29.帰宅
『王都へ着いたら人目に留意しなければ
なりませんわ』
旅路の中でヴィーはマグとアイルに
レクチャーを進めていた。
『まず、私たちの魔法は王都では異質ですの』
『魔法を使うときは適当な詠唱をつけるのを
忘れないでくださいませ』
それに額に自らの忠誠の証たる宝玉が
はめ込まれているのも具合が悪い。
幼子の額に一目でそれとわかる高価な宝石が
ついていれば不埒な輩に早々に目をつけられるのは
自明の理だ。
普段はそれを魔力で隠し、魔法を使う際には
簡単な詠唱を行うことを練習させた。
「え~っと・・・炎の矢?」
マグは襲いかかる魔物の群れの足元から炎の柱を
顕現させると魔物たちを一瞬で焼き尽くした。
矢か?それ??
何か疑問形じゃなかった?
ふむ、魔法を使う一瞬は宝石が輝いて
見えてしまいますわね・・・
そっち方面の魔法にはあまり適性のない
アイルはアイルで額の宝石をうまく隠せず
四苦八苦している。
長い前髪でどうせ見えやしないとタカを
くくっても魔法を使ってしまえば
光輝いてしまってどうしても目立ってしまう。
いっそヴィーとヴィヴィがそれぞれ魔力で
隠蔽してしまっても良いが、不測の事態で
傍にいられなかった時に困ることになる。
『私たちも見た目を気にしなければな』
ヴィーヴルたちは竜属らしく背に羽を持ち
四肢は強靭な鱗に包まれ鋭い爪を持っていた。
竜眼と呼ばれる竜属独特の瞳や角、しっぽも含め
それら全てを魔力で隠すと人と変わらない
姿となった。
『何か窮屈だし滑るよ、これ・・・』
慣れない靴に文句を言うイヴィ―は
無意識に身体のバランスをとるのに使っていた
しっぽと羽を隠してしまったことで何もない
ところで躓いた。
『あぶな・・・あ!!』
転倒を回避するためにとっさに出た爪が
その窮屈で滑る靴を突き破っていた。
『私たちも練習が必要ですわね』
自分たちだってやりかねない事なのだ。
エスとビーの首輪には従魔章と呼ばれるプレートが
つけられていた。王都に立ち入りを許される魔物は
人と従魔契約を結んだ魔物だけであり従魔章は
その証だった。
実はエスとビーは従魔契約を結んでいる訳では
無かったが、当初モンショが孫たちに危害を加えない
様に制約の魔力を込めた魔道具であるその首輪は
従魔契約の制約と似ており、調べられたところで
偽造した従魔章がバレることは無いだろう。
特に何の練習も要らない2匹と違って所作の
練習が必要だった5人はそれを続けながら
ゆっくりと旅路を進んでいった。
幾日かたってもう後はやってみるだけだと判断した
一行はエスとビーの背に乗り旅路を急ぐことにした。
2匹にとって群れの仲間とのゆっくりとした散歩も
楽しかったが、元々運動量の多い種族であるため
そろそろ走り回りたかった2匹は嬉しそうに
その尾を振った。
その強靭な脚力は瞬く間に一行を王都へと運び届けた。
王都に近づくとその入門を求める人の列が見えた。
エスとビーはお利口にも指示されずとも
スピードを落とすとてててと小走りにその最後尾に
並んでおすわりした。
生来の狩猟者たる2匹は足音などの気配を一切
外に出していなかった。
最後尾に並んで談笑していた冒険者の一行は
いつの間にか後ろに現れたへっへとした荒い息遣いに
何気なく視線を向けると悲鳴をあげた。
場は大混乱に陥った。
『少し見誤りましたかもしれませんわね・・・』
フェンリル・ウルフはその討伐には軍隊が
派遣されるほどの魔物だ。
エスとビーの日々のその愛くるしさに失念していたが
その存在は従魔云々の問題をちょっと
越えていたのかもしれない。
すぐさま恐怖の色を目に宿す衛兵に取り囲まれた
エスとビーは不思議そうに首を傾げた。
『お待ちください』
『この子たちは私たちの従魔ですわ』
その背から降り立つヴィーの姿に衛兵たちは魅入り
少しだけその恐怖に染まった空気が和らいだ。
「じゅ・・・従魔・・・・?」
「フェンリル・ウルフが・・・??」
『はい』
『ちゃんとこうして従魔章も・・・あら?』
いつの間にか2匹の豊かな胸毛に埋没して
従魔章が見えなくなっている。
でもあんなに小さいものしょうがないじゃない。
もふもふっとその毛をかき分けて従魔章を取り出して
見せるとざわっとした空気が衛兵から流れた。
帝国と覇権争いをしていたころならいざ知らず、
こんな大型の魔物の、ましてやフェンリル・ウルフ
クラスの従魔など聞いたことがない。
確かにテイマーと言った職業もあるがそれにしたって・・・
『この子たちに害は有りませんわ』
微笑むヴィーの姿に絆された衛兵たちからは
武器が降ろされた。
館の中で少々の暇な時間をもて余すモンショに
ただいま~っと孫たちの明るい声が聞こえた。
・・・?
随分と早い帰宅だな。
そもそもマグやアイルは異空間を利用した
転移だって出来るし、ヴィーヴルの姉妹たちに
至っては飛んでくることすらできる。
まぁ、進んで野宿を選ぶ意味も無いと言えば無いのだが・・・
それでもどうしようもなく気が急いて少々
小走りに館を出て出迎え様としたモンショの目の前で
庭の真ん中から大穴を空けて嬉しそうに
土竜が飛び出した。
後でちゃんと埋めとけよ、あいつ・・・
母竜に頬ずりの嵐を受けて言葉を発せないヴィーブル
たちに変わってアイルが説明した。
「実は・・・」
こんな大型の、おまけにフェンリル・ウルフの
従魔とは聞いたことがないから流石に上の判断を
仰がなければならない。
今日のところは帰ってくれと衛兵にお願いされて
1週間後にまた来る約束をして帰ってきたそうだ。
なるほど・・・
孫や娘からのここ数日の土産話が続き、
モンショと土竜は緩む口角を隠そうともせず
その話を満足そうに聞き入っていた。




