これは一体・・・?


鏡に映る自身の姿はいつの間にかボロボロに

なっていた衣服を纏う骨だけの存在であった。


これではまるで不死者の魔物ではないか!?


珍しく動揺して、ふと向き直ると少女が油断なく、

その身丈に合っていない剣を構えつづけている。


なるほど・・・

これは警戒されても仕方がない。


『あ~・・・』

『その、何だ・・・』

『そう警戒しなくとも良い』


少女が何かを言う前にモンショは言葉を続けた。


『いや、信じられぬかもしれぬが』

『ワシこそがモンショ・ディーエルだ』


「嘘だっ!!」


即座に否定されたが、それはそうだろう。

自身ですら信じられず困惑しきっているこの状況で

どうやってそれを信じさせれば良いのか・・・


「だったら、この家の祖先が襲ってきたって言うの!?」


『ああ、賊どもならばもう捕えて・・・祖先?』


「え・・・」

「だ、旦那様は?奥様はご無事なのですか??」


『祖先とは何だ?』


完全に噛み合わなくなった会話の中で

赤子の泣く声だけが響いていた。




どうやら自身の子孫であるらしい夫婦の遺体に

縋りついて泣きじゃくる少女と泣き続ける

赤子をモンショはただ呆然と見つめていた。


こうして改めて見てみれば、確かにその男の遺体からは、

この泣く赤子からは、わずかにだが自身と近しい魔力を感じる。


―――400年前だと?


帝国と王国が争い、結果王国がこの大陸の覇権を握ったのは

もうそれほどに前のことだという。


では妻は・・・オリ―は?

そのお腹にいた我が子は?


どうなっているかなんて聞くまでも無い。

400年も生き続けるものはこの世界では魔物だけだろう。

未だ自身が生き続けている事を除けば。


そんなにも気の遠くなるほどに長い間、研究に没頭していたのか・・・

そしてその研究の成果を伝える相手も、もうとっくにいなくなっていた。


『全て、無駄か・・・』


一体、自分は何を成した?

研究の成果は確かに増え続けた。

しかしそれが何を齎したと言うのだ?


脳裏にちらつく一瞬でも心奪われたあの笑顔は・・・

もう永遠にもう一度見ることすら叶わない。


『オリ―・・・』


モンショは自身でも訳も分からず妻の名を呟いた。




その事実はまるで全てを失ったかの様に感じられた。

思えば今まで研究ばかりの日々で他者を慮ることなど無かった。


決して良き夫では無かっただろう。

良き父親・・・いや父親面することすらおこがましいか・・・


そうなる機会はもう永遠に失われてしまっていた。




どうしようもなく湧きあがる喪失感と悔恨の念に

囚われていると少女の言葉が耳に入った。


「お父さま、お母さま・・・」

「今はそう呼ぶことをお許しください」

「弟は・・・マグは私が絶対に守り貫いてみせます」


『・・・それで』

『それを言うお前の名は何という?』


不意にかけられた言葉に振り返ると相変わらず

不気味な不死者の姿があった。


書庫を出てみればこの家に押し入った賊の姿は見えず

この家の始祖を名乗るその不気味な存在が賊を

捕えたということは本当のことなんだろう。


「アイル・・・」

「お父さまとお母さまが名付けてくださいました」


生れてから少女には名前など無かった。

それを与えてくれた存在の遺体を前に

キュッとスカートの裾を握ってアイルは名乗った。


『そうか・・・』


『ではアイル』


ポンっと優しくその頭に手を置いたつもりだったが

ビクっとさせてしまった。


そしてその手に、その身体に魔力を纏って

内臓やその肉体が出来上がっていく様は相応に

グロテスクで少女は恐怖に目をひん剥いたが・・・


最後に出来上がった眼光鋭い男はそのまま

優しくその頭を撫で続けた。


『ワシのことは・・・祖父とでも思えばよい』


全てを失った―――

いや、そうではない。


自らの血を引いた子孫がこうして目の前にあるのだ。


良き夫、良き父親にはなれなかった。


それでも―――

まだ良き祖父にはなれるのかも知れない。













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