20.数年後
「じゃあいってくるね、じいちゃん」
「いってきます、おじい様」
アイルとマグは朝食の後片付けをすませると
装備を整えて祖父に声をかけた。
『ああ、くれぐれも気を付けてな・・・』
読んでいた書物から目を孫たちに移すと
モンショはいつもの様に声をかけた。
あれから数年経ったが土竜の卵はまだ孵らない。
良い鍛錬になるからとその土竜のために
狩りを行うのは二人の役目になっていた。
館の入り口からエスとビーがそれぞれ
マグとアイルを背に乗せてダンジョンに
向かうのを見送るとモンショは読んでいた
書物をパタンと閉じた。
『ワシも行くとするか』
そのまま異空間を介すると王都へと転移した。
この数年で捕えていた賊が吐いた情報から
その僅かな痕跡を辿り続け、この家を襲った
黒幕が王族の中にあることはもうわかっている。
余暇の傍らを見つけては王都の影に潜み続け
もう何年経ったことか・・・
孫たちが幼いながらに一端の顔をする様になった
今も未だその黒幕を掴めずにいる。
「昨日、第2王子の騎士団が壊滅状態と
なったそうです」
「魔獣討伐の任の最中に賊に襲われたと
なっておりますが」
「恐らく・・・姉君の手のものかと」
「兄上は後見人であられました侯爵殿が
先日失脚したばかりですし」
「苦しい立場となられるのでしょうね・・・」
初老の執事の報告とそれを受ける主の言葉に
その影に潜むモンショはため息をついた。
帝国に仕えていた頃に似たようなことは
何度も見聞きしてきた。
権力の巣窟とは荘厳で壮麗なものに見えて
実際のところ中身は醜悪そのものであることは
何時の時代も変わらぬものらしい。
どうやら苦しい立場になったらしい
その第2王子を含め5人の王子と2人の王女が
次世代の王の座をかけて争っていることは
すぐに調べがついた。
「私たちは本当は・・・」
「家族でこんな争いをしている場合じゃないんです」
「王国の元に生きる人々の生活にもっと目を
向けなきゃ・・・」
この少女はその7人の王族の中で
一番末の王女であり、その争いの場からは
とっくに退場してしまっている様だ。
むしろ最初からその争いに参加していたのかさえ
怪しいアイルと変わらぬ年端の少女だが
今のディーエル家の主君とも言える様だ。
報告を終えた執事が一礼して部屋を後にすると
胸にあったチャームをギュッと握りしめた。
「お兄さま・・・お姉さま・・・」
「どうして・・・」
ポタポタと少女の涙がモンショが潜む影に零れた。
外腹の末の娘とあって元々権力が強かった訳では
無かった様だが兄たちと姉それぞれに
この末の妹は愛された。
権謀術数に渦巻く王城の中でそれをそれと認識すら
できないその純粋無垢な笑顔と愛くるしさは
それぞれに荒んだ心に癒しを齎した。
唯一と言っても良かった子飼いの貴族である
ディーエル家を失って、いよいよ零落に
およそ王族とは思えぬ暮らしぶりを過ごす・・・
はずだった少女のその生活をその兄姉たちは
裏から手厚く保護し全力で支えた。
こうなってしまっても、それでも未だに少女は
自分に優しく微笑みかける兄姉の顔だけしか
知らなかった。
そんな愛する家族たちの争いに少女は心痛め
ただただ両手で顔を覆い、それでも堪えきれない
大粒の涙がその指の間から影に零れ落ちた。
モンショはパイプから紫煙を噴き戻しながら
潜む影の中からそれを涙で濡らす少女を仰ぎ見た。
『まぁ・・・』
『凡そ、人の上に立てる器ではあるまい』
王族とは思えぬほどに愛及屋鳥なその性格が
その目を曇らせている。
大衆に人気のあったディーエル家を従え、
自らも自愛無辺に満ち溢れていたとなれば
さぞ民の信望に溢れている事だろう。
それは王位を争うものたちが脅威すら感じるほどに。
そしてそれを手元に置くことは、その野望が
いよいよ実現した時にその治世に置いてどれほどの
武器になることなのか、そしてそれは自分自身に
とってもどれほど強力な武器であることなのかを
まるで理解していない。
影の中でジジジっとパイプの火種が音を立てた。
『ただ訳も分からず、ただ悲観にくれるだけで』
『自らの無知に気づき既知と変えることすら
できぬのではな・・・』
その人望を利用すれば、このくだらない
権力争いに十分に参加できたことだろう。
この矮小な主人に従ったことでディーエル家は
滅んで・・・いないが、辛酸を舐めることとなった。
ならばこの者に憑いていればその真相がいずれ
わかるかもしれない。
「あなたたちが今も私の傍に在れば・・・」
「私にも何かできることがあったのでしょうか・・・」
そう呟きながら少女はチャームを両手で押し包んだ。
あのネックレスとそれに潜む魔力には覚えがある。
モンショがオリ―に初めてプレゼントしたものだ。
モンショが少女の影に潜む間にその姉が
訪ねてきたことがあった。
王族が身に付けるにしては粗末な古ぼけた
ネックレスをいつも愛用する妹に微笑むと
「本当にそれが気にいっているのね」
「私がプレゼントしたものは
気に入らなかったのかしら?」
「あの・・・えっと・・・」
「ふふっ・・・冗談よ」
「あなたにとって大事な形見だもんね」
「はい・・・」
「大切な、大切な人たちから譲りうけた
大事な宝物なんです」
「これを着けているとまだ皆が傍にいて
くれているみたいで・・・」
大事な妹がいじらしく自らの傍らにあったものたちを
思い出して涙ぐむその姿に姉は笑みを深くしながら
その頭を優しく撫でた。
「そうね・・・でも」
「私がプレゼントしたあのネックレスは」
「私の庇護下にある事を表すものなの」
「そのネックレスの上からでも良いから」
「なるべく普段から身に付けておきなさい」
「はい、お姉さま」
「あ、勿論お姉さまからのプレゼントは
気に入っています!!ホントに・・・」
「ちゃんと毎日ピカピカに磨いているんですよ」
姉は途端に破顔すると妹を抱きしめた。
「安心しなさい・・・」
「あなたにそんな顔をさせた奴らには」
「私が当然の報いを受けさせてあげるわ」
抱きしめられた少女に姉の顔は見えなかったが
モンショには強い決意を目に宿す顔が見えていた。
チャームを手にしながら少女はそれを遺した
大切だった者たちとそれに仕えた使用人の
名前すらをも一人一人、呟きながら祈りを捧げた。
「私のことは心配いりませんから・・・」
「どうか、どうか安らかに・・・」
先ほどの悲観とはまた違う涙が少女の目から零れた。
『確かにこの娘は王の器ではない』
『だが・・・』
『我が家は良き主君を得ていたようだな』
またもその影に涙を零す少女を見つめながら
モンショは呟いた。




