27.黒幕
ごめんなさい・・・
謝っても謝りきれない。
謝りきれるはずなんてない。
私は最愛の姉のような優れた知性を持たず
敬愛する兄たちの様に強くもない。
それでも父も義母も、
お姉さまやお兄さまたちだって
そんな私を愛してくれた。
最初から王族としての期待が薄かった私は
比較的自由に王城の外に出ることが出来た。
大仰な供を引き連れてのことだったが
実際に王国の豊かな生活をこの目にして
その繁栄を生み出した家族たちを誇りに思った。
私は何も知らなかった。
ある日、何気なく街を走る馬車の外を見ると
都市を流れる河川の対岸の街角に力なく蹲る
人々の姿が見えた。
何か困っているのかしら・・・
自分でも笑ってしまうくらい、
私には本当に何の力も無い。
惨めすぎてウンザリするくらいどうしようもない
私でもきっとできることはあると思って
そこへ向かうように従者に告げると
明確な否定の言葉で返された。
そんなことは初めてで「どうして?」
と聞く私に従者たちは苦笑を浮かべるばかりだった。
王城に戻って姉に顛末を語ると従者たちの様に
苦笑を浮かべた。
「あなたが知らなくていいこともあるの・・・」
それでもしつこく食い下がる私に姉は一人の貴族を
紹介してくれた。
ディーエル家―――
かつて帝国が存在していた時にその強大な魔術で
王国を苦しめた存在ではあるが、今はその優秀な魔力を
高く評価され帝国出身の唯一の貴族として
末席に甘んじている。
当代の主は相当な変わり者とのうわさは聞いていた。
王国の魔術師を束ねる姉の配下にいることは
知っていたが聞いていたうわさのせいで内心
身構えながら会ってみると存外に普通の方で
拍子抜けした。
「姫様はあの街に興味があると聞きましたが・・・」
「あそこに行くことはとてもお勧めできません」
あの街―――貧民街と呼ばれる存在を初めて知った。
その環境はとても不衛生で治安が悪く
王族や貴族が相手でも襲い掛かる者たちで溢れている。
栄華を誇る王国しか知らなかった私は酷く狼狽したことを
覚えている。
「なぜ・・・」
「そんなところに彼らは身を置いているの?」
少し困った顔を見せたディーエル家に主は
言葉を選ぶように思索しているのが見て取れた。
「そのまま言って!!」
「もう誤魔化した言葉は聞きたくない・・・」
私の叫びに溜め息まじりに言葉が続いた。
「あの方からは余計なことを言うなと
口止めされているのですが・・・」
それから私は色々なことを教わった。
誰も好き好んであの環境にいる訳では無いこと。
富む者がいる一方で食事に困るほど貧しい者もいること。
「どうして?」
「食事なんて皆で仲良く分け合えば・・・」
あの時、私は産まれて初めて蔑視の眼を向けられた。
その視線に背筋が凍って続く言葉は出てこなかった。
「姫様は当たり前の如く食事をなさっていますよね?」
「突き詰めれば食事とは他者の命を奪う行為です」
その素材となる肉、魚、植物たちだってみんな生きている。
でも食べなければ誰も生きていけないから他者を殺める。
それは当たり前の話。
それは勿論私でもわかりきっていた。
「この世には奪うものと奪われるものがいる」
「それは全てに言えることなのですよ」
言葉の出せない私を無視して話を続ける
その首元に在ったネックレスはボロボロと
崩れ落ちていった。
「つまり、あの街は奪われる側にまわってしまった者たちで・・・」
「姫様―――いえ、私ですら」
「どんなに取り繕っても私たちは奪う側なのですよ」
「奪う側が奪われる側に同情などすれば、そんなことを
してしまえば食事など口にできる訳がないでしょう?」
ちっぽけと感じていた私が如何に恵まれているかを知った。
会見を終えて青ざめた私の姿とボロボロになった
ネックレスをみて即座に怒気を露わにする姉を
私は制止した。
「私は・・・」
「この世界のことを何も知らなかったです・・・」
「この方は私の・・・師となる方です」
その場で姉にディーエル家を私の配下に置いて
貰えないかを姉にお願いした。
「私は学ぶべきことがたくさんあるんです」
あの時、お姉さまが少し寂しそうな表情をしたのを
今でも覚えている。
それから貧民街のために私財を投げ打って
躍起になっているディーエル家の手伝いを
私なりに頑張ってみた。
でも力のない王族である私には自由にできる
財産は少なかった。
貧民街は結局ずっと良くならなかった。
私にお姉さまの知性があれば現状を打破することが
できたかも知れない。
私にお兄さまの力があれば皆を守って
あげられたのかも知れない。
それからしばらくして王位争いが起こった。
私は参加する力なんて無かったし参加する気も無かった。
でもまさかここまで家族で血で血を洗う争いが
起こるなんて考えてもみなかった。
あの優しい家族たちがそんなことをするなんて
考えられなかった。
その争いを止める力はちっぽけな私には無かった。
「どうして・・・」
その言葉を呟く前にあの日の言葉が頭を過った。
「この世には奪うものと奪われるものがいる」
ああ・・・
あんなに優しい家族でも結局は奪う側なんだ。
そっちに回るために一生懸命なんだ。
こんな争いは見たくない。
こんな現実は見たくもない。
こんなに何もできない私自身を見たくない。
見たくないなら私が―――
王位に着かなければならない。
優しく根が本当にお人好しな家族たちが
民たちが思っているほど私は純粋無垢じゃない。
私の武器はいつの間にか得てしまった人望だ。
その武器を最大限に利用するために
まずは悲劇のヒロインになろう。
私は一人で悪魔の決断を下した。
矮小でちっぽけな自分があの時によくもこんな
最低な考えが思いついてしまったものだと思う。
ごめんなさい・・・
本当に本当に、そんなちっぽけな
こんな私に寄り添ってくれたあなた達と
本当はずっと一緒にいたかった・・・
ずっと笑いあっていたかった。
だけど、私では他に道が思いつかなかった。
せめて埋葬は私自身の手でと思ったら
そんな都合の良い話があるかと言いたいように
ディーエル家はその館ごと姿を消してしまった。
そしてディーエル家の代々の墓地には強力な不死者の
魔物が出没するようになり立ち入りを禁止された。
まるで私の来訪を拒む様に・・・
私は決して赦される事はない。
私が赦されることなんて私自身が許さない。
それでもあなたたちと同じ夢を見る事だけは
許してほしい。




